医務室の照明は、夜になると少しだけ落とされる。
ロボロはベッドに横になったまま、浅い呼吸を繰り返していた。
肩は固定され、胸の奥に鈍い痛みが残っている。
カーテンが、静かに揺れた。
「……起きていますか」
落ち着いた、低めの声だった。
視線を向けると、エーミールが入口付近に立っている。
一歩も踏み込まず、距離を保ったまま。
「無理に返事をしなくていいですよ」
そう前置きしてから、ゆっくりと椅子を引いた。
「医師から聞きました。
今日は、あまり調子が良くないそうですね」
「……はい」
「そうですか」
それ以上、踏み込まない。
しばらくの沈黙が流れるが、不思議と圧はなかった。
「今日はですね」
エーミールは声を落とす。
「命令や指示を出しに来たわけではありません。
少し、話をしておこうと思っただけです」
ロボロは、わずかに目を見開いた。
「まず、はっきりさせておきます」
穏やかだが、迷いのない口調。
「あなたを前線に出すことはありません。
今の状態で戦場に出す理由は、どこにもない」
“使えない”とも、“価値がない”とも言わない。
「それから」
エーミールは端末に触れるが、画面は見せない。
「研究や追加の検査についても、
あなたが望まないことを無理に進めるつもりはありません」
ロボロの指先が、わずかに緩む。
「あなたがここにいる理由は、ただ一つです」
一拍置いて、続ける。
「生きて、この国境を越えてきた。
それだけで十分です」
喉の奥が、少しだけ熱くなる。
「ですから、これは提案です」
はっきりと、“命令ではない”言い方。
「体が落ち着くまで、
私のところで、できる範囲のことだけ手伝ってもらえませんか」
「……まだ、ちゃんと動けません」
「分かっています」
即答だった。
「できない日は、何もしなくていい。
横になったままでできることだけで構いません」
参謀長とは思えないほど、慎重な言葉選び。
「それでも」
ほんのわずか、表情が柔らぐ。
「あなたの考え方や視点を、
無理のない形で知ることができたら……私は助かります」
ロボロは、しばらく黙っていた。
研究所では、
“助かる”などという言葉は、評価項目になかった。
「……拒否しても?」
「もちろんです」
即答。
「その場合も、治るまではここにいてください。
それが最優先です」
ロボロは、ゆっくり息を吐いた。
「……お願いします」
「ありがとうございます」
短く、しかしはっきりとした声。
立ち上がる前、エーミールは最後に一言だけ残す。
「ここでは、結果を出したからといって、
次の“段階”に進ませたりはしません」
静かで、確かな約束だった。
エーミールはそれ以上何も言わず、
足音を抑えて医務室を出ていった。
痛みは、まだ消えない。
体も、過去も、途中のままだ。
それでもロボロは、
初めて“待ってもらえる場所”に来たのだと感じていた。






