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京都に到着した無陀野達一行は、再び電車を乗り継ぎようやく清水五条駅へと辿り着いた。
この辺りは駅名にもあるように、清水寺が近い。
彼らはこれからその清水寺の”地下”へと向かう。
お食事処”水元”と書かれた店の中へと入った彼らは、下の階へと導かれる。
そして着物姿の老婆に案内され、畳の下に隠された地下へと続く階段に入って行った。
「すげぇ!京都の地下はこんなになってんのか!」
「周辺のいくつかの店などには、清水寺の地下に続く通路がある。清水寺と鬼は深い繋がりがある。鬼の先祖の石碑があるくらいだ。アテルイとモレの石碑…まぁ勝手に調べろ。」
「へー。なぁ鳴海は?どこにいんの?」
「うるさい。着いたぞ…清水寺のさらに下…ここが…鬼機関の京都支部だ。」
そう言って無陀野が引き戸を開ければ、そこには立派なお屋敷が広がっていた。
とても地下にあるとは思えない広さとしっかりした造りに、生徒達は一様に驚きの表情を見せる。
と、そんな彼らの耳に女性の焦ったような声が聞こえてくる。
「先生!こっちお願いします!」
「その後こっちもお願いします!」
「はいはい。カリカリせず悠々といこうよ。」
「そんな余裕ないっす!少しは鳴海隊長見習って下さいっす!」
「なるちゃんは働き過ぎだから、10分でもいいから休憩させてメメちゃん…って、あれ!?ダノッチじゃん!早いね!いつ来たの?LINEしてよー!」
「今着いた。それより鳴海は?」
「昨日から寝ずに動いてくれてる。」
「寝ずに?」
「そんな怖い顔しないでよ。俺もかなり言ってるんだけど…人動かしながら本人も治療してるんだよね」
「…どこにいる?」
「隣の和室。」
無陀野を”ダノッチ”と呼んだ男…花魁坂は、親しげに彼と小声で会話をする。
相変わらず頑張り過ぎている嫁を心配し、無陀野は和室の方へ足早に向かった。
部屋に入ると、重傷の患者に笑顔を向けながら治療をしている鳴海の姿があった。
「鳴海。」
「あ、無人くん!無事に着いたの!良かった。」
「良くない。ちょっと来い。」
「え!?ち、ちょ…!」
「5分はずす。あとこの血もらうぞ。」
「あ、はい!」
治療がひと段落した鳴海に声をかけると、無陀野は彼を軽々と抱き上げて歩き出す。
“まだ治して…”と訴える鳴海を完全に無視し、輸血用の血を1つ手に取った彼はさっさと部屋を出て行った。
急に無陀野に話しかけられた鳴海直属の部下であるメメは、突然のことに唖然としながら2人を見送るのだった。
近くの空いた部屋に鳴海を連れて来た無陀野は、そこにあったイスに座らせる。
そして慣れた手つきで鳴海に輸血の処置を施し、自身はそのすぐ傍に腰を下ろした。
終始無言の無陀野に、鳴海はすっかりビビりモードである。
「無人くん…?」
「…」
「えーっと…俺、その「言ったよな?」
「!」
「お前は誰よりも自分の身を大事にする必要があると。鳴海が倒れたら、どれだけの鬼が困ると思ってる。」
「…ごめんなさい。」
「貧血気味だろ。傍にいるから、少し寝ろ。」
「でも…」
「はぁ~…お前はどうしたら休んでくれるんだ?」
「へ?」
「頼む10分でいいから寝てくれ。必要なら俺の上着でも…」
「あ…膝枕して欲しい」
「は?」
「いつも俺がしてるから…ダメなら、大丈夫。」
輸血で少し元気になってきたのか、鳴海は明るい笑顔でそう言った。
鳴海の突拍子もないお願いに面食らう無陀野だったが、なかなか休もうとしない鳴海の頼みとあれば、断るという選択肢はない。
あぐらをかくように片足を折り、もう片方は膝を立てた状態で、無陀野はポンポンと太ももを叩いた。
パっと顔を輝かせた鳴海はイスから立ち上がると、笑顔のまま無陀野の太ももに頭を乗せる。
「…新鮮だな。お前を見下ろすなんて」
「えへへっ。ちょっと変な感じ。……あのね無人くん…俺、寝るのが怖いんだ。まだ癖が抜け切ってなくて起きたら無人くんがいなくなってるかもって思っちゃう」
「どこにも行かないから安心しろ」
「うん…あ、5分で起こして」
「あぁ。ちゃんと起こしてやるから、何も考えずとりあえず寝ろ。」
「はーい…」
無陀野に頭を撫でられると、鳴海は気持ち良さそうに目を閉じる。
直後に聞こえてくるスースーという寝息に、無陀野は少し表情を緩めた。
無陀野が鳴海のケアをしていた頃、花魁坂は残された生徒達の相手をしていた。
初めて会う彼らにも、花魁坂は持ち前の気さくな性格でガンガン話しかける。
「嘘!可愛い子いるじゃん!俺、前髪大丈夫!?うわー!ちゃんとVO.5でセットしてぇ!とりあえずLINE教えて!」
「チャラい奴、マジ無理。」
「うわーへこ…まなぁい!タイミングって大事だもんね!」
「なんだよこのチャラ男…つーか鳴海は?まだ会えねぇの?」
「なるちゃんは~…今仕事中だから、もう少し待ってね。…なるちゃんと仲いいの?」
