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その日はトラブルもなく終了した。美晴が見学して一日目だからアクションを起こすのを控えているのかもしれない。もっと回数を重ねればいい絵が撮れるだろう。それを期待して次も見学することにしよう。
「お義母さまが、こんなに熱心に踊るとは思いませんでした。とても素晴らしかったです!」
ど下手だったとは口が裂けても言えずにお世辞で塗り固めた。和子は褒められて嬉しくなったようで、そうでしょう、と鼻高々な様子を見せている。勘違いも甚だしい。
「初めまして、松本さんにはいつもよくしていただいています」
隅の方で見学していたのに、わざわざ隆也が声をかけてくれた。
「TAKAYA先生、こちらはうちの息子の嫁の美晴さんよ。ダンスに興味があるみたいで、今日は見学したいっていうから連れて来たの」
彼は礼儀正しく微笑んだ。「そうでしたか。美晴さん、ぜひ一緒に踊ってみてくださいね」
その様子を見た和子が横から嫉妬心をむき出しにして言った。「でも、TAKAYA先生は私の先生だし、この教室はもういっぱいだから、美晴さんは他の先生になるかもしれないわね」
余計なことをして和子に睨まれたら大変だと思い、美晴は慌てて首を振った。
「お義母さまが楽しそうに通われていたので、どんなところか見てみたかっただけです。素敵な教室ですね。でも私は踊れないので見学だけで結構です」
美晴はお辞儀をしてそそくさと和子の後ろに隠れた。
「お義母さま、私、幹雄さん以外の男性は苦手なので、うまくあしらっていただけませんか? お義母さまは特に先生の教えが素晴らしいと褒めていらっしゃったので、生き生きとスクールに通うお義母さまの姿を見たかっただけなんです」
こっそり和子に耳打ちした。証拠を掴みに来たのに嫉妬されてしまっては本末転倒だ。
「まあ、そうだったの。美晴さんたらしょうがないわね。男性にも免疫をつけておかないと世間に出た時に困るでしょう」
もしも美晴が今隆也と親密にしたら、とんでもなく叱責されて嫌味のオンパレードになるだろう。それがわかっているから避けただけだ、と美晴は心の中で舌を出しながら和子の女性部分が引き立つようにおだてた。
和子はわかりやすく上機嫌になった。
その後、幹雄の夕飯の支度があるから帰りたいと申し出ると和子は名残惜しそうに退出した。幹雄ちゃんのご飯の用事ならしょうがないわね、といつもと違う様子だ。隆也がいるから良妻賢母を演じているのだろう。実の息子に『ちゃん付け』する気持ち悪さを彼女は気づいていない。恐らくTAKAYAもこの義母を気持ち悪いと思っているはずだ。
車内でのこと。和子が饒舌に野島隆也のことを話し始めた。
「美晴さん、TAKAYA先生、素敵だったでしょう? どう思った?」
「はい、素敵な先生ですね。みなさんに丁寧に教えていらっしゃって、好感の持てる方だと思いました。でも私には幹雄さんがいますから、タイプではないです」
同調しつつも好きではないアピールはぜったいに忘れない。
「彼ね、独立してフリーのダンサーになって二年目なんですって! 若いのに夢を持って素晴らしいわぁ。ご自分のダンススクールもお持ちの上に、前任の方が辞めてTAKAYA先生がここのダンススクールの講師に就任されて、週二回来てくださるようになったのよ。私、彼を応援しているの!」
「そうですか。お義母さまに応援されたら、TAKAYA先生も嬉しいと思いますよ」
「でしょおッ? 美晴さんもそう思うわよね!?」
「はい。先生が人一倍熱心にお義母さまのことを気にかけてくださっているのが、見ていてわかりました」
「やっぱりそう思う? そうよねぇ」
ほほに手を当て、嬉しそうに体をくねらせている様子をルームミラーで確認した。
(ほんと気持ち悪い……変なおばあさんに目を付けられて、先生もお気の毒さま。早く解放してあげなきゃ)