テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#コメディ時々暗闇
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
1,074
NGS_ヘビーなしっぽ
142
#妖怪
百はな🍑
756
第一章 まだ目覚めぬ月
番外編①青い空の下で
ダイチ、七歳。
ソルト家の屋敷に、今日も悲鳴が響き渡っていた。
「ダイチ坊っちゃま!?」
子供部屋へ足を踏み入れた家庭教師の顔が青ざめる。
そこには
本来なら部屋の中で、机に向かっているはずの少年の姿はなかった。
開け放たれた窓。
そして
その下。
壁伝いに器用に降りていく、小さな影。
「ダイチ坊っちゃま!!」
「また逃げたの!?」
廊下から慌てた声が響く。
母、レイラ。
そして姉、アズール。
「ダイチ!!」
「もういい加減にしてよー!」
そんな声も、本人には届いていなかった。
「ごめんなー!」
小さく叫びながら、ダイチは柱へ手を掛ける。
小さい身体を使い、慣れた動きで地面へ降りる。
着地。
そのまま庭へ駆け出した。
「早く!追って!」
「はい!」
「ダイチ坊っちゃまー!待ってくださーい!」
後ろから聞こえる護衛の声。
けれどダイチの足は止まらない。
広い庭を抜ける。
花壇の間を走る。
そして。
屋敷を囲む外壁へ手を掛けた。
「よいしょっと!」
小さな身体が軽々と壁を越える。
その先に広がっていたのは。
いつもの森だった。
-–
木々の間から差し込む陽光。
風に揺れる葉。
鳥の声。
屋敷の中とは違う空気。
ダイチは大きく息を吸った。
「やっぱこっちの方がええなぁ」
森は好きだった。
来るたびに違うものを見つけられる。
知らない花。
変わった形の石。
小さな動物の足跡。
ここには、決められた時間割もない。
誰かに「こうしろ」と言われることもない。
ダイチは木の根元へ座り込んだ。
「勉強なぁ……」
思わずため息が漏れる。
文字を覚えること。
歴史を学ぶこと。
貴族として必要な知識。
大切なのは分かっている。
父がどれだけ努力して、この家を守っているかも知っている。
だから。
ちゃんとしなければいけない。
ソルト家の長男として。
次代を担う者として。
分かっている。
分かっているけれど。
「ずっと座っとるん、やっぱ苦手やわ……」
剣を振るうこと。
馬に乗ること。
身体を動かすこと。
自分の力で何かをすること。
そっちの方がずっと楽しかった。
それに。
同じ貴族の子供達も、少し苦手だった。
大人みたいな話し方。
家柄や身分を比べる会話。
誰かを見下すような言葉。
「なんでそんなこと言うんやろ」
小さく呟く。
父は違う。
身分が違っても、相手を一人の人間として見る。
そんな父の背中を見てきたから。
余計に違和感があった。
ダイチは仰向けに寝転ぶ。
視界いっぱいに広がる青空。
雲がゆっくり流れていく。
「……自由になりたいなぁ」
ぽつりと呟いた。
誰にも決められない。
好きな場所へ行って。
好きなものを見て。
好きな人と笑う。
そんな未来があるのなら。
見てみたい。
幼いダイチには、まだ世界は小さかった。
家。
街。
この森。
それが全てだった。
けれど。
青い瞳に映る空だけは。
どこまでも広く。
どこまでも遠かった。
まるで。
その先に、まだ知らない何かが待っているように。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、すごく好きです。七歳のダイチくんの「自由になりたい」っていう気持ちが、青空の描写と重なって胸に沁みました。ソルト家の長男としての責任を自覚しつつも、じっと座ってるより身体を動かしたい、自分の力で何かをしたいっていう少年らしい衝動が、すごく丁寧に描かれていて。お父さんの背中を見て育ったからこそ、身分で人を見下す貴族の子供たちに違和感を持てるダイチくんの感性が、この子の根っこの良さを物語ってるなあって思います。この先、彼がどんな自由を掴んでいくのか、すごく気になります。素敵な番外編をありがとうございます!