テラーノベル
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『俺、あれから電車に乗るまでに苦労したんだけど』
『そ……そんなの知らないもん』
最初にひどい態度をとったのはそっちのほうだ。私は悪くない。
『ふーん。
シェア・ビーのプロパティに、「おもてなしを大事にする」って書いてあったのは嘘?』
『そ、それは……』
レイのその目……。
絶対に私が言葉に詰まるとわかってる。
反論できなくなった私は、大きなため息をついてDVDを巻き戻した。
(ほんっと、最低!)
目の前の端正な顔が憎たらしくってたまらない。
佐藤くんのことで苦しいくら悩んでいたけど、これじゃそのほうがマシだった。
私は再生ボタンを押すと、席を立った。
初めのほうは見たし、一旦気を落ち着けようと台所に向かう。
冷蔵庫の中には、さっきまでなかったコーラのペットボトルがあった。
それを睨みつつ麦茶を取り、コップについで一気飲みした。
さて、これからどうしよう。
DVDを観たい気持ちは一気に萎えたけど、このまま自分の部屋に戻れば、レイに追い出された感が否めない。
(やだ、そんなの嫌よ)
私は小さくかぶりを振った。
ここまでくると、もう意地だ。
私は唇を結んでテレビの前へ戻り、なるべくレイから離れてソファーに座った。
映画に集中すればいい。
それでレイの存在を意識から外すと決めた。
だけどレイは人使いが荒くって、まだ私に指図をしてくる。
やれコーラを取ってこいだの、扇風機はないのかだの、いちいちうるさい。
拒めば私をちらりと横目で見る。
その表情は、「秘密をバラすぞ」と言わんばかりだった。
(もう、なんなの……!)
「言いたければ言えばいいじゃない!」と喉まで声がでかけた。
だけどL・Aには卒業旅行だと理由をつけて行くつもりでいるから、本当のことをバラされたらかなわない。
私はイライラしつつ立ち上がり、冷蔵庫からコーラを取り出してレイに手渡した。
それから台所から取ってきた扇風機に、スイッチを入れる。
(もうこれ以上絶対に、絶対に言うことを聞かないんだから……!)
どすんとソファーに腰をおろして、悠然とコーラを飲むレイの横顔を睨みつけた。
それから気を取り直して映画を見たものの、憤りのせいで内容が頭に入ってこない。
(もう、全部レイのせいなんだから……!)
もう一度睨んでやろうかと思ったけど、目が合うのも嫌だ。
考えた末に、私はDVDを諦め、寝たふりをすることにした。
瞼を閉じればすぐ、佐藤くんの顔が思い浮かぶ。
途端にセンチメンタルな気分になり、映画俳優の声が遠く聞こえた。
(佐藤くん……)
付き合ってと言われたあの時の声が、すぐそばで聞こえるような気がした。
正直怖い。
怖いけど、やっぱりあれは聞き間違いじゃない。
(……よしっ)
私は恐怖を押しやって、覚悟を決めた。
引き延ばしたって好きな気持ちは変わらない。
それならもう……明日返事をしよう。
なるべく笑顔で、佐藤くんが好きだって言うんだ。
こぶしに力を込めた時、部屋の中から音が消えた。
それから数秒後、映画のエンディングテーマが流れ始める。
(……終わったんだ)
目を開きかけたけど、思い留まって寝たふりを続けた。
終わった途端に起き出しても不自然だし、「寝てたんだ」とバカにされても嫌だ。
レイがいなくなるまでやり過ごそうとしていると、しばらくして彼の気配が動く。
『……おとなしいと思ったら、寝てたんだ』
呟きに似た声が届いた。
私は寝たふりがばれないよう、なるべくゆっくり呼吸をする。
その時、ふいにソファーが沈んだ。
瞼の裏にあったうす明かりが消え、息を詰めた瞬間、唇になにかが触れた。
それは本当に一瞬で、頭が理解するよりも先に、至近距離にあった気配が離れた。
レイは立ち上がったようだった。
残された私の耳に、映画のテーマ曲だけが大きく聞こえる。
(なに……)
目をあければ、映画のクレジットが流れ続けている。
思わず唇に触れた。
なんの変哲もない唇なのに、感じたことのないやわらかい感触が残っている。
鼓動が激しく波打った。
考えたくない。
考えたくないけど。
今のはもしかして―――。
「―――私、レイにキスされた……?」
口にした途端、湧きあがった熱が体中に駆け抜けた。
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