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ピピッ…… ピピッ……
画面にバッテリー切れのサイン表示された。スマホの電源が落ちるのと、グール、凶霊が解き放たれたのが一緒だった。
ガァァァァァーー!
凶霊に殺されそうになっていたグールは脱兎のごとく駆け出した。まるで、凶霊に打ち勝つ力を欲するように、典晶達に飛びかかってきた。
「ウワァァァァーーー!」
文也は身を固くして典晶に抱きついた。
「典晶だけは!」
イナリは典晶の前に立ち塞がった。両手を広げ、自分を守ろうとしている。
「イナリ……!」
全てがスローモーションのようだった。
グールがイナリに飛びかかり、イナリが倒される。
典晶は必死に何かを叫んだか、何を叫んだか自分でも分からなかった。
イナリを助けようと、ハロが剣を手に飛びかかっていくが、多勢に無勢、すぐにハロもグールの輪の中に引きずり込まれてしまった。
絶体絶命のピンチ。イナリも、ハロも、自分も文也も命はないだろう。
この瞬間になって、典晶の視線は教室の隅に向かっていた。何故か分からないが、自然と視線が飛んでしまった。
凶霊に操られた美穂子が登場したドア。あのドアは、どんなドアだっただろう。
典晶と文也がこの教室に足を踏み入れたとき、廊下と教室の間には深い闇が佇んでいた。イナリとハロが教室に逃げ込んできた時も同じだった。そして、凶霊に操られた美穂子が登場したとき、ドアはどんなだっただろうか。典晶と同じように、闇が佇んでいたような気がする。
そうだ。異変に気が付いたのは、ポケコンを使ったとき。イナリが美穂子を殺そうと飛びかかり、美穂子が廊下に引っ張られた。あの時、確かに廊下から声が、凶霊の声が聞こえてきた。
美穂子は、廊下に引っ張られた。それを、典晶達は目の当たりにしていた。あの時、すでに廊下と教室は同じ空間で繋がっていたのだ。
イナリとハロに大量のグールがのしかかる。その上から別のグールが典晶達に襲いかかってきた。
典晶はスマホを持った右手を顔の前に出し、身を固くした。自然の防御態勢だった。
死ぬのか
怖くはなかった。全てが突然すぎて、怖がっている時間が無かった。後悔する時間も何もなかった。
グールが典晶の掲げた腕に噛みついてくる。
歯を食いしばり覚悟を決めた典晶。
衝撃は凄まじかった。
典晶は噛みつこうとしてきたグールと共に、見えないハンマーで殴られたように吹き飛ばされた。典晶にしがみついていた文也も、同じように吹き飛んだ。
今日一日で、何度こうして床を転がり、机と椅子に頭と背中を打ち付けただろうか。転がりながら、典晶は廊下の壁を粉砕し、突入してきた巨人を見た。
ウオオオオォォォォォォーーーー!
オオオオオーーーーーー!
巨人の咆吼は、教室を、学校を、空間を振るわした。
赤い肌に、伸び放題の黒い針金のような髪。腰布を一枚纏っただけの巨人の腕は太く、典晶の胴体と同じくらいはあるだろうか。憤怒の表情をした巨人は、身を屈めていても、教室の天井に頭を擦っていた。はち切れんばかりにバンプアップした筋肉の鎧には、何本もの血管が浮かび上がり、生き物のように脈動している。手には、その巨体に相応しい、巨大な出刃包丁のような剣を持っていた。
「鬼だ…! 鬼まで出てきた……!」
転がったままの文也は、巨人を見て呟くと、そのまま気を失ってしまった。お化け屋敷にも入れない彼にしてみれば、此処まで良く持った方だろう。
巨人は、手にした巨大な包丁のような刃物を、躊躇うことなくグールに振り下ろしていく。一振りする度、数匹のグールが粉微塵に吹き飛び、もう一振りすると、イナリとハロに襲いかかっていたグール達が跡形もなく、肉片となって吹き飛んだ。
「イナリ!」
典晶は這うようにしてイナリに向かった。怒りの表情を浮かべた巨人が典晶を見下ろすが、典晶は構わなかった。不思議な事だが、典晶はこの巨人を恐ろしいと思わなかった。それは、八意や素戔嗚、月読と会ったときと同じような感覚だった。
「典晶……無事か……」
イナリはボロボロだった。首や腕、足などは服を食い破られ、白い肌にいくつもの噛み後がある。幸い、大きな怪我はしていないようだ。典晶は安堵の溜息をつくと、イナリの手を握りしめた。
安堵の余り、涙がこぼれ落ちた。握りしめたイナリの手に、熱い滴が落ちる。
典晶殿……、仙狐を連れ、下がられい!
