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富来 えび
302
富来 えび
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数日後――
相模国・小田原城内。
小田原では、未だに城から打って出るか、それとも籠城を続けるか、決めかねていた。
その最中――
「打て!!!」
成田長泰の号令とともに、包囲陣から鉄砲が一斉に放たれる。
バババババババン!!!
「くっ……昼も夜もうるさくしやがって……」
北条綱成は苛立った様子で外を睨みつける。
「なあ……そろそろ本当に出ねえかい♪」
綱成はニヤリと笑った。
「川越の時のように夜戦にかけるか♪
派手にうってでて野戦しようぜ♪
夜戦! 野戦! 出陣せん♪」
まるで今でいうラップのように、妙にリズム良く韻を踏みながら言い放つ。
風魔小太郎も腕を組み、静かに頷いた。
「……夜戦と野戦。
俺は賛成だ。このままだと負けるからな」
多目元忠は地図へ目を落とす。
「だが……どこから切り崩したものか。
海は無理だから……成田勢か、長野業正率いる上杉勢のどちらかだとは思うが……」
北条氏康も腕を組み、唸る。
「うむむむむむ……」
すると氏政がふと思いついたように口を開いた。
「ねえ、上杉憲政は……?」
その言葉に、多目元忠はすぐに察する。
「若……言いたいことが分かりました。
ですが、おそらく無理でしょうな」
「たしかに長野業正と離れておりますが、忍びによって厳重に守られております」
氏政は残念そうに息を吐いた。
「流石に二度目は無理か……」
すると、珍しく真剣な表情を浮かべた綱成が口を挟む。
「もし一箇所だけ攻めるってんなら……
長野業正は強敵だからな。
消去法で成田にしねえかい……?」
多目元忠は顎に手を当てる。
「……ふむ」
氏康も考え込む。
「たしかに長野は強敵……。
お年を召されているとはいえ、
その分経験が……ぐぬぬぬ」
しかし小太郎は別の可能性を捨てていなかった。
「だが、再び上杉憲政を狙うというのも悪くはないな。
……なんとか、もう一度狙うことはできないか?」
「旗印さえ無くせば、大義名分は無くなるぞ」
多目元忠が呆れたように小太郎を見る。
「……話を聞いてなかったのか?」
「話を聞いた上で言っている」
小太郎は平然と答える。
「警備が薄くなる時などを調べれば、
行けないかと申しておるのだ」
「ぐぐぐ……珍しく頭が回りおって……。
睡眠不足で某は頭が回らぬというのに……」
その横で北条幻庵も眠そうな顔をしていた。
「……分かるぞ、多目。
わしも怒る気力すら湧かんからのお……」
ふぁわっ……
大きなあくびをする。
氏康は小太郎を見つめた。
「ふむ……しかし、以前も差し向けて派手にやられたのだろう?」
「また危ない目に合わせる訳には……」
すると小太郎は真剣な顔で答えた。
「殿……そのようなことを申されるな。
武士は命より名を惜しむものでござる」
そして少し間を置いて、
「……まあ、俺は忍びですが」
「ガハハハハ!」
氏康は苦笑する。
「すまぬ……なら、また調査してきてくれ。
……手は多い方が良い」
「はっ……」
小太郎は一礼すると、
「ドロンッ!」
煙とともに姿を消した。
ーーーーーー
甲斐国・岩殿城。
