全面コンクリートの部屋に響くのは、人を殴っているかのような鈍い音。
その音が、目の前の獣を更に興奮させる。
「(あたしは、寧々ちゃんが好き。)」
自分の過去のトラウマにも負けないで、一生懸命みんなを笑顔にする寧々ちゃんが好き。
なかなか素直になってくれないけど、あたしとみんなの事を一番よく見ててくれる寧々ちゃんが好き。
獣のようにあたしを叩いて、殴って、犯して、独り占めしちゃう寧々ちゃんが好き。
「(好き、だけど──。)」
「ごめん、ごめんね、えむ。」
謝ってばかりの寧々ちゃんのことは、好きになれない。
どうして、寧々ちゃんは謝るの?
何か嫌な事があったの?モヤモヤするの?悪い事をしたの?
謝らないでよ、寧々ちゃん。
どうせあたしは何も喋らずに寧々ちゃんを見つめてることくらいしかできないから、せめてあたしの前では笑っていてよ。
あたしのせいにしないでよ。
「(痛い、痛い、痛い………)」
あたしの顔も身体も中身も、全身傷だらけ。だけど、この傷跡は全部寧々ちゃんなりの愛情表現。…なら、どんなに殴られても嫌じゃないよね!
…でも、静かにしてるだけじゃ寂しいな。あたしは、寧々ちゃんにもっと「大好き」って言いたいのに。
「…すき、だよ」
精一杯喉から絞り出した「好き」という言葉。でも、それを寧々ちゃんは拒んだ。
「やめて、やめて……好きなんて、言わないで」
「もっと否定して…わたしを肯定しないで………」
ああ、ごめんね。あたしのせいで寧々ちゃんの笑顔がなくなっちゃったね。
……でも、どうして?
寧々ちゃんは、あたしのことが好きで監禁した。
「えむは、すぐどこかに行って…きっといつか、わたしのところから離れていっちゃうんじゃないか、って…心配になって、」
寧々ちゃんはそう言っていた。
でも、それと同じくらい真剣に
「えむはこんなわたしのこと、好きになんかならないでね」
とも言ってた。
あたしは、ずーーっと前から、寧々ちゃんが大好きだったのに。
もちろん、司くんのことも類くんのことも大好きだった。今もずっとずっと大好き。
だけど、そういう意味で好きになったのは、寧々ちゃんしかいなかった。
いくら殴られても犯されても、許す事ができるのは、寧々ちゃんしかいない。
だから、監禁されたことも、こうして今あたしのことを殴ってることも、何一つ怒ってないよ。
…なんて言ったら、寧々ちゃんは悲しくなっちゃうかな。
「えむは、ここから出たいの?」
寧々ちゃんは一度手を止めて、あたしに問いかけた。
なんて言おうか、とても迷った。否定と肯定、どっちを選んでもダメな気がする。でも、寧々ちゃんに嘘はつきたくないしなあ。
「…どっちでもないよ」
「寧々ちゃんが出てほしいなら出ていくし、そうじゃないなら…ずっとここにいるよ」
寧々ちゃんに心配をかけないように、できるだけ笑いながら言った。
でも、それが逆に心配させちゃったみたい。
「…えむはそうやって、誰かのために嘘をつくよね。わたしはえむのこと、ずっと見てたからわかるよ。 」
少し怒った声色で「本当は?」と返事を急かされる。
「…ホントのこと、言うね。寧々ちゃんは悲しくなっちゃうかもしれないけど、許してね」
硬い床に押し付けられた手を払って、起き上がる。
あたしは寧々ちゃんのくすんだ目を見つめてこう言った。
「…寧々ちゃんと一緒にいられるなら、どっちでも嬉しいよ」
その瞬間、寧々ちゃんの目に光が差したような気がした。
寧々ちゃんはあたしの言ったことが信じられないのか、否定するような言葉を並べる。
「でも、わたしはえむに酷いこと──」
「あたしはね、寧々ちゃんに監禁されたことも、殴られたり叩かれたりしたことも、全部、怒ってないよ。」
今なら、全部言える気がする。寧々ちゃんと、ちゃんと本気で愛し合える気がする。
「あたしね、嬉しかったんだ。寧々ちゃんに『好き』って言ってもらえたこと。あたしも、ずっと前から大好きだったから。」
「離れてほしくなかったのは、あたしもだよ」
「!」
寧々ちゃん、あたしがこんなこと言うといっつも怒るのに、今は嬉しそうだった。
「寧々ちゃんがあたしのことを殴っちゃうのって、あたしに『嫌い』って言ってほしいから、でしょ?」
寧々ちゃんを不安にさせないように、優しく手を握ってあげた。
あたしの質問に小さく頷いてくれたから、話を続ける。
「でもね、寧々ちゃんのこと…嫌いになんか、なれないんだよ」
「えむ……」
「そんなに寂しそうな顔しないで、寧々ちゃん。あたしは、笑った顔の寧々ちゃんが好きだよ」
頬に手を当てて慰める。寧々ちゃんが寂しくないように、悲しくないように。
「…ねえ、寧々ちゃん。」
「あたしが今寧々ちゃんに言ってほしいこと、わかる?」
…今なら、少しだけわかるよ。寧々ちゃんがあたしに抱いてる気持ちのこと。
それはよくあるアニメとか映画とかの、キラキラしてる気持ちじゃないかもしれないけど──
「…えむ。…こんなわたしだけど……、」
「…恋人として、これからも一緒に居てください」
あたしと、同じ気持ちだったんだね。
コメント
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最後の「アニメとか映画とかの──」は、「あたしたちのハッピーエンド」で言ってた楽之助おじいちゃんのセリフのオマージュです。
もうあのほんとにほんとに萌えて萌えて萌えてヤバいです。 最高すぎて苦しいです。ヤバいです。苦しいです。🥲😭😓💖💖💖 寧々がえむがどこかへ行ってしまわないか不安になるタイプそうなのめっちゃ分かります😭 好きすぎる故の不安の感情を暴力として受けに与えてしまう攻めと、そんな不器用な攻めを優しい言葉で抱擁してくれる健気な受けって本当に最高で…………(号泣)