テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌日類くんの大学が終わった頃に、私は車を走らせて迎えに行った。
大学のそばにあるコンビニでゆっくり待っていると、十分も経たない内に類くんが浮かない表情で助手席に座った。
「どうだった?」
「はい。やっぱりヨシトは、この学校の生徒じゃありませんでした」
「その情報は確かなのかい」
「はい。学生課に確認したので、間違いないです」
昨日話を聞いた時点で予測していたことだった。
だがそうなると、白紙だけでなく類くんも狙っていたことになる。
あの宗教は、一体何を考えている。
「それで、本当に今日行くのかい」
「はい。後回しにすると、どんどん腰が重くなっちゃいますから」
私達はこの後、あの病院の廃墟へ向かう。
私のできる対策としては、録音機材を回しておくこと。
いつでも、警察を呼べるようにしておくことくらいだ。
本当はもう少し準備をしてから向かいたかったが、彼を一人で行かせるわけにはいかない。
「じゃあ向かおうか」
私はエンジンをかけて、その廃墟へと向かった。
隣の類くんをちらりと見ると、硬い表情で前を見つめていた。
だがいつものように、怯えてはいない。私とは全然違う。
彼は、私よりもずっと強い。
町並みに活気がなくなっていく。
この辺りはすっかり過疎化して、空き家も多い。
ぽつりぽつりと並ぶ家たちの奥に、あの病院の姿が見えた。
夕闇に照らされて黒く浮き上がるその姿は、ヒーロー作品の怪物のようだった。
実際に病院の前に着くまで、二十分ほどかかった。
相当昔に廃墟になったというのに、道は未だに使われているようだった。
背の高い草に囲まれた車一台ほどのスペースが続いていたのだ。
車から降りると、木々のざわめきが聞こえた。
人の気配は感じない。
工事用の足場が、病院を塀のようにぐるりと囲んでいる。
入り口の部分だけが、私達を待っているかのように空いていた。
「類くん、準備はいいかな」
思ったよりも、私はずっと冷静だった。
白紙をずっと苦しめていた存在と、やっと相対することができるという使命感が恐怖を上回っていたのかもしれない。
「もちろんです。足立さんこそ、今から帰ってもいいんですよ」
類くんは乾いた笑みを浮かべた。
「そんなことはしないよ。類くんも私の守るべき大切な存在なのだから」
彼は目を大きく見開いて、呆けていた。
しかしすぐに口を真一文字に結んで、目線を逸らした。
その瞳は、濡れていた。
「さあ、行こう」
廃墟に足を踏み入れてすぐに、私達の足は止まった。
中は、廃墟というにはあまりにも綺麗すぎた。
瓦礫や物は一つもないし、古さは感じるが人の手が行き届いている。
だが、足を止めたのはそれが原因ではない。
病院の受付だったであろうカウンターに目を向けると、そこに白い装束を着た人間が二人いたからだ。
気弱そうなソフトモヒカン男と、快活そうなボブの女性が二人で並んで掃除をしている。
二人とも、まだ大学生くらいの若者に見える。
二人は私たちに気が付くと、目をぱちくりとさせていた。
「えっと、信者の方……じゃなさそうですね」
気弱な男が、私達を上から下まで観察して言った。
「もう、入会希望の方たちだったらどうするの?」
女性が男性の肩を軽く叩くと、私達に近付いて優しい微笑みを浮かべた。
「あの、もしかして、|命撰会《めいせんかい》にご興味がおありですか?」
命撰会という言葉に、胸が一瞬苦しくなった。
私と白紙は、この名前からずっと逃げてきたのだ。
「あ、いえ、僕たちは……」
「そうなんです。ここに来ると、入会できると聞いたものですから」
馬鹿正直に事情を説明しようとする類くんを遮る。
彼はどういうことかわからずに、私を見つめていたが口は挟まなかった。
「まあまあ。それは素晴らしい。あなた達にもウエ様は、幸せを分けてくださいますよ」
女性の声がワントーン上がって、私の腕をとった。
「それでは早速、入会の手続きをしましょう」
二人に案内されて、病院の中を歩いて行く。
中は受付だった場所だけでなく、全てに掃除が行き届いていた。
それに外からはわからなかったが、窓ガラスは張り替えたばかりのようで、まだ綺麗だった。
「足立さん、どうしてあんなこと言ったんですか」
類くんが声を潜めて話しかけてきた。
彼としては一刻も早くヨシトと話したいのだろう。
「いいか、類くん。情報は鍵になる。白紙のためにも、話し合いの前にできることはやっておこう」
先ほどは咄嗟に答えたものだが、いい選択をしたと思っている。
このまま少しでも情報を得ることができれば、白紙の呪いを解くことにも繋がるかもしれない。
ひそひそと話す私達が、二人は気になるようでちらちらと振り返っている。
私達は怪しまれないように、慣れない微笑みを浮かべ続けることになった。
「この病院、私の知ってる限りでは廃墟だったと思うんですが、いつから命撰会で使われてるんですか?」
「私達、命撰会でここを購入したんです。最近、やっと綺麗に使えるようになったんですよ」
うれしそうに微笑む女性は、ある部屋の前で立ち止まると病院らしい引き戸を開けた。
中は、入院患者の病室だったのだろうか。
元々あったカーテンレールを利用して、部屋の半分以上が白いカーテンで覆われている。
「あのここは……」
「みなさん、一度ここで浄化を受けてからでないと入会はできないんです」
ちょうどカーテンの向こうから、一人の女性が出てきた。
四十代くらいのショートカットで、顔には満面の笑みを浮かべている。
そして、服はここに連れてきた二人同様真っ白な着物を着ている。
それでようやく気付いた。これは死装束だ。
襟も左前になっている。慌てて二人の襟も確認すると、左前だった。
「足立さん、なんだかやばくないですか……」
類くんの顔が、青ざめている。
私も同じ気持ちだったが、ここでそれを出せば何をされるかわからない。
「命撰がありますように」
先ほどのショートカットの女性が、私たちにそう言って部屋を出て行ったときだ。
「あ、ケイト様」
信者達三人が、慌てて頭を下げていた。
振り返ると――
「よぉ、類」
「ヨシト!」
そこには、大柄な男が立っていた。
コメント
1件
うわ、ヨシトがついに現れた…!待ってた感がすごい。足立さんが「類くんも私の守るべき大切な存在」って言ったところ、あの目が潤んだ瞬間、グッときました。あと信者の死装束(左前)に気づく観察力、伏線の貼り方が巧妙でゾクゾクした。次が気になりすぎる…!
170
346
こむぎ
831