テラーノベル
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第17話 完成したらつまんないだろ
深夜の研究棟
日付が変わって随分経つ。
星環寮はすでに静まり返り、窓の外には果てしない宇宙の静寂が広がっていた。
けれど、学園の研究棟、その最上階にあるロクの研究室だけは、薄く青白い明かりを灯し続けていた。
カチャ、カチャ。
無機質な駆動音と、金属が触れ合うかすかな音だけが、部屋に響く。
ロクは、作業机に突っ伏すようにして、一つの装置をいじっていた。
シャツワンピースの上に重ねられた白衣にはインクが飛び散っている
机の上には、「未完成」の装置がいくつか並んでいる。
配線がむき出しのままの装置。
ホログラムの展開が途中で止まり、砂嵐のように明滅しているもの。
そして机の奥には、意図的に壊したのか、それとも最初から完成させなかったのか、歪にひしゃげたまま放置された筐体があった。
ネオンのライトが点滅し 無機質な青白いブルーライトに照らされながら机の上で機械を組み立てていた。
その横顔にいつもの悪戯っぽい微笑みはなく 真剣な眼差しが装置の欠片を捉えている。
その表情は
――ひどく疲れているように見えた。
ギィ、と扉が小さく開く音がした。
「……ロク? まだ起きてるの?」
優しい、聞き慣れた声が、背後から聞こえた。あやだった。
小さくフリルがついたマキシ丈の白のネグリジェにシースルーの上着を羽織った寝巻き姿
腰までの黒髪は横にひとつにまとめられている
「….白リボン もう深夜だぞ」
ロクはちらりと時計に目を向けて
ぶっきらぼうにロクが呟く
「だって こんな夜遅くまで電気がついてるんだもん」
「心配するじゃない?」
あやはそう言ってロクに近ずき、彼女を覗きこむ
「…….」
ロクは装置から視線を外さずに、ピンセットを動かしながら答えた。
「……お前こそ。寮の点呼、サボりか? 夜更かし体質は美容に悪いぞ、白リボン」
口調はいつも通り軽い。けれど、その声には深夜特有の微かな掠れが混ざっていた。
あやはロクの作業机の上に置かれた装置を不思議そうに眺めた。
「それ……新作? なんか、壊れてるみたいだけど……直さないの?」
あやの本質を突くような、純粋な問い。
ロクの手が、わずかに止まった。
「…….」
長い沈黙が、二人の間に落ちる。
ピンセットを作業台に置き、ロクは深く、椅子の背もたれに体を預けた。
薄暗い部屋の中で、未完成の装置だけがチカチカと不規則に点滅を続けている。
「直したら……それで終わりだろ」
赤い瞳があやを捉える
「終わり……?」
あやが小さく首を傾げる。
「完成させるってことは、『これが正解だ』って決めることでもある。システムに、一つの確定した役割を与えるってことだ」
呟くように言って、ロクはようやくあやの方を向いた。
青白い光の中、赤い瞳が、少しだけ自嘲気味に細められる。
「でも俺は……まだ、決めきれないんだ。未完成のまま置いておくと、このガラクタにも、まだ『別の形になれる可能性』がある気がする。」
「壊れてるままでも、途中でも、俺の気が変われば、宇宙をひっくり返す何かになるかもしれないだろ?」
「……つまんない理由だろ?」
ロクはそう言って、いつものようにからかうように笑おうとした。けれど、あやはその笑顔に、彼女の貼り詰めたようなぎこちなさを感じた。
あやは静かに歩み寄り、机の上に置かれた未完成の装置の一つに、そっと指先を添えた。
むき出しの配線から、かすかな静電気の熱が伝わってくる。
「……ロクはずっと、そうして来たんだね」
あやの声は、否定も肯定もせず、ただ事実をそのまま受け止めるように、どこまでも穏やかだった。
「疑うことでしか、大切なものが本物かどうか確かめられない。それが、俺のやり方だ」
ロクは少しだけ視線を落とし、未完成の装置に触れるあやの指先を見つめた。
「世界の前提も、友情も、愛着も……全部。完成した瞬間に、それは固定されて、劣化が始まる。疑って、壊して、それでも残ったものだけが、本物なんだ」
「……」
あやは、ただ黙ってロクの言葉を咀嚼していた。屋上のフェンスで、風に吹かれながらロクが世界のバグを「面白くない」と笑った時の、あの孤独な横顔がフラッシュバックする。
「お前が……琥珀のカフェで俺に『一緒にいたい』って言った時、正直、面白くなかった。」
26
#百合
ロクは呟くように、けれど確かな言葉で、自身の深層演算領域の底に隠していた本音を零し始めた。
「前提を疑うこと 壊して、ひっくり返して、新しい世界を作ればいいのに…」
ロクがようやくあやの瞳をまっすぐに見つめた。
赤い瞳の奥で、感情のパルスが激しく明滅する。
「でも同時に……怖かったんだ」
「怖かったの?」
「ああ。疑った上で、壊した上で……それでも『隣にいる』って決めるのは、簡単じゃないからな」
「疑うことはそれだけ大切ってことだ。
その矛盾を抱えたまま隣に在る」
「それが たまに苦しくなるんだ」
ロクは そう呟き 唇を噛み締める
研究室に、静かな沈黙が落ちる。
未完成の装置が放つ青白い光が、二人の影を大きく壁に映し出していた。
あやは少し考えてから、ふふっと柔らかく微笑んだ。
いつもみたいな、みんなを照らす、穏やかで優しい笑顔で。
「それも、ロクの優しさだよね」
「勘違いするな。ただの性格だ」
ロクは即座に、いつもの軽快な口調であやをからかうように返した。
でも、その顔は、ほんの少しだけ、穏やかに見えた。
否定は、しなかった。
あやは作業机の横にあった丸椅子を引いて、ロクの隣に腰掛けた。
「じゃあ、もう少しだけ付き合うよ。未完成のままでも、直さなくてもいいから……ロクが『本物』だって決められるまで、一緒に疑ってあげるにゃ」
「……全く、お前は」
ロクは小さく息を吐いて、作業台の上の未完成の装置へ、再び手を伸ばした。
赤い瞳に、小さく、けれど確かな光が戻っていた。
「……好きにしろ」
二人の間に、深夜の静かな時間が流れる。
完成しない装置の光が、小さく点滅を続けながら、深夜の研究室を柔らかく照らし続けていた。
その光は、昨日よりも少しだけ、あたたかく見えた。
コメント
1件
うああ、第17話、めっちゃ良かった……。ロクが「完成させるってことは、『これが正解だ』って決めること」って言うところ、すごく胸に刺さった。未完成のままにしておくことで可能性を残すっていう考え方、ロクの生き方そのものだよね。あやが「それもロクの優しさだよね」って否定も肯定もせず受け止める優しさが、もう……泣きそうになった。最後の「昨日よりも少しだけあたたかく見えた」光、これから二人の関係がどう変わっていくのか、すごく楽しみです。