方円は、出浦盛清からの報告を聞いていた。
「奴らも相当追い詰められているようですね」
出浦が頷く。
「はい。 時々隙を見て小田原へ何度か潜入しておりますが、
かなり御館様や成田様が行っていた嫌がらせに応えていて……」
「外に出るかどうか、決めかねているようです」
方円はしばし考え込んだ。
「……」
そして静かに口を開く。
「私なら、再び上杉憲政様を狙えないか、そろそろ試すところですかね」
出浦は黙って聞いている。
「……あとは……」
方円は地図へ視線を落とした。
「打って出て攻めるなら……消去法で成田でしょうか」
「海の佐竹は物理的に無理。
長野業正は、お歳の分だけ経験が豊富でかなりの強敵ですから……」
そして出浦へ命じる。
「出浦、川越城と全ての包囲陣に、このことを知らせてきなさい」
「あと、少し包囲中以外の皆で、また川越城で話せないかと景虎殿には伝えてきなさい」
「承知いたしました……」
出浦は一礼すると、
「ドロンッ」
煙とともに姿を消した。
ーーーーーー
数日後――
川越城。
各地から集まった者たちを前に、長尾景虎が口を開いた。
「突然の招集、申し訳ない」
「方円殿の報告で、既に知っておられるかもしれないが……」
里見義堯が方円へ目を向ける。
「方円殿、お久しゅうござる。
……越後の春日山での会談以来ですな」
「はい、お久しゅうございます」
方円も穏やかに返す。
上杉憲政も嬉しそうに笑った。
「ほほほ、こうして集まるのは久しいのお」
すると長尾政景が景虎へ目を向ける。
「そろそろ皆さまもお揃いです。
御館様……そろそろ始めていただいて」
「うむ」
景虎は皆を見渡した。
「単刀直入に聞こう。 北条はどう動くか」
「皆さまは、どう思うか聞かせていただきたい」
方円が口を開く。
「そうですわね……」
「おそらく北条は、また上杉憲政様を仕留められる時を探りに来ているでしょう」
その瞬間――
方円は正蛇の槍を手に取り、天井へ向かって突き刺した。
ドスッ!!
「……!?」
天井裏。
風魔小太郎は、間一髪で槍をかわした。
「……!」
方円は槍を抜きながら、何食わぬ顔で首を傾げる。
「おや……?」
「勘違いでしたかね……」
「たしかに、ネズミの足音が聞こえたような……」
上杉憲政も耳を澄ませる。
「ほほほ……たしかに何かがいるような……」
しかし、すぐに笑ってみせた。
「まあ、大丈夫じゃろう……多分」
「バレておるのに、そのままいるネズミはおるまい」
「ほほほほ」
景虎は少し考えてから言った。
「……少し時を置くか」
方円も頷く。
「……聞かれるとまずいですからね」
政景が気を利かせる。
「では、少しお茶を用意しましょう」
すると義堯が即座に口を挟んだ。
「わしは酒が良いのお」
景虎も頷く。
「では、それがしも酒」
「会議が、せめて終わってからにしてください、御館様……」
政景が疲れた顔で呟く。
上杉憲政は楽しそうに笑った。
「ほほほ、すまぬの。 お茶を待っておるぞ」
ーーーーーー
川越城・天井裏。
「ぐぬぬぬ……」
風魔小太郎は動けずにいた。
「俺が帰らぬまで話をしないつもりか。
調査できんではないか……」
その背後。
気配を完全に消した出浦盛清が、静かに様子を窺っていた。
「……」
小太郎が何かを感じ取る。
「……!!」
クナイを投げつける。
シュッ!!
