第四章:愛じゃなくても、溺れてる
「……お前さ、本当は最初から俺を狙ってたんだろ」
ある晩、何の前触れもなく、九条先輩がそう言った。
いつもの優しげな手つきじゃない。
乱暴に俺の腕を掴んで、壁に押しつける。
その瞳は、完全に獣のそれだった。
「は? なに言って――」
「演技、だろ。優等生ぶって、俺に甘えて、距離詰めて…“ハマってく様”まで、計算してたんだろ?」
ドン、と壁が鳴る。
心臓が跳ねた。
…ああ、バレた。
ここまでかって思った。
「……じゃあ、なんで黙ってたんですか?」
俺の声が震える。
でも、それは恐怖じゃなかった。
なんか、やっと“対等”になれた気がして――嬉しかった。
「気づいてたなら、俺のこと突き放せばよかったじゃん」
「できるわけ、ねえだろ…」
絞り出すような声。
その瞬間、先輩の指先が、俺の頬をなぞる。
優しさと執着が入り混じった、狂った温度。
「俺がどんだけ、毎晩お前の夢見てたと思ってんだよ」
「お前が他の誰かと笑うだけで、息が詰まんだよ」
「それでも――好きなんだよ。ずっと、お前しか見えねえんだよ」
限界だった。
この人は俺に狂ってて、俺もその狂気に甘えてた。
どっちも救いようのない偽物で、
どっちも本物だった。
気づいたら俺は、自分から先輩に抱きついていた。
「俺も…もう引き返せないとこまで来てるから、安心して」
そう呟いた俺に、先輩は静かに笑って、こう言った。
「なら、一緒に堕ちようぜ」
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