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目覚ましが鳴るより少し早く、佐倉美咲は目を覚ました。
昨日と同じ時間だった。
理由は分からないけれど、最近ずっとそうだ。
遅刻しないように、というより、
もう一度眠る理由が思いつかなかった。
カーテンを開ける。
いつも通りの朝だった。
今日も仕事だ、と思った。
それ以外のことは、特に浮かばなかった。
いつものように顔を洗い、
いつものように髪をくくる。
皺のないスーツに袖を通し、
玄関に置いてあった鞄を手に取った。
昨日も、同じことをした気がする。
その前の日も、きっと同じだった。
鍵をかける音だけが、やけに大きく聞こえた。
アパートの階段を降りて、外に出る。
歩き慣れた道を、駅まで向かった。
景色は昨日と変わらない。
すれ違う人も、信号の待ち時間も、いつもと同じだった。
電車に乗る前に、駅前のコンビニに寄る。
棚の前で少しだけ立ち止まって、結局いつもと同じものを手に取った。
選んだ、というより、
考えなくてもそれになった、という感じだった。
定期をかざして改札をくぐる。
この時間の駅は、通勤や通学の人で溢れていた。
話し声や足音が重なっているのに、なぜか遠くで鳴っているように聞こえる。
いつもと同じ、七番ホーム。
表示板に出ている時刻も、見慣れたものだった。
電車が来るのを待つ。
並ぶ位置も、だいたい決まっている。
前に誰がいたかなんて覚えていないのに、
気づくと、いつも同じ場所に立っていた。
午前七時十五分。
いつもと変わらない時間、同じ電車に乗る。
昨日と変わらず、同じ車両に乗り、
昨日と同じ場所に立っていた。
車内には、学生の話し声。
会社員の小さな咳。
イヤホンから漏れている音楽。
普通なら、少しうるさく感じそうな音ばかりなのに、
どれも遠くから聞こえてくるように思えた。
揺れる車内。
窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。
入社当時は輝いて見えた街も今は何も変わらない普通の街に変わった。
電車を降りて改札を出る。
いつもと同じ時間。
駅から会社は歩いてすぐのとこにある。
いつもと同じ時間に出社。
出社してタイムカードを押す。
デスクに荷物を置き、パソコンの電源を入れる。
画面が立ち上がるまでのわずかな時間、
何も考えないようにしている自分に気づく。
いつからだろう。
朝が来るのが楽しみじゃなくなったのは。
仕事を覚えることに必死だったあの頃は、
毎日が少しだけ新しかった。
でも今は違う。
出来て当たり前。
間違えればため息をつかれる。
誰かに必要とされている実感も、
褒められることも、ほとんどない。
カタカタとキーボードの音だけがフロアに響く。
周りも同じように仕事をしているはずなのに、
なぜか自分だけが取り残されている気がした。
「……はぁ」
小さく息を吐いたつもりだった。
けれど、その声が思ったよりも重く耳に残った。
昼休みになった瞬間、隣の席の先輩が声をかけてくれた。
「水瀬さんも一緒に行く?」
断る理由もなくて、小さく頷いた。
会社の近くの定食屋。
みんな慣れた様子で席に座り、自然と会話が始まる。
「昨日のドラマ見ました?」
「いや、俺あれ途中で寝ちゃってさ」
「えー、もったいない!」
笑い声が重なる。
話を振られても、うまく言葉が出てこない。
何か言わなきゃと思うほど、焦ってしまう。
「水瀬さんは?」
一瞬、全員の視線が集まる。
「あ……私は、その……」
結局、当たり障りのないことしか言えなかった。
また会話が元に戻る。
誰も気にしていないはずなのに、
自分だけが、この場に馴染めていない気がしていた。
昼休憩が終わり、自分のデスクに戻る。
また、いつもと変わらない景色。
キーボードをカタカタと叩く音だけが、やけに響いていた。
自分も仕事をしなきゃ、と
その音に急かされるようにパソコンを開く。
――今日は、昨日より集中できていない気がする。
疲れているのか、
それとも別の理由なのか、
自分でもよく分からなかった。
時計の音。
画面を見つめたまま、
時間だけが過ぎていった。
夕方になると、帰宅する社員が少しずつ増えていく。
笑いながら席を立つ人、
急ぎ足でタイムカードを押す人。
私は、まだデスクに座ったまま、
パソコンの画面を見つめていた。
午後六時。
静かにパソコンを閉じる。
椅子を引く音だけが、やけに大きく感じた。
立ち上がり、そのまま会社を出る。
足は自然と、駅の方へ向かっていた。