雷鳴の様な声が降ってきた。
巨人は、典晶とイナリを悠々と跨ぐと、手にした刃物を振るい、転がったままピクリとも動かないハロを無慈悲に弾き飛ばした。彼女は『ギャン』と、言いながら、数メートル弾き飛ばされた。
「いっっっったいわね~~~! ハハビ! いきなり殴ることないでしょうが!」
バネ仕掛けの人形のように飛び起きたハロは、殴られたであろう、頭を押さえてハハビと呼ばれた巨人を睨み付けた。
「何の役にも立たぬ、お主が悪いのであろう……」
ハハビは、もう一度手にした刃物を振るうと、ハハビの巨体を前に怖じ気づくグールの一団を粉砕した。
「こうして、ピチピチの体を投げ打って、時間を稼いだじゃない! あ~、なんかべとべとするし、噛まれた所が臭い!」
ハロは困ったような表情を浮かべると、何事もなかったかのように起き上がった。イナリもそうだったが、グールの噛む力は見た目以上に弱いのだろうか、それとも、イナリ達が頑丈なだけなのだろうか。恐らく、後者だろう。典晶達が襲われたら、きっと一溜まりもなかったに違いない。
「で? 那由多は?」
ハロは問いかけながら、ハハビの横に並ぶ。
「主なら……」
ハハビが言いかけたとき、教室の空気が変質した。
リーーーン
鈴の音だった。透き通った音色は、空間を揺らし、典晶の心までも揺らしたようだった。
同時に、その音色を聞いたグール達は、周囲を見渡し、体を小さくしてその場に蹲ってしまった。
「なんだ……?」
凶霊が呻く。凶霊も感じているのだ、この音色の先にいる存在のことを。
リーーーン
もう一度、鈴の音が鳴ったとき、ハハビの破壊した壁から一人の青年が出てきた。
「那由多さん!」
那由多だった。ヴァレフォールを従えた彼は、教室に入ると、ハハビに一つ頷いた。
「トレーニング中、無理を言って呼び出して済まなかったな。戻って良いぞ」
「了解した、主。では、私は再びトレーニングに戻る」
ハハビは那由多に礼をすると、フッと煙が消えるようにその場から姿を消した。
「さて、遅れて済まなかったね、典晶君。で、こいつがその凶霊か?」
那由多は凶霊を見ると、嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
「へぇ、凶霊にしちゃ、なかなか強いな……」
「そーなのよ! 那由多! こいつ、瘴気を使って私たちの力を削ぐし、この空間だって乗っ取られちゃうし!」
ハロは凶霊を指さして非難するが、那由多は凍えるほど冷たい眼差しでハロを一瞥し、再び凶霊に視線を戻した。
「この空間を乗っ取ったのは、俺だ。綻びがいろんな所にあったから、ついでにそれも直した。瘴気に当てられて力を削がれるなんて、子供のイナリちゃんはまだしも、成長しきったお前が言う台詞じゃないだろう。単純に、練が足りないんだよ、練が」
「練って……、練習とか訓練って、嫌いなんだもん!」
「だから、余計な事をしないでジッとしてろと言ったんだ。ところで、典晶君、凶霊の後ろに寝ているのが、美穂子さん?」
「はい……」
「那由多、まず、美穂子の安全を……!」
苦痛に顔を歪めたイナリは上体を起こそうとしたが、すぐに力が抜けて崩れ落ちた。典晶は、慌ててイナリを抱きしめる。
「任せといて。まずは、美穂子さんだね」
「何者だか知らないが……! 私は、全てを破壊する! コロス! コロス! 滅殺する!」
「そりゃ、無理な相談だ」
凶霊が、真っ赤に染まった理亜の瞳から鮮血が流れた。不自然なほど首をねじ曲げ、凶霊は背後に横たわる美穂子を見た。凶霊は跳躍し、美穂子に馬乗りになろうとした。凶霊は、美穂子を人質に取ろうというのだ。
視界から那由多が消えた。次の瞬間、風と共に那由多が典晶の真横に現れた。
「はい、美穂子ちゃんを連れてきたよ。かなり瘴気に当てられているみたいだけど、うん、まだ大丈夫だよ」
典晶はそう言うと、優しく美穂子を床に横たえ、乱れた服を整えた。いつの間にか、彼の服装は、学生服から鳶色の旅装の出で立ちになっていた。
「お前……!」
凶霊から凄まじい邪気が放たれた。しかし、那由多は動じない。
「まずは、世界を直す。来い! 八意思兼良命!」
典晶が力ある言葉を叫ぶ。すると、那由多の真横に光が弾け、無数の水滴を雨の様にまき散らしながら、八意が出現した。
「……………」
典晶は絶句した。胸にいるイナリも、「なんじゃ?」と、呆れたように呟いた。
典晶の目の間には、無防備すぎる八意がいた。髪の毛を乾かしているのだろう。鼻歌を歌いながら、バスタオルを被るようにして髪を拭いている。
「………あ………」
典晶は八意の胸、下腹部に視線を走らせた。手の届く距離にある、全裸の八意。胸はほんの少し膨らんでおり、下腹部は生まれたままのツルツルだった。
「………ん?」
周囲の変化を感じたのだろう。八意は僅かに顔を上げ、バスタオルの隙間から周囲を見渡した。当然、典晶と目が合う。
「……な……な……なんじゃーーーー!」
八意は叫び声を上げると、頭からバスタオルを取り、後ろを向いてバスタオルを巻いた。小さく可愛いお尻が一瞬だけ見えたが、すぐにバスタオルで隠れてしまった。
「な、な、なんじゃなんじゃ! 何処じゃ此処は!」
動転する八意に、那由多は冷静に告げる。
「ああ、俺が召喚した。ここは、天野安川高校の異空間だ」
「貴様……! 那由多! お主、呼び出すときは、あれほど事前に連絡をしろと言っただろう! 儂のようなレディは、準備に時間が掛かるのだ!」
「だからって、こんな時間にお風呂はないでしょう?」
ハロが呆れたように言うが、八意はキッと反論する。
「儂は、明るい時分からお風呂に入り、じっくりと夕方のアニメを見るのがスキなのじゃ!」