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ハリウッド・フリーウェイは、高層ビル群から吐き出される車で溢れかえっていた。パサディナ・フリーウェイが合流するランプに近づくと、車はほとんど動かなくなった。
腕時計は、ナツミさんの授業開始時間の六時半を指している。
「すみません、間に合わなくて」
「いいんです。今日はたぶん、来てる人も少ないと思いますから」
エコパークを越えたあたりで渋滞が溶け出す頃、正面からの夕陽が目に染みた。フロントガラス上のサンシェードを下げて、ダッシュボードの上を彷徨っていたサングラスをつかみ取った。エンジン音と風切り音が無表情に続く。
「アレシオ、どうでした?」ナツミさんが二人の間の沈黙を破った。彼はしばらく学校へこないと思いますと答えた。一身上の理由らしいとしか話さなかった。
「ところで、アレシオはピアノ、すぐ憶えたんですか」とナツミさんが聞く。ああ、アレシオのことが忘れられないのかな。
再び沈黙になる。
「あの、もしご迷惑でなかったら、私にもピアノ教えて下さいませんか」
助手席の彼女の顔は、夕陽色に染まっている。
「え、ええ、ま、あ」
幸せな時間に、慣れてない。感情をうまくコントロールできない。
ローカルに出た。信号で止まったときだった。
「これ、受取っておいて下さい」
ナツミさんは、名刺大のカードを差し出した。そこには「原 奈津美」と青いペンで書かれ、隣に数字が並んでいる。
「新居の電話番号です。男の人は他にデジュンとアレシオにしか教えていません。他には絶対、教えないで下さいね」
「デジュン…ですか」
込み入った気持ちを胸ポケットに仕舞い込む。
後ろの車がクラクションを鳴らした。前の車との車間距離が異様に空いていることに気付いて、アクセルを踏んだ。