だから、試す。
だから、拗ねる。
だから、わざと突き放す。
若井は、そんな元貴の天邪鬼を全て受け止めていた。
むしろ、そんな元貴が愛しくて、仕方がなかった。
若井は、元貴の隣で、静かに寄り添っていたが、
暫くして、囁くように声をかける。
「元貴、ちゃんとご飯たべた?」
元貴は、ほんの少し首を横に振った。
「ちゃんと食べなきゃダメだよ」
そう言いながら
若井はキッチンへと歩いた。
若井は慣れた手つきで
鍋に水を張り、火にかける。
シンクに落ちる水の音が、
部屋の静寂に静かに混じる。
いつも作っていたトマトとチーズのシンプルなパスタ。
買ってきた具材なんてない。
あるもので済ませる、
それがふたりのいつものやり方だった。
麺がゆっくりと湯に沈み、
ふつふつと泡が立ちはじめる。
換気扇の音。
泡が立ち始める音、沸騰するリズムが
部屋の中に満ちていった。
ふたりで食べるには少しだけ多い量を、
若井は黙って皿に盛る。
ソファの前に並べられた小さなテーブルの上に、
湯気を立てた皿が二つ並んだ。
若井がフォークを置いたとき、
元貴がちらりと目を向けた。
しかし、
何も言わないまま、すぐに逸らされる。
若井は、自分の皿からパスタを一口すくい、
そっと口へ運んだ。
─そのときだった。
元貴の肩が、ほんの少し動いた。
気づかないほどの小さな変化。
でも、若井はそれを見逃さない。
若井は敢えて、
視線は元貴の方へ向けないで、
耳と空気で少しの変化を感じ取っていた。
ソファの沈みが、ごくわずかにずれる。
元貴の身体が、ゆっくりと
ほんの、少しだけ、
若井のほうへ寄ってきた。
ゆっくりと彼の手が、
テーブルの上に置かれたフォークに伸びる。
掬うのに少し迷っているように見えた。
食欲がないのではない。
心と思考がまだ追いついていないのだろう。
けれど、それでも、
彼はゆっくりと、フォークを皿へ沈めた。
一口分だけを巻き取る。
フォークを持つ手が、皿の端に少し当たった音がした。
口元へ、運ばれる。
静かに咀嚼する音が、
ようやくこの部屋に“元貴の生”を響かせた。
若井は、何も言わないまま
自分の皿から、パスタを口に運び続けた。
隣で、元貴もまた、
まるでそれに倣うように、
ひとくちずつ、パスタを食べ始める。
──大丈夫。
急がない。
こうやって少しずつ、少しずつ。
若井は、元貴のことを理解して、
寄り添い、
そして心から、愛していた。
.
コメント
5件
大森さんを思う若井さんの行動が 、 すんごくすてきです、
本当に普段どんな生活してたらこんなに素敵なお話が書けるんだ……そのセンスを分けてほしいです…… 今回の若井さんはスパダリ味が強い……嫌いじゃないですしむしろ大好物です💘✨️ 大森さんは素直に若井さんに甘えられないタイプですねぇ。「甘える」よりも少し複雑なものかもしれませんが…… 🫧さんの作品は若井さんが可愛いお話ばかりなので、大森さんが可愛く感じるのは少し新鮮に映ります……😳
表現力がすごいっ、、!