テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#不倫
#離婚
刑務所の面会室
「……母さん、来てくれたのか。よかった……」
透が涙を浮かべて顔を上げたが、そこにいたのは、彼を憐れむ母親の姿ではなかった。
父の会社の顧問弁護士と、憔悴しきった表情の母親。
そして、二人の間に置かれた一通の書類。
「透……私、もうあんたの母親をやめることにしたわ」
「え……?何言ってるんだよ、母さん。俺がここを出たら、また二人で……」
「無理よ。あんたが作った借金、そして私の家を担保にしてたせいで、私はすべてを失った」
「それに今、私は美咲さんの実家が運営している支援施設に身を寄せているの。……美咲さんは、私に生活の場を与えてくれた。あんたが壊した人生を、あの子が拾ってくれたのよ」
透さんは絶句し、目を見開いた。
自分が「無能」と見下し、「家政婦」と呼んだ女が、自分の母親の命を繋いでいる。
その事実は、透さんの歪んだプライドをこれ以上ないほどに踏みにじった。
「佐藤さん、本日伺ったのは、お母様との親族関係を事実上断絶する手続き、および、お母様からあなたへの『扶養義務の放棄』に関する最終確認のためです」
弁護士が淡々と告げる。
それは、出所後に透さんが母親に泣きつき、寄生する道を完全に断つことを意味していた。
「……待てよ!じゃあ、俺はここを出た後、どこに行けばいいんだ?住む場所も、家族も、金も……何もないじゃないか!」
「それはご自身で考えられるべきことです。あなたが美咲さんに強いた『月5万生活』、あるいはそれ以下の生活が、これからのあなたの現実です」
弁護士はそう言い残し、立ち上がった。
母親は一度も振り返ることなく、弁護士と共に部屋を出て行った。
「母さん!母さんッ!! 待ってくれ! 俺を見捨てないでくれ!」
透さんがアクリル板を叩き、叫び声を上げる。
しかし、重厚な鉄扉が閉まり、静寂が訪れるだけだった。
独房に戻された透さんは、冷たい床に膝をついた。
これまでの人生、彼は常に誰かの上に立ち、誰かを利用することで自分の価値を証明してきた。
だが、今、彼の手元には何もない。
高級時計の代わりに、手首には作業の汚れが染み付いている。
高級外車の代わりに、歩けるのは数歩の独房の中だけ。
そして、愛する妻や家族の代わりに、壁の向こうから聞こえるのは、他の受刑者の罵声だけ。
「……あああ……。美咲……美咲……!」
その名前を呼ぶ声は、もう怒りではなく、惨めな哀願に変わっていた。
────────────────
────────────
私はその頃
新しくオープンした女性専用マンションの屋上庭園にいた。
「美咲さん、次回の運営会議の資料です」
スタッフから渡された資料には、かつて私が苦しんだような女性たちが
次々と自立していく記録が記されていた。
私は、透さんが決して手に入れることのできなかった
「本当の信頼」に囲まれて生きている。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!