「仲いいっていうか…鳴海は俺にとって天使だから!」
「! 天使か…じゃあ君にとって特別な存在なんだね。」
「おう!」
自分の気持ちに正直な一ノ瀬の姿に、花魁坂は悲しげに微笑む。大人になると、自分の気持ちを素直に伝えるのが難しいこともある。
若い力に羨ましさを覚えながら、花魁坂は彼らとの会話を続けるのだった。
それから数分後…1つの和室から、無陀野が姿を見せる。
すぐに駆け寄ってきた花魁坂と話すのは、当然彼のことである。
「どう?」
「輸血しながら5分寝かせた。今はその輸血が終わるまで休ませてる。」
「そっか…良かった。ありがとう。…あの男の子がなるちゃんに会いたがってるよ。」
「四季か。そろそろ会わせないと、余計うるさくなるな。」
「天使だって言ってた、なるちゃんのこと。」
「入学当初からずっと言ってる。」
「何か俺すごい納得しちゃった!ダノッチは?」
「……当たり前だろ。俺の自慢の妻だぞ?」
「通常運転で安心したよ…」
そうして一ノ瀬達の前に戻って来た無陀野は、ようやく花魁坂のことを紹介する。
第一印象でチャラ男と認定された彼だが、肩書はとても立派なものだった。
「こいつは花魁坂京夜。鬼機関京都支部、援護部隊総隊長だ。」
「ダノッチとなるちゃんとは羅刹学園の同期なのよ!あとちなみに、ここの前任隊長はなるちゃんで俺はその座を譲ってもらった!」
「えっ、鳴海って元医療部隊なんか!?」
「無駄話はいい。俺はこれから前線に出る。」
「えーもう行くの?」
「は!?先生、前線に行くのかよ!?連れてけよ!」
「俺はこんな奴の手伝いなんか嫌だぜ!」
「ワンパクキッズの教師とか大変だな!どんまい、ダノッチ!」
「そのワンパクども自由に使ってくれ。じゃあな。」
そう言い放ち、ローラースケートで颯爽と駆け出す無陀野。と、途中にある和室の障子がスパァン!と豪快に開く。
反射的に足を止めれば、そこから顔を出していた鳴海と目が合った。
「復っ活ッ!!」
「輸血終わったのか?」
「めんどいから飲んだ!」
「飲むな。」
「前線行くの?」
「あぁ。お前はどうする?」
「ここに残る。一応、戦闘出来る子も連れてってよ。あと、何かあったら呼んですぐ行くから」
「分かった」
笑顔でそう言う鳴海に、無陀野は静かに頷きを返す。
そして鳴海の頭にポンと手を置くと、彼は今度こそ支部を出て行くのだった。
「先生!早く来てくださいっす!鳴海隊長はもう治療始めてるっすよ!」
「へいへーい。」
「鳴海そこにいんの!?」
「ん?羅刹の生徒たちね?早く着替えて手伝いなさい!」
看護師にそう言われ、作業着に着替えたワンパクキッズ達。
鳴海がいると聞いた一ノ瀬は、我先にと部屋へと入って行った。
すぐにでも声をかけようと思っていた一ノ瀬だったが、現場のあまりの凄惨さに言葉が出ない。
中にはたくさんの負傷した鬼達が横たわっており、その中の1人の元で治療にあたっている鳴海の姿があった。
「なんだ…ここ…」
「京都中の負傷した鬼がここに運ばれてくるんだよ。」
「げほ!がは!」「うぅ…」
「多くは今起きてる戦争で負傷した鬼たちだね。」
「先生!こっちです!」
「「「!?」」」
「この方たちは戦闘隊員で、さっき運ばれてきました!両腕両足欠損、肺も広範囲に負傷しています。どちらもあと3分が限界かと…1人は先程から鳴海ちゃんが診てくれてます。」
「なるちゃん、体調は大丈夫?」
「大丈夫」
「顔色も戻ったみたいだね。治療方針は?」
「出血が酷いから菌で止血しつつ俺の血で足りない部位を作る」
「了解!そうそう、生徒たち来てるよ。」
「さっき無人くんに聞いた!みんな~!何か久しぶりな感じする〜!」
同期に笑顔を向けた鳴海は、すぐに表情を切り替えて患者に向き合う。
人差し指につけた指輪に仕込んだ刃を出すと、それで自分の血を流し同時に黒の菌を出し始める鳴海。
彼から流れ出た血はドクドクと患者の体内に入り、中で肺を生成し始め菌は外傷を治していく
そうして自発呼吸ができるようになった患者に対し、今度は足元に血を流して両脚の生成を始めるのだった。
「…うっし!脚どう?動く?」
「あぁ、動きます…!ありがとう…!」
「…なるちゃんの能力を見るのは初めて?」
「あ、あぁ。初めて…見る。」
「すごいでしょ。」
自慢げにそう言う花魁坂の声が届いているのかどうか分からない程、同期たちは鳴海の力に驚きを隠せない。
自分達とは全く違う血の能力を目の当たりにし、揃って目を奪われていた。
そんな生徒たちを満足そうに見つめていた花魁坂は、次は自分とばかりにもう1人の患者へと向き合った。
「大丈夫っすよ旦那!死なないし、死なせないっす!」
「おい…!どう考えても無理だろ…!無責任なこと言ってんじゃねぇよ…!」
「優しいね。四季君だっけ?俺こう見えて結構偉いのよ。偉いのは理由があるっつーわけ。じゃあ職場体験を始めようか。」
傍で見守る鳴海に微笑みかけながら、花魁坂は無陀野の生徒たちにそう告げるのだった。