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47 ◇祭り1
14日に川越祭りと呼ばれる例大祭が、翌15日には神幸祭が午前11時から
始まり、初日の夜に山車が並ぶ。
毎年これまで祭りに参加している珠代は、この日のために浴衣を新調しており
お披露目する日を楽しみにしていたため、それもあってこの日を待ちわびて
いたのである。
何と言ってもやはり愛妻家の和彦に見てもらいたかった。
珠代は、千 紫 万 紅よろしく、花々の散りばめられた生地で
作られた浴衣を着用していた。
** **
千 紫 万 紅――色あざやかなさま。
色とりどりの花が咲き乱れているようす ** **
生地は生成りよりもやや白い色目に菊の花模様が色鮮やかに色付いている。
見た目は、華やかな赤、橙、ほんの微量紺がありそれらのパターンが基調で
その合間に薄い緑の葉が点在している。
骨格が女性らしい珠代は若さの中に艶やかさを秘めた
美しさが漂っていた。
この頃束髪が一般的だったが、着物に合わせて華やかにした
かった珠代は三つ編みを作りお団子を作るイギリス結びという髪型に粋な
赤系の簪を刺してきた。
片や少し前に珠代から祭りに誘われた温子と言えば……それより先に涼から
祭りの話を聞いていたため、温子もまたこの日のために浴衣を新調していた
のである。
結婚していた時を思えば考えられないほど、浴衣選びに夢中になった。
やはり、好きだと言ってくれた涼に、綺麗な自分を演出して見てもらいたい
という気持ちが溢れ出して止まらなかったからである。
(好きだと言ってくれた涼に―いつの間にぃー!–少々お待ちください)著者😊
温子は年相応に落ち着いた紺色の生地に紫陽花を散らした浴衣で帯は
生成り色の幅の狭い半幅帯をそして足元には長時間歩いても疲れないように
下駄ではなく柔らかく幅広の歩きやすい鼻緒の付いた草履で来ていた。
髪型は若い女子向けの- まがれいと -を大人の女性を目指して少し変形させた
形にして紺色のリボンを括りつけた。
4人で神社に着いた時には、祭りで賑わう人々を背景に艶やかに色づいた各々の
想い人を改めて目にし、男子ふたりは眼福に酔いしれるのであった。
「そのように相思相愛の相手から愛でられ、温子と珠代はその日、それぞれが
競うように、ひときわ美しく輝いた」
◇ ◇ ◇ ◇
このようにして4人の歴史が刻まれてきた期間、もうひとり涼や珠代と静かにそれでいて
しっかりと歴史を刻んできた人物がいた。
それは涼の父親の代からほぼ30年近くも製糸工場に勤めている早坂絹と
いう還暦を過ぎた人物だった。
彼女は夫を病で亡くし、その後工場で働きながら母一人子一人息子と
寮に暮らし頑張って来た。
仕事と住むところを提供され、なんとか女手ひとつで息子を上の学校にも
通わせ、人並みのことができたこと、絹は『北村の工場のお陰』と今も寮に
住まいながら感謝する日々を送っている。
息子の太一と現社長の涼は同学年で子供の頃は同じクラスになったことも
あり今も親子共々他の工員たちとは違う距離感での付き合いがある。
絹の息子の太一は子供の頃からやさしい性質で兄の涼はもちろんのこと
珠代ともよく遊んだ仲で、その親の絹とも仲が今もよい。
そのような関係から昔、絹は珠代から聞いたことがあった。
涼の結婚話がご破算になったこと、そしてその経緯なども。
――――― シナリオ風 ―――――
〇北山家・珠代の部屋/昼過ぎ
部屋の鏡前。
珠代が浴衣の帯を結び終え、立ち上がる。
珠代(N)
「今年も、この日がやってきた。川越祭り――
だけど今年は、いつもより少しだけ特別な気がする」
画面に、花々があしらわれた艶やかな浴衣姿の珠代。
白に近い生成り地に、赤・橙・紺が美しく配された菊模様。
珠代(心の声)「……和くんに綺麗だなって思ってもらえるかしら」
鏡に映る自分に微笑む。
〇製糸工場寮・温子の部屋/同時刻
温子、ゆっくりと浴衣の帯を結びながら窓の外を見る。
温子(N)
「誰かのために装う日が、また来るなんて。
もう二度と、自分にそんな日は来ないって思っていたのに……」
鏡に映る温子。
落ち着いた紺地に紫陽花模様の浴衣。
帯は生成り色の細帯。
髪は「まがれいと」の変形、控えめな紺のリボン。
温子(呟き)
「涼さん……気にいってくれるといいけど―――――」
〇氷川神社・境内/夕方、祭りの開始
提灯が灯り、太鼓の音が響く。
人々がぞろぞろと集まってくる。
人込みの中で合流する4人――珠代、温子、和彦、涼。
珠代と温子を見て、和彦と涼がそれぞれ一瞬、言葉を失う。
和彦(感嘆して)「珠代ちゃん、孫にも衣装っていうけど……ほんとに
綺麗だよ~ん」
珠代(照れながら)
「孫にも衣装は余計だけど……まっいっか。ありがとう」
珠代(N)「和くんったら、テレちゃって~」
涼、言葉には出さないが、温子をじっと見つめ、軽く頷く。
温子(微笑みながら、気恥ずかしそうに)
「……浴衣、似合ってますか?」
涼(静かに)
「ああ。とても……」
夕陽の残る空の下、提灯の光に照らされて4人が歩き始める。
珠代(N)
「好きな男性に見惚れられる――
たったそれだけで、こんなに胸がいっぱいになるなんて。
温子さんと私、今日はそれぞれが主役ね。
なんかドキドキしちゃう」
〇工場の片隅・早坂絹の回想
場面転換。
少し離れた工場の裏手。
年老いた女性が縫い物をしている。
彼女は涼の父の代から仕える、工場の功労者・早坂絹。
静かに針を動かす絹。
遠くで聞こえる祭りの太鼓。
絹(N)「……あの子たちも、もうそんな年かいな」
ふと遠い目をする。
〇回想/工場での過去・絹と息子・太一の記憶
白黒調の映像。
涼と絹の息子・太一がまだ小さな頃、工場の隅でビー玉遊び。
絹(N)「涼さんも、珠代さんも、太一と一緒によく遊んでた。
あの頃は、誰が偉いとか、誰が女工だとか、関係なく笑ってたっけ……」
回想が終わり、現在の絹の穏やかな表情。
絹(ぽつりと)「涼さん、今は立派な社長さんだ。
でも、あの時の笑顔は、今でも変わらんね。
〇夜の神社・山車と提灯が練り歩く
神社の参道を、大きな山車が練り歩き、人々が掛け声をかける。
4人が見物している。
珠代が涼と温子の様子を盗み見る。
珠代(心の声)「お兄ちゃん、温子さんのこと……やっぱり好きなんだ」
温子もまた、静かに涼の横顔を見つめている。
珠代(N)「思い出の中にあった悲しい恋は、もう終わった。
これからは……新しい物語が始まる予感がする」
〇時間の流れ/祭りの余韻
山車が遠ざかり、夜のとばりが下りる。
賑やかな人波の中、4人が並んで歩いている。
珠代も温子も幸せなひとときを過ごし、まだまだこの幸せがこの先も
続くようにと願うのだった。