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#⛄️
kaede🍁
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篝火

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蒼❄️
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最初の料理は、『寂しかった日のスープ』だった。
阿部はスプーンを手に取る。
先ほど飲んだときは、身体の奥まで温まるような優しい味だった。
けれど今度は違った。
一口飲んだ瞬間、胸が締めつけられる。
誰もいない部屋。
仕事から帰って電気をつけたときの静けさ。
楽しそうなメンバーと別れ、一人になった途端に襲ってきた寂しさ。
忙しい目黒に「会いたい」と言えず、
『大丈夫だよ』
そう笑って送ったメッセージ。
「……苦い」
阿部は顔をしかめた。
「先ほどとは違うでしょう?」
向かいに座ったうさぎが尋ねる。
「全然違う」
「それが、本来の味です」
阿部は残りのスープを飲み干した。
胸が苦しい。
それでも、ひとつ思い出した。
寂しかった。
だけどその翌日、目黒はほんの少しだけ時間を作って会いに来てくれた。
たった一時間。
それでも嬉しかった。
寂しさを知っているから、会えたことがあんなにも嬉しかったのだ。
空になった皿が、ふっと消えた。
次は『諦めたかった夢』。
一口食べる。
思うようにいかなかった日々。
何度努力しても結果が出なくて、自分には向いていないのかもしれないと思った夜。
悔しくて。
情けなくて。
全部投げ出したかった。
それでも隣を見ると、同じように必死な仲間がいた。
だから、もう一日だけ。
あと一日だけ。
そうやって続けてきた。
気づけば、それが何年にもなっていた。
阿部は泣きながら料理を飲み込んだ。
「……これ、全部こんな感じ?」
「はい」
「先に言ってよ」
「申し上げましたよ」
「すべて思い出すと」
「そうだけど……」
阿部は涙を拭った。
「想像してたよりキツい」
うさぎは困ったように耳を下げた。
「お水をお持ちしましょうか?」
「お願いします……」
差し出された水を飲みながら、阿部は少しだけ笑った。
こんな状況なのに、店主は相変わらず店主だった。
次の皿。
『言えなかった言葉』
次。
『誰にも見せなかった涙』
次。
『失うことへの恐怖』
食べるたびに、阿部の中へ自分自身が戻ってくる。
嫌だったこと。
逃げたかったこと。
誰にも知られたくなかった弱さ。
それと同時に。
支えてくれた人。
笑わせてくれた人。
手を握ってくれた人。
自分が一人ではなかったことまで思い出していく。
最後の一皿を食べ終えたころには、阿部はテーブルに突っ伏していた。
「……もう、無理」
「よく頑張りましたね」
うさぎが空になった皿を片づける。
「終わった?」
阿部が顔だけを上げる。
うさぎは答えなかった。
その代わり、厨房へ入っていった。
嫌な予感がした。
「……え、終わりじゃないの?」
返事はない。
しばらくすると、うさぎが戻ってきた。
その手には、銀色の蓋が載った皿がある。
阿部は身体を起こした。
「待って。聞いてない」
「こちらが、本当に最後のお料理です」
「さっきも最後って言ったじゃん」
「先ほどまでは、あなたが生きてきた記憶です」
うさぎは阿部の前に皿を置いた。
「こちらは、このレストランへ来る直前の記憶です」
阿部の顔から笑みが消えた。
事故。
まだ完全には思い出していない。
雨。
ライト。
衝撃。
そこから先は真っ暗だった。
うさぎが蓋へ手をかける。
「こちらだけは、残すことができません」
「……食べないと帰れない?」
「はい」
阿部は膝の上で拳を握った。
「痛い?」
うさぎは少しだけ黙った。
「とても」
正直すぎる。
阿部は俯いた。
逃げたい。
ここまで食べたのだから、もう十分ではないかと思う。
けれど。
『あべちゃん!』
また声がした。
さっきより近い。
目黒だ。
『お願いだから、起きて……』
震えている。
阿部は目を閉じた。
「……めめ、泣いてる?」
うさぎは静かに頷いた。
「ずっと」
「そっか」
阿部は深く息を吐いた。
「じゃあ、食べなきゃ」
銀色の蓋が持ち上げられる。
そこにあったのは――。
何もなかった。
真っ白な皿。
「え?」
阿部が顔を上げた瞬間。
世界が変わった。
雨の音。
目の前を照らすヘッドライト。
濡れた道路。
クラクション。
誰かの悲鳴。
そして。
身体を貫く、激しい衝撃。
「っ……!」
阿部は息を呑んだ。
