私たちは、気分転換のために裏庭へ来ていた。
心が曇ったときは、空に輝く太陽でじめじめ気分を吹き飛ばしてしまおう。
幸いにもこの街……いや、この大陸はずいぶんと天候が安定している。
外に出ればいつでも、良い天気が当然のように広がっているのだ。……たまには曇りのときはあるけど、雨は未だに見たことが無い。
裏庭の片隅では、いつものようにハーマンさんが庭木仕事の準備をしていた。
その周囲では、ダリル君とララちゃんが元気にお手伝いをしている。
「――はぁ……。平和ですね……」
ぼそっと言ったのはテレーゼさん。
この光景はそれ以上でも、それ以下でもない。何だかそんな、等身大の平和のような気がした。
「そうですね……。
何でもないときが、一番しあわせなのかもしれませんね」
……うん、良いことを言ったぞ。多分。
「何でもないとき……。そうですね、それがずっと続けば良いのに――」
――その言葉に軽く頷いてから、しばらく二人で時間を過ごしていった。
特に会話は無かったけど、たまにはこういう時間も良いんじゃないかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それではお世話になりました!」
11時頃、テレーゼさんが帰るのに合わせて、玄関で見送りをすることに。
ルークとエミリアさん、あとはキャスリーンさんとルーシーさんが来てくれた。
「テレーゼ様、ケーキは美味しく頂きました。
それで、もしよろしければこちらを――」
そう言いながら、ルーシーさんは小さな包みをテレーゼさんに渡した。
「え? これは何ですか?」
「ケーキのお礼に、クッキーを焼かせて頂きました。
アイナ様には許可を頂いておりますので、どうぞ召し上がってください」
……そう言えば昨晩、ルーシーさんからそんなことを聞かれたっけ。
メイドさんからお客様にお礼……っていうのも変な感じはするけど、ルーシーさんがやたらと乗り気だったので許可はしていたのだ。
「わぁ、ありがとうございます!
それじゃ次は、クッキーを焼いてきますね!」
「いえ、お構いなく……」
……うん。
お返しを続けていたら、毎回お菓子を交換することになっちゃうからね。
テレーゼさんはクッキーの包みを鞄にしまうと、ふと目が合ったキャスリーンさんに深くお辞儀をしていた。
キャスリーンさんもそれに釣られて、優雅にお辞儀を返していた。
これも何だか不思議な光景だ。
やっぱりテレーゼさんって、不思議な空気を作る人なんだよね。
……これは多分、きっと褒め言葉だ。
「それではエミリアさんとルークさんも、ありがとうございました!
また来たときは、遊んでくださいね!」
「はい、また来てください! ……って、ここはアイナさんのお屋敷ですけど」
「ははは、私もお待ちしておりますので」
「――それじゃ、これから二人で行くところがあるから。
行ってくるねー」
四人の見送りを受けながら、玄関を出て、扉を閉める。
目の前に広がるのは広いお庭と晴れた空――
「……それで、最後に行きたいところってどこですか?」
裏庭にはさっき行ったから、残りは工房かお店……くらいしか残っていないけど。
「はい、お店を見せてください!」
「分かりました。鍵は持っているので、このまま行きましょう」
……さて、お店に行くルートは2つある。
裏庭を通り抜けてお店の裏側から入るものと、一旦外に出てからぐるっとまわってお店の入り口から入るもの。
私たちは既に見送られて出てきているのだから、今回は後者のルートで行くことにしよう。
裏庭を通り抜けようとして、さっき見送ってくれた誰かに目撃されたら……微妙に気まずいだろうしね。
昼前の暖かな陽気の中を、他愛も無いお喋りをしながらしばらく歩く。
お店の前に着くと、微妙に草が伸びているのが気になった。
さすがにここは、ハーマンさんもあまり目が届かないか……。
……いや、むしろお屋敷の外なのに、ここも面倒を見てくれているんだよね。
いや、いつもありがとうございます。感謝感謝――
そんなことを思いながら、鍵を開錠して扉を開ける。
カランカラン♪
「あ!」
「え?」
「この鐘、ジェラードさんからもらったものですよね!
雰囲気があって、とっても素敵です!」
「ですよね! この鐘、凄く気に入ってて♪」
そのまましばらく鐘を鳴らしてから、私たちはお店の中に入ることにした。
「わぁ! 結構いろいろと並んでいますね!」
テレーゼさんはお店の中をぐるっと見回して、嬉しそうに言った。
最近は何もしていなかったけど、少し前に出来るだけは並べていたんだっけ。
「――とぅえっ!?」
「え?」
突然、テレーゼさんが変な声を出した。
彼女はそのまま、お店の奥にある巨大な物体に向かっていく――
「ああ、そう言えば出しっ放しだった……」
――テレーゼさんはお店の看板キャラ、2メートルのガルルンに思いっきりぶつかっていった。
「おー、これが噂のガルルンのぬいぐるみですね!
