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その負担額を考えると、そう言う病院での治療は無理だ、と断念するしかない飼い主も出てくる。
対して『みしょう動物病院』にはフェレットの患者数が多く、リュープリンを使った治療をしている子達も一定数いるから。
病院側としても在庫を抱える懸念なしにこのホルモン注射を仕入れることが可能なので、飼い主負担で薬の発注をかけなくても良い。
この点においても、偉央の病院は、飼い主たちからの評判が上がっているようだった。
そうして、それのみに留まらず、若い子や、他症状を引き起こしていない子に関しては積極的に外科的措置での対処もするし、副腎疾患に次いで罹患するフェレットの多い、膵臓の腫瘍(低血糖症を引き起こしたりする)に関しても、『みしょう動物病院』では外科的措置、内科的措置の両方からアプローチ出来るという強みがある。
飼い主たちのコミュニティ間で、偉央の病院の名が頻繁にあげられる背景には、そう言った理由があるのだ。
もっと言うと、当然ながら『みしょう動物病院』の治療対象はフェレットだけではない。
担当獣医師が変われば、爬虫類や両生類、鳥類に関しても手術を視野に入れた治療を受けることが可能となれば、それらの生き物たちの飼い主にとっても、心強い病院であることは言うまでもないだろう。
そんな感じで、『みしょう動物病院』では基本的には生き物によって診る獣医師を変えるかたちで診療を行っている。
だが、患者の入り具合によっては臨機応変に、診察対象を得意分野以外の生き物にも広げる様にもしていて。
偉央自身も小動物の来院が少ない日には、犬猫を診たり爬虫類や小鳥などを診察することもある。
逆に他の二人――犬猫担当の佐藤英輔と、鳥類、爬虫類・両生類担当の早川汐梨――が、偉央の担当している小動物を診ることだってある。
ディープな診察ともなるとさすがに各々の得意分野に差し戻すが、飼育相談や健康チェック、軽い外傷のような軽微な症状ならばどの獣医師であっても対応可能だからだ。
つまりは……病院長である偉央が不在の間も、少しくらいなら何とかなると言うことではあるのだけれど――。
***
「ごめんね、結葉。新婚旅行くらいもっとゆっくり出来たら良かったんだけど」
自分が不在の間に、担当の患畜に専門的な治療が必要になる事態が起こらないとは言い切れない。
結果、偉央と結葉の新婚旅行は国内で……。
しかも二泊三日というコンパクトなものになってしまった。
「気にしないで、偉央さん。偉央さんがお忙しいのは私、知っています。それなのにこんな風にお時間を取って頂けて……。私、すごく幸せです」
何事に関しても控えめで従順で流されやすいところのある穏やかな性格の結葉は、偉央の都合でこんなことになったのに、不平不満を一切漏らさなくて。
そればかりか「幸せ」だと言ってくれる。
可愛いだけじゃなく、偉央に対してとても誠実で、ある意味〝忠実〟であるようにさえ感じられるぐらい。
こんな風に自分を立ててくれる結葉を、偉央は胸がギュッと締め付けられるほど愛しいと思うのだ。
「結葉、キミは本当に可愛いね」
偉央はそんな健気な結葉のことが、心の底から慕わしくて堪らなくて、思わず結葉の小さな身体を腕の中に抱き寄せた。
***
今回偉央は、少しでもそんな結葉に喜んでもらおうと、プール付きの戸建てタイプのスイートルームを取った。
一棟一棟が分かれているので、シティーホテルなどのように隣室への物音を配慮しなくていいのが魅力だし、恥ずかしがり屋の結葉が、せっかく沖縄まで来ても公衆の目に晒されるような海で、水着になることはないだろうと見越して、プライベートプール付きの部屋を選んだ。
部屋からはコバルトブルーの海が見えるらしく、別荘に来たかのような感覚が味わえるという触れ込みがいいなと偉央は思った。
結葉は良くも悪くも偉央に全てを委ねているところがあって、「もう少し希望を言ってもいいんだよ?」と促してみても小首をかしげるばかり。
結局「これだけは避けたいものはある?」と聞いたらやっと、「お風呂とトイレは別々になっているお部屋がいいです」と返ってきた。
そこさえクリアしていれば、結葉は強いこだわりは持っていないらしい。
「私、好きな人と旅行とかしたことがないんです。だから偉央さんと一緒にいられるなら本当に……どんなところでも嬉しいんです」
偉央が何度も何度もしつこく彼女の希望を聞いたからだろう。
結葉はそう言ったあと、自分の盛大な告白ににわかに恥ずかしくなったのか、慌ててうつむくと「本当にそれだけなんです」と照れ臭そうに小声で付け加えた。
結葉に惚れ込んで彼女を囲い込んだのは偉央のはずなのに、存外結葉も偉央のことを愛してくれているらしい。
それが分かって、偉央はすごく嬉しかったのだ。
「じゃあ、僕が結葉を連れて行きたいって思えるようなところを勝手に選んじゃうね?」
ダイヤがキラキラと光る婚約指輪のはめられた結葉の小さな手をぎゅっと握ってそう問いかけたら、結葉は「楽しみです」と耳まで真っ赤にして答えてくれた。