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アルビスが温室に佳蓮を呼び出したのは、怖がらせるためでも、傷つけるためでもない。笑顔が見たかったから。
欲を言えば”ありがとう”と言ってほしかった。この世界に来て良かったと言ってもらえたなら、それ以上なにも望むものはない。
それほどにアルビスにとったら、待ち望んだ時間だった。
目が回るほどの忙しい毎日の中やっと時間を作り、仕事の合間を縫って女性が喜びそうな贈り物を選び、それを身に着けてくれた佳蓮と一緒に過ごす時間を心待ちにしていた。
そして毎日外ばかり見ている佳蓮に、「これはお前のものだから、好きな時に来ればいい」そう言って温室のカギを渡すつもりだった。
秋の気配が日に日に色濃くなる中、日差しは穏やかだが吹きすさぶ風は冷たい。
佳蓮はこの世界で唯一無二の存在だ。万が一、病になどなっては困る。いや、アルビス自身が佳蓮が病床に着くことなど耐えられなかった。
ここは温かいし、離宮より外の景色がより良く見える。佳蓮は間違いなく気に入るだろうと、アルビスは確信を持っていた。
けれどいざ蓋を開けてみれば、当の本人は笑みを浮かべるどころか強張った顔をして、ここに居ることが苦痛だと訴えている。
(まただ。また、間違ってしまった)
アルビスは否が応でも、己の過ちに気付いてしまった。
苛立ちに似た遣る瀬無さが全身を刺す。虚無感で身体が空っぽになってしまった錯覚すら覚えてしまう。
でも本当はアルビスは知っている。何をどうすれば佳蓮が笑顔になるのかを。ありがとうと言ってもらえるのかを。
けれど、それだけはどうしたって与えてやることができないから、必死に代わりのものを探してしまうのだ。
それが互いの溝をどんどん深めてしまう行為でしかなくても、アルビスは佳蓮に愛されたいという望みを捨てきれないでいた。
*
チョーカーを外そうと両手を首に回して格闘している佳蓮に、アルビスが口を開く。
「付き合え。これを飲んだら解放してやる」
ローブを翻しさっさと席に着いたアルビスは、目線だけで佳蓮に早く座れと訴える。
「……」
佳蓮は心の中で葛藤する。
アルビスの言葉は、お茶に付き合わなければずっとここに居ろと脅しているようなものだ。
とんでもなく上から目線での要求に腹が立つが、この苦痛な時間はすぐにでも終わらせたい。佳蓮は「大人になれ」と自分に言い聞かせ、嫌々ながら席に着く。
騎士2人も音もなく移動する。シダナはアルビスの後ろに立ち、ヴァーリも佳蓮の背後に控えた。
佳蓮にとっては逃亡防止の鉄格子のように感じて不快極まりないが、不毛な争いをするよりお茶を飲んでさっさと去るほうが利口である。
大人しく席に着いた途端、アルビスが満足そうに頷くのが悔しくて佳蓮は唇を噛む。
なんだかんだ言って、アルビスは佳蓮に対して譲歩なんかこれっぽっちもしない。自分の要求ばかりを押し通す。
そして自分も不満を抱えていながら、アルビスの要求を呑んでいる。
このままずっとこうやって、この皇帝陛下の言いなりにならないといけないのだろうか。そんな不安がよぎり、佳蓮の不機嫌な表情は暗いものに変わっていく。
「それは気に入らなかったのか?」
チョーカーを外そうとしたのを見ていたのか。佳蓮は盗み見するなと心の中で舌打ちするが、次の瞬間にっこりと笑顔になり口を開いた。
「あ、リュリュさん、お砂糖も一緒にお願いしまーす」
佳蓮はものの見事にアルビスを無視した。
けれど毎晩毎夜、佳蓮から無視をされているアルビスは、この程度のことでは動じない。
「気に入らなかったのなら、他の物を用意する。何が良い?」
「リュリュさん、ついでにミルクも付けてください」
「身を飾ることが嫌なのか?」
「リュリュさん、やっぱりミルクはやめます。ジャムとかありますか?……え?お茶に入れるんですよ。ハチミツがあるなら、それでもいいです。いえ、そっちの方が好きかな」
まだお茶は置かれていない状態なのに、アルビスを視界に入れたくない気持ちから佳蓮は首を捻って温室の端にいる侍女にあれやこれやと注文を付ける。
「か、かしこ……まりまし……た」
とばっちりを受けたリュリュは、この世の終わりのような表情を浮かべながら、震える手でお茶を淹れはじめた。