Side 桃
眠った北斗を気遣ってか、4人は黙ってスマホやアンケートの作業に徹している。
俺もイヤホンをつけて音楽を聴くことにした。
天気に合わせて、「雨」にするか。
目をつぶってみんなの歌声を聴いてると、誰かに右肩をたたかれた。
「ん?」
「静かにして。お前の美声のボリュームはちょっとデカい」と高地が言ってきた。いつの間にか口ずさんでいたようだ。
「わかった」
と、ソファーで寝ていた北斗が身体を起こした。
「あ…ごめん、起こしちゃった?」
ううん、と目をこする。
「起きたら京本の歌が聴こえてきたから…」
「まだ寝てていいよ。時間あるし」
「いや、続き歌って。俺、京本の声聞いたらすっきりするから」
え、と口から漏れた。
視界の隅で、向かいの樹がニヤついているのが見えた。
「…おう。……どこまで歌ったか忘れたから、最初からにするわ」
メンバー全員揃ってるのに、なぜか俺だけのソロで歌う。
でも北斗は穏やかな表情だし、みんなも聞き入ってる。
最後のロングトーンのビブラートを終えると、北斗は微笑んでいた。
「ありがとう。ちょっと楽になった」
「なら良かった」
俺は満足してうなずいた。
「我ながらっていうのも変かな。メンバーながらいい声だ」
そう言う樹はまだニヤニヤしている。
「うん。ヒーリング効果あるね」
慎太郎も続く。
みんなして急に褒めてきたから少し困惑しながらも、照れ笑いをこぼす。
すると時計を見上げたジェシーが声を上げた。
「あ、時間じゃん!」
うわあ、やべ、などと言いながら立ち上がる。いつも話していたらこうなるから、実際みんなそんなに焦ってない。
俺は北斗のもとに近づいた。
「無理だったら無理って言ってよ。フラッシュとかきついかもしんないし」
うん、とうなずいた。「わかってる」
それから撮影中も北斗のことを気にしてたけど、特に変わった様子はなかった。
でも、心なしかだんだん表情が固くなっていってる気がする。
撮影が終わると、自然と5人は北斗のところに集まった。
「大丈夫?」
北斗はうなずくけど、メンバーは憮然とした顔だ。
「絶対大丈夫じゃないパターンじゃん。ほら、とりあえず水飲んで座っとけ」
有無を言わせぬ勢いで樹が言い、ペットボトルを差し出す。
すると、高地が俺の肩をたたいて目配せしてきた。そして立ち去る。
たぶん、延期をお願いしに行ったんだろうなと思う。そうやってすぐに動いてくれる最年長はすごく助かってる。
戻ってくると、「北斗、帰ろう」と言った。
案の定北斗は驚いて、「いや、いける。大丈夫」と虚勢を張る。
「ダメだって。今日は休もう」
そう慎太郎もいさめる。
さっきの俺の歌の効果も、もう薄れてきたみたい。
「これから雨も強くなってくるらしいし、ちゃんと家で寝たほうがいい」
ジェシーが珍しく強い口調で言って、やっと北斗は渋々受け入れた。
私服に着替え、6人で楽屋を出る。
「ほんとごめん…。次はしっかりやる」
だから、と高地が語勢を強める。
「そういう考え方じゃなくて。もう何も考えるな」
俺は、以前に音楽番組を北斗が欠席したときのグループラインでのやりとりを思い出した。あのときも、敬語で申し訳ないといった旨の文章が送られてきたのだ。
でもそんなふうに辛いときでも気遣いができるのも、俺にはない北斗の良いところだ。
出入口に着くと、雨は上がっていた。まだ曇りだから、一時なのかもしれない。
「じゃ、家でしっかり休めよ」
慎太郎が北斗の肩をたたく。
みんなも解散しようとしたところで、
「あっ!」
俺が上げた声で、5人が振り返った。
「見てあれ、虹!」
またシンクロしてみんなが指差すほうを見る。
「うわ!」「ほんとだ」「綺麗」とそれぞれ反応する。
息を吸うと、雨の匂いが身体を通り抜けた。
「良かったな、北斗」
俺は北斗に笑いかける。どぎまぎしながらも、微笑んでうなずいた。
「雨、俺は嫌いじゃないよ」
「……俺も」
終わり
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!