痛い。
怖い。
何が起きたのか分からない。
身体が動かない。
遠くで誰かが叫んでいる。
雨が頬に当たる。
意識が薄れていく。
嫌だ。
死にたくない。
まだやりたいことがある。
みんなと歌いたい。
また笑いたい。
佐久間とくだらない話がしたい。
みんなでご飯が食べたい。
そして。
めめに会いたい。
「……めめ」
事故の瞬間。
最後に考えていたことまで、阿部は思い出した。
『まだ、死にたくない』
その瞬間だった。
目の前の景色が砕け散った。
阿部は再びレストランにいた。
全身が震えている。
呼吸がうまくできない。
涙が止まらなかった。
けれど。
生きている。
少なくとも、ここでは。
「……怖かった」
「はい」
「すごく痛かった……」
「はい」
うさぎは否定しない。
ただ阿部が落ち着くまで、黙ってそばにいた。
やがて呼吸が整ってくる。
阿部は涙を拭った。
「でも俺……」
震える唇で笑った。
「ちゃんと、生きたいって思ってた」
うさぎの長い耳が、ゆっくり立ち上がった。
「それを思い出していただくためのお料理です」
店のどこかで、ベルが鳴った。
カラン。
入口を見る。
今まで何度開けても店内へ戻ってきた扉。
その隙間から、眩しい光が差し込んでいた。
「お帰りの時間です」
うさぎが立ち上がる。
阿部もゆっくり席を立った。
扉へ向かう。
けれど途中で立ち止まった。
振り返る。
「ねえ」
「はい」
「あなたは何者なの?」
うさぎは少し考えた。
「ただのレストランの店主ですよ」
「絶対違うでしょ」
「うさぎです」
「それは見れば分かる」
阿部が笑う。
うさぎも笑った。
「また来ることある?」
その質問にだけ、うさぎはすぐに答えなかった。
やがてカウンターの向こうへ戻ると、小さな紙袋を持ってきた。
「できれば、二度と」
阿部へ渡す。
中には、小さな星形のクッキーが一枚入っていた。
「お土産?」
「サービスです」
「食べても大丈夫なやつ?」
「失礼ですね」
初めて、うさぎが少しだけ不満そうな顔をした。
阿部は声を出して笑った。
「ごめんごめん」
紙袋を大切に握る。
「ありがとう」
うさぎは深々と頭を下げた。
「ご来店、ありがとうございました」
阿部は扉へ向かう。
光が強くなる。
「あ、そうだ」
最後に振り返った。
「店の名前、聞いてなかった」
うさぎは微笑んだ。
「名前などありませんよ」
「レストランなのに?」
「必要ありませんから」
「なんで?」
長い耳が、ゆらりと揺れる。
「必要な方だけが辿り着くお店ですので」
阿部はしばらくうさぎを見つめた。
そして、小さく頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
「はい」
うさぎは笑った。
「どうか、あなたの人生を最後までお召し上がりください」
阿部が扉を開ける。
眩しい光に包まれる。
その向こうから。
「あべちゃん!」
今度こそ、はっきり聞こえた。
阿部は笑った。
「……ただいま、めめ」
一歩、光の中へ踏み出した。
扉が閉まる。
カラン。
小さなベルが鳴った。
誰もいなくなったレストランで、うさぎはテーブルを片づける。
空になった皿を一枚ずつ重ねていく。
最後に、阿部が座っていた椅子を元へ戻した。
そして壁を見る。
そこには、たくさんの写真が飾られていた。
笑っている人。
泣いている人。
帰ることを選んだ人。
ここに残ることを選んだ人。
一番端にあった、
『本日のお客様 阿部様』
と書かれた札を外す。
空だったはずの写真立てには、いつの間にか一枚の写真が入っていた。
レストランの前で笑っている阿部。
その隣には、白いうさぎ。
うさぎは写真を見つめる。
「……よい人生を」
そして写真立てを、棚の奥へ大切にしまった。
そのとき。
カラン。
入口のベルが鳴る。
うさぎは振り返った。
扉の前に、誰かが立っている。
泥だらけの服。
青ざめた顔。
自分がどうしてここへ来たのか分からないという表情。
うさぎはいつものように椅子を引いた。
そして、優しく微笑む。
「いらっしゃいませ」
テーブルには、温かなスープが一皿。
森の小さなレストランは今日も、
生きることと死ぬことの間で迷った誰かを、
静かに迎え入れていた。
コメント
1件
めっちゃ良かった……。最初のスープで「寂しさ」の味が変わるところからもうグッときたし、記憶を辿って最後に事故の瞬間を思い出す流れが本当に辛くて美しかった。『生きたい』って思えた阿部が眩しい。うさぎ店主の優しさと距離感もさすがだし、クッキーのお土産にほっこりした。このレストラン、また誰かが訪れるのかな……読むたびに泣きそうになるわ。素敵な話をありがとうございます🔥