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焦る思いで案内された病室のドアを開けると、そこにはチューブや機械に繋がれて眠る彼女の姿が。

「ねえ、どうして…」

いつもの寝顔が、僕は見たいのに。

電話をくれた医師によると、大学構内で倒れて救急搬送されたのだそう。

持病の拡張型心筋症の症状で、呼吸困難だった。

いくら声を掛けても目を覚まさない。もう起きないのではないか、と不安で押しつぶされそうになった。

「…逝くなら俺も連れてってよ」

そんな言葉をぶつけてみても、病室に虚しく響くだけだった。

外は嘘みたいに晴れている。こんないい天気だったら、一緒に散歩したいな。

歩調を合わせて、ゆっくり、ゆっくりと。

道端に咲いてる花を見つけて、ふたりだけで笑い合いたい。

あと少しだけ残された時間を、このふたりで分かち合って幸せで満たしたい。

するとその思いが届いたのか、彼女の目が開いていった。

「あ、起きた? わかる?」

肩に触れ、声を掛ける。僕を認識すると、柔らかく笑った。

「良かった…」

勢いよく立ち上がったので、少し腰が痛む。ちょうど膵臓のあたりだ。

「いった…」

彼女の目が揺らぐ。「……大丈夫ですか」

うん、とうなずいた。

わたし、と小さく声を出す。「家に帰りたい」

少し目を見開く。

「でも…さすがにちょっと入院にはなるんじゃないか」

「嫌です。だってここにいてもそうやって無理しちゃうから」

それを聞いて、自然と頬が緩んだ。



病院からの帰り道。

担当医にダメ元で訊いてみると、過度な運動は控えるだの食生活に気をつけるだのと条件つきで帰してもらった。

「え、コスモス?」

彼女に買ったコスモスの話をしたところだ。途端に目が輝いた。

「そう、あの近所の花屋で。季節でしょ」

「でもコスモスって花畑とかに咲いてるイメージしかないからな…」

「まあ、確かに。でも売ってた」

と、「あ、見てください、タンポポ!」

明るい声に、指で示されたところを見ると、アスファルトの隅に小さな黄色い花がある。

さっき彼女が目覚めるのを待つ間の想像と同じ展開で、思わず笑いがこぼれる。

「わ、ほんとだ。でも秋だけど、何で?」

「あーこれは西洋タンポポですね」

そう言われ、へえ、と声が出る。「知らなかった」

「春に咲くのは在来種のタンポポで、外来種のは一年中咲くらしいですよ」

彼女の博識には舌を巻く。哲学以外では負けっぱなしだ。

「ねえ先生」

久しぶりな呼び方に、少し反応が遅れる。

「…ん?」

「もし逝くんだったら、自分も連れて行ってよって言いましたよね」

僕はぎくりとする。

「安心してください。そのときにはちゃんとおいでおいでしますから」

「怖いな。でも聞こえてたんだ。…俺が先かもよ?」

「そしたら呼んでください」

わかった、と微笑む。

「もしかして意識あったけどわざと寝たふりして聞いてたの?」

「違いますよ、なんか覚えてるんです。……やっぱり安心ですね。隣に先生がいると」

「俺も」

どうやら、ふたりの束の間の幸せは、もう少し続きそうだ——。


終わり

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