テラーノベル
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数年後……春の風がまた、やわらかく吹いていた。
海辺の静かな町にある、小さな保育園。
その園庭で、子どもたちの笑い声が響いている。
〔せんせーい!みて~!お花さん、咲いたよ!〕
「あっ、本当だ!すっごく綺麗だね!」
笑顔でしゃがみ込んだ女性……
名前は灯。
かつて心臓病を患い、命の境目で生きていた女性。
あの日、晶哉の心臓を受け取り、彼の“生きたかった未来”を、今、確かに生きている。
教室に戻ると、棚の上に小さな写真立てが置かれている。
そこには、若き日の病院の屋上で灯と晶哉が並んで笑っている一枚。
それを見つめて、灯はつぶやく。
「晶哉……今日もあなたの心音で、子どもたちの声が聞こえてるよ」
彼の命は終わったわけじゃない。
形を変えて、生きている。
灯の中に、言葉の記憶に、あの手紙に、そして、あの春の日に吹いた風の中に。
その夜。
灯は、机に向かいながら、久しぶりに手紙を書いていた。
晶哉へ
あなたと出会って、別れて、それでも前を向いて……今、私は自分の人生を歩いています。
まだあなたのことを思い出して泣く夜もあるよ。
でもそのたびに、あなたの鼓動に背中を押されてる。
あなたが私に託してくれた命、ちゃんと“生きてる”って言えるよ。
今度また、夢の中でもいいから、会えたらいいな。
そしたら……
「ねえ晶哉、私、今日も笑えたよ」って伝えるから。
大好きなあなたへ
灯より
窓の外では、夜風がそっとカーテンを揺らす。
静かなその音に、どこか懐かしい鼓動が重なる気がした。
灯は笑った。
あの日と同じように。
……命の先で、また会おう。
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