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にゅうひん☆
7,086
何故、あの時あんなに苛立ってしまったのか、と岩本は心底後悔していた。
自分といる時にスマホばかり見ている、阿部に不満があったのは事実だ。それでももっとマシな言い方はあったし、落としどころだってあったはずだった。
言わなくて良いことも言った。本心でもないのに、感情に任せて口にした。
最初のうちは怒りしかなかった。しかし、その熱が冷めると、残ったのは後悔だけだった。
阿部に声を掛けたかったが、まだ怒っているかもしれないと何となく避けてしまい、そのままどんどん話をするタイミングを逃し、結局、ろくに話もできないまま1ヶ月近く経ってしまった。
この1ヶ月、何度もLINEを開いて、文章を打ち込んでは消した。
“今、いい?”
“話せる?”
“会いたい”
結局一つも送れなかった。
1ヶ月前で終わっているトークの履歴に、胸が苦しくなる。
ソファに横になって、ぼんやりと天井を見つめた。
冷戦の初めに深澤に愚痴ったら、お前が悪いからさっさと謝れ、と素気無く言われた。その時は、ムッとしたが今はわかる。
(俺が悪い…)
大したことじゃなかったのに、大したことにしてしまったのも、全て自分のせいだった。
(話したい。阿部と)
他愛のない話をして、笑って、キスをして、抱き合いたい。
岩本はじっと、LINEの画面を見つめた。
そして再びメッセージを打ち込みだす。
そんな時、スマホが震えた。
画面に表示された名前を見て、息が止まる。
“阿部”
岩本は勢いよく身体を起こした。
“隣のコンビニ”
相変わらず短い一文。それを見て岩本は、慌てて部屋を飛び出した。
エレベーターを待つ時間が長く感じて、乗ってからも落ち着かずに中を行ったり来たりして、1階についてドアが開くと同時に走り出した。
他の住人にぶつかりそうになりつつ、エントランスを出る。
隣のコンビニに辿り着くと、辺りを見回す。
コンビニ前のポストのある辺り、その薄暗がりに阿部はいた。
岩本は、緊張した面持ちで歩み寄る。近づく人の気配に阿部は、顔を上げ岩本を認識した。
「ひかる」
ぽつりと名前を呟く。ひどく疲れたような顔。腫れぼったい目は、赤くなっていて、彼が泣いたことがわかった。
岩本は胸が締め付けられるような、そんな苦しさを覚える。
2人はただ無言で立ち尽くした。
「少し、散歩しない?」
阿部が俯いたまま切り出した。そして先に立って歩きだす。岩本は一歩遅れて、彼に続いた。
時間は0時を回っている。
大通りとは反対の道へ進むと、辺りは静けさに包まれた。時折、人とすれ違いながら、2人は相変わらず無言で歩き続ける。
岩本の脳裏に、不意に最悪の想像がよぎった。
(別れ話……?)
強い焦りが生まれる。
阿部は、公園に差し掛かるとふと立ち止まり、それから公園内に入った。
昼間は木漏れ日を演出する木々も、今は闇を濃くする手助けをしている。月明かりはおろか、街灯の光すら遮られた、暗闇の中のベンチに阿部は腰を下ろした。岩本も遠慮がちに隣に座る。
「…ひかる」
阿部が下を向いたまま話し始めた。
「俺のこと、もう嫌いになった?」
小さな声で尋ねる。声がかすかに震えていた。
「もう俺のこと、いらない?」
絞り出された声と共に、阿部の頬を涙が伝う。
「阿部。違うよ。そんなこと思ってない」
岩本は罪悪感に潰されそうになりながら、阿部を抱き寄せた。
「ごめん。本当にごめん」
堰を切ったように彼は、ごめん、と謝罪を繰り返した。こんな簡単なことを、なぜ後回しにしてしまったのかと、後悔する。岩本の腕の中で、阿部は声を上げずに涙をこぼした。
「嫌いだとか、いらないとか、これっぽっちも思ってない」
阿部はしばらく岩本の胸に額を預けたまま、小さく首を振った。
「……でも」
しゃくり上げながら、言葉を探す。
「ひかる、俺のこと避けてた」
その一言に、岩本は目を閉じた。
「……うん」
否定できなかった。
「避けてた。顔見たら謝らなきゃって思うのに、何て言えばいいか分かんなくて」
岩本は苦笑した。改めて口にすると、子供じみていて、自分が情けなかった。
「…阿部が怒ってるとも思ってた。だから、俺から行ったらもっと怒らせる気もして」
阿部はゆっくり顔を上げる。
「そんなの…俺、三日くらいでもう怒ってなかったよ」
「え?」
「その後は……ずっと後悔してた」
岩本は思わず力が抜けたように笑う。
「なんだよ、それ」
「ひかるこそ。怒ってたから避けたんじゃないの」
「俺も、すぐ後悔してた」
二人は顔を見合わせる。
どちらからともなく、小さく笑った。
その笑い声が、一か月ぶりだった。
「俺さ」
岩本は阿部の手を握る。
「スマホ見て笑ってる阿部見て、嫉妬したんだ」
「うん」
「でも、あんな言い方する必要なかった」
「俺も」
阿部も手を握り返す。
「面倒くさい彼女みたいって言ったの、良くなかった。…傷ついた?」
「少しね、傷ついた」
「ごめん」
「……うん」
「ごめんね」
「俺も、ごめん」
また沈黙が訪れる。
でも、さっきまでの苦しい沈黙じゃない。
肩が触れているだけで安心できる沈黙だった。
「もう、ひかると話せないかと思った」
阿部は涙で濡れた目を擦って、岩本を見て微笑んだ。
「話したかった。だから、良かった。また話せて」
その笑顔を見た瞬間、岩本はもう一度阿部を抱き締めた。額にそっとキスを落とす。阿部も岩本を抱きしめ返した。
「……少し痩せたな」
岩本がぽつりと呟く。阿部の頬に触れる。
指先に伝わる輪郭は、一か月前より少し細かった。
「もしかして、ちゃんと食べてなかった?」
阿部は少し困ったように笑う。
「……食べても、美味しくなかった」
その返事に岩本は言葉を失い、もう一度強く抱き締める。
「ごめん。本当に、ごめん。…もう俺、つまんない嫉妬はしないから」
そして言う。
「いや、無理」
阿部は短く返した。
「え?」
「またひかるは、嫉妬するよ。でもそれでいいよ。そういうひかるが、俺は好きなの」
阿部は笑いながら言う。
「でもさ、喧嘩になったら、その日のうちに話そう。もう拗らせたくない」
岩本は何度も頷いた。
「約束」
「うん。約束」
小指を差し出す阿部に、岩本も照れくさそうに小指を絡める。
「…三十路の男が何やってんだろ」
「いいじゃん」
二人は顔を見合わせて笑った。
公園を出る頃には、一か月前までと同じ距離で肩を並べて歩いていた。
今度はどちらからともなく、自然に手を繋いで。
コメント
5件
二人ともかわいくてすき

いつも楽しく読ませていただいてます!ラブラブな話も好きですが、ケンカやすれ違いで、自分の気持ちを再確認するみたいな展開とても好きなので、グッと来てしまいました🥰
仲直りできてよかった☺️ お互いがだーーーいすきな💛💚可愛すぎた✨✨ ちっちゃい喧嘩がなんでこんなに可愛いの笑