……目の前に広がる、冷たい灰色の天井。
僕はプレハブ小屋で、敷布団を敷いて寝たはずだが。
体を起こそうとすると、ギチッと音がしてベットに叩きつけられる。
「!?」
ベットに縛り付けられている…!?
周りは…いや、ここは手術台…なのか?
ここは…まさか一白さんの診療所…!?
一体何が起こっているんだ!?
キィ…
不意にドアの開く音がして、心臓が跳ねた。
自分はこれからどうなるのだろうか…。
そう考えているうちにも、革靴の様な足音が近付いてくる。きっと意味はないが、目を瞑って寝たふりをする。
「…君が、ノゾム君かな…?」
聞こえてきたのは、聞いたこともない優しい低い声だった。
「起きているのはわかっているよ。」
…ゆっくりと目を開けると、そこに居たのは黒いくせっ毛の長髪を持つ、ピアスまみれの男だった。
こんな時に考えることではないが、かなり美形の男だ。
「きみに協力して欲しい。ここから抜け出そう。」
「…あの…ここって…?」
「一白診療所だよ。」
やっぱり…でも、一体何が起こっているんだ…?
そんな僕の心を読んだかのように、その男はこう言った。
「戦争だよ。それもすぐには終わらない。」
戦…争…。なんだかんだ言って平和な現代日本人の僕には、遠い国や過去のことにしか感じられないものだった。
そうだ…ここは決して平和な場所じゃない。
わかっていたはずだ。
「ノゾム、早く抜け出そう、想像以上に時間が押しているからね。」
ガチャガチャと拘束具を解きながら、急かすようにその男は言った。
まぁ…ここにいても酷いことになるのだけは良くわかる。名も知らぬその男に連れられて、僕は診療所の出口へと向かった。
少なくとも僕が攫われたのは、僕がアカリさんを殺したのと関係があるのだろう。
一体、一白さんは何をしようとしているのだろうか。
「…しっかり掴まって。」
「…?は、はい。」
突然その男に声をかけられ、慌てて返事をし、掴まれていた手を握り返した。次の瞬間、男はとんでもないことを言い放った。
「じゃあ飛ぶから。」
「…は、」
爆音に思わず目を瞑る。次に目を開けた時には空に居た。嘘だろ。
そんな速度で移動して人間の身体は耐えられるのだろうか。風で服がめくり上がりそうになる中、そんなことばかりが気になった。
「…ふふ。」
何を笑っているんだろう…。この人結構やばい人かもしれない。あと着地どうするんだろう。そう思いながら彼の顔を覗くと、らんらんと目を輝かせて笑う彼と目が合ってしまった。…何を考えているのか分からなくて怖い。
「あ、もうすぐ着くから。舌とか噛まないようにしてて。」
この高所からの着地で舌噛んだら死ねそうだなと思いながらすぐに歯を食いしばる。すぐに身体に衝撃が走る。
耳が痛い…。しかし、彼も僕も怪我ひとつしていない。本当に彼は何者なのだろうか?
「…行こうか。」
「は、はい。」
少し恐怖を感じながら返事を返す。随分と長い距離を飛んだらしい、例の診療所周りとは似つかぬ大きな街が広がっていた。
…はっきりいって、治安はあまり良くなさそうだ。壁を埋め尽くす落描きがもはやアートと化し、道に溢れかえるゴミは灰色のビルを鮮やかに彩っている…、
は、…彩る…!?…色が、見える!?!?
どういうことだ…!?い、いや、勘づかれてはいけない、だろう。
今は、冷静に……、
「どうかした?」
「…いえ、…。」
何か、何か話題を…そうだ!
「あの、ここって…?」
「あぁ…、ここは…黒猫の道って名前があるらしいね…。僕たちのアジトがあるんだ。」
アジト…もしや彼は悪の組織なんじゃなかろうか…。ずいずいと街の裏通りを進んで行く彼に一抹の不安を覚えながらも後を追う。
着いたのは、廃墟のような建物だった。
彼は扉の横にあるインターホンに顔を近づけると、「今帰った。」と一言だけ喋った。
ガチャリと音が鳴り、鍵が開いたのが分かる。彼は僕の腕を掴んだまま建物の中に向かった。内装も廃墟同然だったが、アジトというのはどうやら地下に広がっていたらしい。
一度地下に足を踏み入れれば、先程の廃墟のような建物の事など綺麗に忘れてしまえるだろう。
まるでSF漫画の宇宙船みたいな、マットな黒色の壁に青い光の走る空間に言葉が出なかった。彼は階段の手すりに体を預けてこう言った。
「ようこそ。我らがP&R(パンドラ)のアジトへ。」
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