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次の日、何故か早い時間に井上さんから電話があった。「今すぐ横浜駅まで出てこい」って言われてすぐに切られた。
俺は仕方なく重い身体を引き摺って横浜駅まで出て行く。改札を抜けてどこで待ち合わせだったか聞いてなかったのを思い出して井上さんに電話した。どうやら高島屋前の喫煙所にいるらしい。
鶏小屋から俺を見つけるとすぐに出て来た。若者組三人も一緒だった。
「スーツ買いに行くぞ」そう言って歩き出した。どうやらビブレの近くに紳士服の専門店があるらしい。
「コイツらのモンも買わねえとならねえだろ?」井上さんは親指で三人を指した。確かに。俺だけじゃなかったか。
「だから親父からカネ預かってきてっから。テメエの分と一緒にな」
「いや、そんな、俺は」
そう言った俺を井上さんは横目で睨んだ。
「黙ってありがたく受け取っておけ。そんな顔色して。どうせ電話しなかったら家から出なかっただろうが」
そんなに酷い顔色だろうか。そういえば鏡も見てないことを思い出す。
「すいません」俺は井上さんに頭を下げた。
「──慣れてねえんだ、仕方ねえ」そう呟くように言ってさっさと歩き出してしまった。
井上さんはこんなふうな思いを何度もしてきたってことだろうか? 井上さんは何も言わなかったけれど、丸まった背中はそれを雄弁に語っているように見えた。
夜になると春日さんから電話があった。石川の葬儀の日取りが決まったらしい。
『明日が通夜、明後日が告別式だから』
「ずいぶん急ですね」
『それ以降だと友引に引っかかるんだ。親父はそういうの気にするからな。それから──』
春日さんは言葉を切った。
『喪主は親父。テメエはその隣に立ってろ。他のことは俺らがやる。あと〈鳴門組〉から助っ人が何人か来るから』
「〈鳴門組〉っすか」
『まあ。これから一緒になるわけだし……手伝いに来るって言われたら無碍にはできねえだろ。だから木崎は親父のそばにいて親父の指示を聞いてくれ』
俺は返事をして電話を切った。きっと井上さんが何か言ってくれたんだろうなと思った。「アイツは役に立ちませんよ」とか。だろうな。今の俺がまともに仕事が出来るとは思えない。
悲しいは悲しい。けどどうしても納得できないんだ。石川の死をうやむやのまま終わらせるなんて俺には出来ない。黙ってこのままやり過ごすのが一番いいって頭では分かってる。今までだってそうしてきた。けど、心が納得しないんだ。俺は受け入れられない思いを抱えて混乱していた。