すっかり忘れてました! バーバラちゃんから聞いてはいたんですけど!」
「ふふふ、これもとっても良いでしょう?
一目見たら、誰も忘れられなくなると思いますよ!」
「確かにそうですね!
あ、小さい置物もあるんですね。わー、可愛いー♪」
「おぉ、テレーゼさんはガルルンの良さが分かりますか!
それでは特別に、お好きなものをひとつ差し上げましょう」
「え、良いんですか!?」
「元々は布教用ですからね。
お友達や知り合いの方にも宣伝しておいてください。それが代金ということで」
「それじゃ、お言葉に甘えて! ……あ、これが良いです! これください!」
たくさんのガルルンの中からテレーゼさんが選んだのは、ごく普通のガルルンだった。
「ふむ……。スタンダードタイプをお求めとは、お目が高いですね……」
基本があってこその応用。
布教用というのであれば、基本を攻めていくのが正道だ。
「わーい、アイナさんに褒められました!」
「大切にしてくださいね。まだ数はそんなに無いので――」
……数?
そういえば、残りのガルルンの置物ってどうなったんだろう?
ガルーナ村で発注した置物のうち、およそ半分はまだ受け取っていないのだ。
うーん、しまった。冒険者ギルドに行ったときに確認しておけば良かったかな……。
そこまで急ぐものでも無いけど、時間があったら明日にでも行ってみることにしよう。
「――さて、思わぬ収穫がありましたが、本命の錬金術のアイテムを見せてください!
私も錬金術師ギルドの職員ですからね。びしばし拝見しますよ!」
「え? もしかして、ダメ出しされちゃう感じですか!?」
「ご安心ください! 私は販売や検品の担当ではないので、深いことは何も言えません!」
「あ、そうですか……」
その後、本当に並んでいるものを見るだけの時間になってしまった。
このお店はまだ開店していないけど、ウィンドウショッピングみたいなことは問題なく出来るからね。
私は私で、色々なことを話し続けるテレーゼさんを見ながら、営業を始めたらこんな感じで接客するのかな――
……などと、ぼんやり思い描いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カランカラン♪
最後に鐘の綺麗な音を聞いてから、扉をしっかり施錠する。
「ご案内ありがとうございました!
とっても良いお店ですね。開店が楽しみです♪」
テレーゼさんは無邪気にそう言った。
「王族の方からも、開店のことは言われているようですね。
……ダグラスさんが」
「そうですね、主任もたまにボヤいてますよ。
いつも、何だかんだで誤魔化しているみたいですけど」
「あはは……。それはありがたい……」
「いえいえ。そんな仕事は、出来る人がやっておけば良いんです。
錬金術師ギルドは、錬金術師の方をサポートする組織なんですから!」
「おぉ……。今までで一番、テレーゼさんが錬金術師ギルドの職員に見えました……!」
「えぇーっ!? 何ですかそれー!?」
「あはは、ごめんなさーい♪」
……あとは別れるだけ。それだけなのに、何となくずっと一緒にいてしまう。
ここのところ、急にテレーゼさんと仲が良くなった気がする――
「――私、アイナさんのことをずっと応援していますから」
「え? ……急にどうしたんですか?」
「最近は、とってもご迷惑をお掛けしたと思います。
でも、ずっと側にいてくれて、とっても嬉しかったです。だから、私はこれから恩返しをしたいんです!」
「いえいえ、気にしないでください。どうってことは無いですから」
「ダメです! ……でも私、何が出来るかは分からないから――
とりあえず今の仕事を頑張ります! もっともっとアイナさんに頼ってもらえるような、そんな職員になります!」
テレーゼさんは、まっすぐな目で私を見つめてくる。
最初は、賑やかでぐいぐい来る、ちょっと距離感の分からない女の子――そんな風に思っていたけど……。
……でも、根は真面目で、優しくて良い子だ。
最近、そのことがとっても良く分かった。
「――ありがとうございます。
それじゃ折角なので、ダグラスさんから私の担当をもぎ取ってください!」
「う……っ!
ああ見えて主任、結構仕事ができるんですよ……。でも、そうですよね。まずは目の前の敵を倒さないと……!!」
「え? いや、ダグラスさんは味方では……?」
「私をアイナさんの担当にしてくれない敵です!
だから、まずはそこを倒します!!」
「は、はぁ……」
「私、頑張りますから! 本当に頑張りますから!!
――それじゃ、今日はこれで失礼しますっ!!」
「あ……っ」
テレーゼさんは私の言葉を待たず、走り去ってしまった。
さっきの言葉は、彼女なりの決意表明――
私は彼女の言葉を頭の中で繰り返しながら、しばらく立ち尽くしてから……お屋敷に戻ることにした。
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