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翌朝。薄暗い部屋に差し込むわずかな光で、土方は目を覚ました。
昨夜は、ほとんど眠れなかった。
脳裏に浮かぶのは、あの言葉と、あの表情。
(……くだらねぇ)
小さく吐き捨てる。
ふと、拘束具に意識を向けた。
昨日より厳重になっていたはずのそれを、慎重に確かめる。金具の留めは堅いが、構造は単純だ。
真選組副長を甘く見るな。
時間をかけ、力の入れ方を調整し――
カチリ、と小さな音がした。
「……外れた」
拍子抜けするほど、あっさりと。
両手、両足。順に解放される。
(わざとか?)
一瞬よぎるが、考えを振り払う。
扉に手をかける。
深呼吸。
勢いよく開いた。
――そこに立っていたのは、
**坂田銀時**だった。
廊下に背を預け、腕を組んでいる。
目が合う。
土方は反射的に身構え、歯を食いしばった。
(また捕まる――)
だが。
銀時は、動かなかった。
その目は、昨日とは違う。
怒鳴りもしない。笑いもしない。
ただ、どこか悲しそうで。
それでも奥に、苛立ちが燻っているような。
複雑な色をしていた。
数秒の沈黙。
やがて銀時は、視線を逸らし、低く言った。
「……好きにしろ」
それだけ。
止める気配もない。
ゆっくりと壁から身体を離し、土方の横を通り過ぎる。
銀時は振り返らない。
そのまま去っていく。
足音が遠ざかる。
土方はその背を、しばらく見ていた。
胸の奥が、ざわつく。
(……なんだよ、その顔)
申し訳なさにも似た感情が、ほんのわずかに芽生える。
だがすぐに、頭を振った。
(いや、悪いのはあいつだ)
勝手に攫って、勝手に閉じ込めて、勝手に好きだと言って。
(俺はただの被害者なはずだ)
そう自分に言い聞かせる。
それでも、足取りは妙に重かった。
真選組屯所。
見慣れた門をくぐった瞬間、胸の奥がわずかに緩む。
廊下を歩いていると、奥から声が飛んできた。
「おお! トシ!」
振り返ると、
**近藤勲**が駆け寄ってくる。
心底安心した顔だ。
「ここ数日間何してたんだ? 大丈夫か? 心配したんだぞ!」
その言葉に、一瞬言葉が詰まる。
数日。
思ったより時間が経っていたらしい。
「ああ……ちょっと野暮用だ」
素っ気なく返す。
近藤は疑う様子もなく、「そうか!」と笑った。
「顔色悪いぞ? 無理するなよ?」
「平気だ。仕事は溜まってんだろ」
いつもの調子で言い返す。
銀時の名は、出さなかった。
出せるはずもない。
あんなことを、どう説明する。
(……言う必要もねぇ)
副長としての顔を貼り付ける。
だが机に向かっても、筆は進まない。
頭のどこかで、白い背中がちらつく。
「……好きにしろ」
あの声が、耳に残って離れなかった。
窓の外に目をやる。
青空の下、江戸の街はいつも通り騒がしい。
だが土方の胸の内だけが、妙に静まり返っていた。