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混沌とした食卓の中で、どう行動するべきかずっと悩んでいたサンクエット王子が、意を決して母親に話しかけた。
「ええっと……母上、こんな時はどうやってニオ嬢に話しかければよろしいですか?」
「今それどころじゃないでしょ!?」
母親も混乱中なので、まともな返事が貰えなかった。
実はニオに話しかけるタイミングを、ずっと伺っていた王子。その視線は焦りと混乱の中で泳ぎまくっている。
「アリエッタ嬢が可愛すぎて、自分の本心が分からなくなりそうで……」
(なんで早くもそれで悩むの、心底どうでもいいわ!)
サンクエット王妃もアリエッタの可愛さにやられてしまったが、その後の情報過多によって混乱に上書きされているのだ。他の王族達も似たようなものである。
一方で、冷静なピアーニャとネフテリアが、鋭い視線でにらみ合った。
(なんでこっちでも魔王女なんて言われなきゃいけないのよ)
(アリエッタはどうしてキノコばっかりなんだ。イエもキノコだったじゃないか)
視線だけで会話しているようで全然かみ合ってない心の声を発し、それぞれアリエッタとニオに視線を移した。アリエッタがニオを掴んでいるので、視線の向かう先は一致している。
(魔王の伝説は結構凄惨なものだから、ニオくらいの子にはまだ教えられてない筈だけど、なんで知ってるのかしらね?)
ネフテリアが考える仕草をし、ニオから飛び出した『魔王』という言葉について考える。頭の上の花は、何故か左右にゆらゆらと動いている。
そんな王女をキッと睨み、その視線で意思を伝えようとするピアーニャ。
(キノコもきになるが、オマエそのハナにはやくきづけよ)
(やっぱりピアーニャもそう思う? わたくしの知ってる『魔王』もギアンだけなんだけど)
このまま2人は、通じていない事に気づくことなく、視線での会話を進めていく。
(あのエをかいたヌノでつつまれたブローチみたいなのが、アヤシイとおもう)
(可能性としては魔王ギアンの血族かしらね)
(だよな。またヘンなドウグがふえた……)
(うん。そこが分からないのよ。なんでアリエッタちゃんやシスまで?)
こうして、視線のやり取りには違和感が全く無いのに、意思だけが完全に伝わっていない以心伝心が繰り広げられていった。
アリエッタは後悔していた。
(うぅ、びっくりした。まさか全身キノコになるなんて……)
ニオの絶叫には驚いてちょっと泣きそうになったが、涙目のニオを目の前にしていたら涙は引っ込んだようで、今はなんとか冷静に対処しようと頑張っている。
可愛いかなと思い、バッジを使ってキノコの姿に変えてみたのだが、本人だけでなく周囲の反応もいまいち。
(ってゆーか、咄嗟に出た案がキノコって、僕は何を考えてるんだ……)
冷静になって色々おかしい思考に気づき、再度ニオがつけているバッジに手を伸ばした。
ニオはアリエッタへの恐怖で固まって、涙目になりながら震えているので、完全に無抵抗である。
(せっかく作ったんだし、正しく使いこなさないと意味ないよね)
このバッジは、木片を削って整え、服に合うように可愛く彩色した物。想像したのは『変身アイテム』で、アリエッタが手を触れて念じれば、装着者をある程度思った通りの姿に出来るのだ。
ちなみにミューゼに名前を聞かれた時に『メタモルバッジ』と答え、実際に今のノシュワールの耳と尻尾がついた姿に変身してみたら、家のリビングに鼻血の池が出来てしまったという経緯がある。
(本当は可愛いキノコをちょこんと飾りたかっただけなのになぁ)
可愛いキノコとはなんぞやという疑問は、思考が幼い方向へと成長しつづけるアリエッタには浮かばない。
完全に思った通りに変身出来ない理由は、アリエッタの『常識』の問題である。空想が元になっている効果は、どうしても中途半端になりがちなのだ。
(まぁ今はそんな事よりも)
改めて怯えているニオを見つめるアリエッタ。
理由は分からないが、今の自分と同じくらいの子が、目の前で何かを恐れて泣いている。ミューゼの為にも良い子でいたいアリエッタが、こんな可哀想な子を放っておける筈がないのだ。
ぎゅっ
まさか自分が恐怖の理由だとは考えが及ばないアリエッタが、ニオを抱きしめた。抱きしめてしまった。
サンクエット王子が羨ましそうに見つめる中、ニオの体から力が抜けた。
カクン
「わ」(おっと、安心したら力が抜けたのかな?)
