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夏の終わり。
あの日の花火大会から、数日が経った。
愁斗の体調は、少しずつ落ち着いていた。
ただ。
完全に以前のようには戻っていない。
朝、起き上がった瞬間に目眩がする日もある。
長く歩いた日は、夕方になると体が重くなる。
顔色が悪い日は、ひでがすぐ気づいた。
『今日、休みな。』
「まだ何も言ってない。」
『顔が言ってる。』
「顔で分かるのすごいね。」
『愁斗限定。』
「……なんか複雑。」
そんな会話が、当たり前になっていた。
ある日の帰り道。
二人はいつものように歩いていた。
ふと、ひでが空を見上げる。
『夏、終わるな。』
「うん。」
『早かったな。』
「花火、楽しかった。」
『煙でむせてたけどな。』
「……忘れて。」
『無理。』
「恥ずかしい。」
愁斗は少し笑う。
でも、その笑顔の奥に少し寂しさが混じっていた。
ひでは気づく。
『どうした?』
「……来年。」
『ん?』
「来年は。」
「もっと最後までみんなといられるかな。」
その言葉に、ひでは少し黙った。
愁斗はまだ、
“来年もある”
という未来を、当たり前には考えられていない気がした。
『いるよ。』
「え?」
『来年も、その次も。』
『一緒に見る。』
愁斗は少し驚いた顔をした。
「……約束?」
『約束。』
小さく指を絡める。
その瞬間。
ひでの頭に、またあの夢が浮かんだ。
小さな手。
泣いている声。
誰かと交わした約束。
でも。
思い出せない。
その夜。
ひでは家に帰った。
部屋の整理をしていると、古いアルバムが目に入った。
『……これ。』
何気なく手に取る。
養父母と暮らし始めた頃の写真。
ページをめくる。
そこには。
幼い頃の自分。
そして。
知らないはずなのに。
どこか懐かしい感覚。
ひでは眉を寄せた。
『……俺。』
『小さい頃の記憶、少ないな。』
考えてみれば。
5歳より前のことを、ほとんど覚えていない。
養父母から聞いた話はある。
でも。
自分自身の記憶がない。
なぜ?
どうして?
今まで気にしたこともなかった。
数日後。
ひでは何気なく父母へ聞いた。
『ねえ。』
『俺って、小さい頃の写真少ないよね。』
父母の表情が、一瞬だけ止まる。
『……?』
「どうして急に?」
『いや。』
『なんとなく。』
少しの沈黙。
そして。
「ひで、?」
「あなたはね。」
「5歳まで、少し大変な環境にいたの。」
心臓が跳ねた。
『……え?』
「あなたには、覚えていない時間がある。」
「でも。」
「今まで言わなかったのは、あなたが幸せに暮らしていたから。」
頭が混乱する。
『覚えてない……時間?』
その夜。
ひでは眠れなかった。
一方。
愁斗もまた、同じ夜に夢を見ていた。
いつもの夢。
小さな男の子。
泣いている。
手を伸ばしている。
でも。
今日は少し違った。
顔が。
ほんの少しだけ見えた。
「……え。」
目が覚める。
胸が苦しい。
夢の中の男の子。
ぼやけていたはずの顔。
そこにあったのは——
自分とよく似た。
優しい目だった。
「……誰。」
涙は出ない。
でも。
胸の奥が痛かった。
ずっと探していた何かが。
もうすぐ目の前まで来ている。
そんな気がした。
コメント
1件
うわあ……「来年も、その次も」ってひでが言ったとき、ちょっと泣きそうになりました。愁斗が「来年も最後までいられるかな」って不安そうに聞くところ、胸がぎゅっとなりました。そしてひでの幼い頃の記憶がないって伏線、一気に物語の空気が変わった感じがします。愁斗の夢に出てくる男の子の顔が「自分とよく似た優しい目」だったのも気になる……。二人の過去がどう繋がっていくのか、もう続きが気になって仕方ないです!
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