「…………」
何も起こらない。
「むっ……気のせいか……」
「俺としたことが……無駄にクナイを……」
その頃、出浦は天井裏の別の場所に移動していた。
(あぶねー……やっぱりバレた。
相変わらず…風魔小太郎は強敵だなあ……笑)
そして何事もなかったかのように会議室へ入る。
「すいません。 私もお茶、貰えませんかー?」
出浦はさりげなく天井の方へ視線を向け、少しだけニヤリとする。
政景が不思議そうに尋ねた。
「おや、あなたは?」
景虎が答える。
「方円殿の忍びだ。
そいつにも用意してやってくれ」
天井裏の小太郎は舌打ちする。
(ちっ……やはりいやがった。
しかし、動きが完全にバレておる……)
ーーーーーー
しばらくして、会議室には和やかな空気が流れていた。
「いや、たまにはお茶もいいものですな」
義堯は湯呑みを手にしながら笑う。
「……でも、酒には勝てませぬが」
「ガハハハハ!」
景虎も笑った。
「里見殿がそこまでお好きだったとは。
気が合いそうですな、はははは」
そして政景へ振り向く。
「ということで、政景。酒を持ってき……」
「……^^」
政景は無言で景虎を見る。
「……いや、やはり…良い」
その様子を見て、出浦が小さく首を傾げた。
「?」
そして天井へ向け、忍びの合図を送る。
(いい加減、あなたは帰ったらどうですかね^^)
天井裏の小太郎は拳を握る。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
一方、上杉憲政はお茶を飲みながら、再び耳を澄ませた。
「……まだネズミがいるようじゃのぉ」
「ほほほ、困ったのお。
食糧を食い荒らされてしまう」
方円も笑みを浮かべる。
「ええ、困りましたわ」
「ふふふ」
小太郎は顔をしかめる。
(ぐぬぬぬ……俺をただのネズミ扱いか。
バカにしやがって……)
「だが……帰れぬ。 帰れぬわ!!」
すると出浦が、天井へ聞こえるようにわざと声を出した。
「また駆除がいりますかね……」
「箕輪城のように……^^」
「……!」
小太郎の顔が引きつる。
(💢💢)
方円はお茶を飲みながら穏やかに言った。
「まあ、もう少し様子を見ましょう」
「無闇な殺生は宜しくないですからね」
景虎も困ったように呟く。
「困ったものだ。
酒は飲めんし……話せんし……」
すると義堯が首を傾げた。
「ところで、さっきからネズミの話をしているが……」
「ネズミなら、話しても良くないか?」
一同が固まる。
「それと駆除はした方が良い。
食糧が無くなるのは普通にダメだからな」
政景は心の中で頭を抱えた。
(ま……まじか……。 おい……まじか……。
忍びだと気づいてねー)
上杉憲政も微笑む。
(ほほ……会話が隠語だと分かっておらぬのだな)
天井裏の小太郎は、義堯の言葉を聞きながら何かを書き留める。
「ほう……」
(里見義堯は隠語に気づかない。
意外と直接的な部分がある……)
「φ( ՞. ̫.՞)カキカキ」
「しかし……もう限界だな」
「ドロンッ!」
煙とともに、小太郎はようやく姿を消した。
上杉憲政が笑う。
「ほほほ……駆除は、もう必要なさそうじゃ」
しかし義堯は真剣な顔で頷いた。
「いや、しかし念のため調査を。
食糧が……食糧が……」
里見以外の全員が、心の中で同時にため息をついた。
(はあ……泣)
ーーーーーー
相模国・小田原城。
風魔小太郎が戻り、氏康たちへ報告していた。
「そうか……」
氏康が腕を組む。
小太郎は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ねえ。
一枚、相手の方が上手だった」
「……あと、里見義堯は俺が来ていることに気づいていなかった」
「ほかの者はネズミの隠語で気づいていたというのに……」
北条綱成はニヤリと笑った。
「これで決まりだな♪」
「成田を攻めるぞ」
しかし、多目元忠は腕を組み、何か引っかかるような表情を浮かべた。
「……むう」
「まるで……そう差し向けられているような……」
小田原城内に、重い沈黙が落ちる。
こうして――
北条側と連合側の読み合いが、静かに始まったのだった。
コメント
1件
いやあ、面白かったです!特に風魔小太郎と出浦盛清の天井裏の攻防、あそこ最高でしたね。「また駆除がいりますかね…箕輪城のように^^」って出浦の嫌味、笑いました。それにしても、方円が「ネズミの足音」って言いながらいきなり槍突き刺すシーンは鳥肌立ちましたよ。義堯さんが隠語に気づかないのも、ほっこりするけど戦略的には穴だなあ…。北条側が「成田を攻める」と決めたところで、多目元忠が「差し向けられているような」と引っかかるのが、これからの展開を予感させますね。続きが気になります!