慌ててニオを抱き止め、その場で座って頭を撫でてあげる。その姿は慈愛に満ちていて、王族達からは優しく見守られているが、ネフテリアとピアーニャとオスルェンシスは困惑しながら見つめていた。
「シス。それと一緒にこの2人も運んでくれない?」
「御意に」
放置は出来ないので、ミューゼとパフィをぶら下げたオスルェンシスが少女達を回収し、ミューゼの家へと戻っていった。
すっかり静かになった食卓で、フレアは手を叩いて口を開いた。
「ここでは何も無かった、良いですね?」
『無理ですが!?』
無かった事にしようという案は、その場の全員によって即却下された。
却下案の代表者として、ネフテリアがフレアの前に立つ。
「まぁまぁ。色々と聞きたい事があるであろう事は存じております。ですが今はエルトフェリアにいるのですよ。交流を大事になさいませんと」
「それどころじゃないんだと思いますよ、お母様」
「……貴女が真っ当な事を言うなんて、一体どうしたの?」
「仕事中だからですけど!? わたくしの評価低すぎません!?」
『ぶっふ』
ネフテリアの抗議に、王妃達と宰相と執事が吹き出し、部屋から連れ出された。混沌とした中で全員が笑ってはいけない事を思い出していた。
「こんな事になって、まだ続けるんです?」
「ええっと……」
ユオーラ王女とミデア王女が困惑した顔で話し合ったが、フレアはニッコリと笑った。そして視線で王妃達と語り合う。
(これも貴方達の成長の為。わたくし達は敢えてこの身を汚してみせましょう)
(そんな、フレア様……これ以上はお尻がもちませんわ)
(王の成長は国の為にもなる。そうでしょう?)
視線で会話を進める王妃達。宰相、執事、メイド長はその視線の意味を理解して緊張しているが、子供達にはまだ黙って睨み合っているようにしか見えていない。
(いえ、その、他国の手を煩わせるわけには……)
(遠慮なさらず。同じ親として喜んで手助けさせていただきます)
(本当に喜んでやってませんか!?)
(あら、そのような事は。ホホホ)
これが王妃の隠れた技能なのだろうか。ピアーニャとネフテリアのようなほぼ身内同然の関係よりも、完璧に以心伝心が出来ている。
それを察したネフテリアが、自分達も視線で会話出来る事をアピールしたくなり、ピアーニャを見た。
(ピアーニャ。わたくし達の絆も負けてられないわ)
(ああ、ロンデルつかってニオとマオウのカンケイをしらべてかまわん)
(そんな心配してるの? わたくしが生まれた時から一緒なんだから、もっと自信もちなさいよ)
(モチロンだ。ゼッちゃんにもきいてみる)
こっちは絶望的なまでに通じ合っていない。本当に付き合い歴がネフテリアの年齢と同じなのかと疑いたくなる程である。
(それじゃあやるわよ)
(じゃあわちは、いったんかえるぞ)
通じ合っていると信じたまま、ネフテリアは立ち上がった。一緒にピアーニャも立ち上がった。
「コホン。それでは皆様。今は食事どころではないと思いますので、一旦ピアーニャとお母様にフラウリージェに案内させます」
「え゛っ!?」
「……それもそうねって、先生? そんなに驚く所でした?」
ニオの事を任されたと思っていたピアーニャの驚く様は、尋常ではなかった。
(ちょっとまて、あのシセンはニオのソウダンではなかったのか!?)
とうとう思惑がすれ違っている事に気が付いたピアーニャは、顔を真っ赤にしながら固まってしまった。
「えっと、ピアーニャ?」
「ひぅっ!」
そのまま慌ててフレアの後ろに隠れてしまう。
『はうぁっ』
その姿を見て、王妃達とネフテリアが胸を押さえてしまった。
小さい子の恥ずかしがる姿は大人達の心に刺さるモノがあるのに加え、フレアとネフテリアは普段とのギャップにやられたのだ。
「さぁさピアーニャちゃん♪ 一緒に服を選びにいきましょうねー」
「ひえっ! おいこらもちあげるなーっ」
すっかりピアーニャに堕ちたフレアが、蕩けたような顔でピアーニャを抱っこし、来賓達を伴って部屋を出ていった。
「ピアーニャ貴女、何を考えていたの?」
1人残ったネフテリアは、ピアーニャと全然通じ合っていなかった事にショックを受け、しばらくこの場で黄昏れてから、クリムとナーサの所に相談に向かうのだった。