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最高司令官。
元イギリス軍。
その肩書きと、“父の名前”が重なる。
ゼニス・フラッシュハート。
なぜ、こんなところに。
父の名前がある──
Aの背中に、嫌な汗がにじむ。
もう少し情報を深堀したいところだが、今は手が止められない。第二層の優先権を書き換える。ストラトスを止めなければならない。
それが最優先だ──だけど、思考の奥で、父の名が消えない。
“最高司令官の直接命令に限る”。
それって……。
まさか……。
まさか、これ……。
──使ってたんじゃないだろうな。
Aの指が、無意識にスクロールする。
発動履歴。
《Activation History》
空欄であってほしい。
誤解であってほしい。
父がそんなことをするはずがない。
そう思いたい。
だが。
表示されたのは──
Aの呼吸が止まる。
─────
・Authorization: Zenith Flashheart
Mode: Civil IFF Override
Status: Executed
・Authorization: Zenith Flashheart
Mode: Civil IFF Override
Status: Executed
・Authorization: Zenith Flashheart
Mode: Civil IFF Override
Status: Executed
─────
──使っている。
父の名で、三度も。
民間識別信号を使いながら、軍用制御を維持するモードが。戦域で、実際に、起動していた。
「──……」
民間機として登録し、民間識別信号を出しながら、中身は軍用のまま。防空網を抜け、戦域を飛び、作戦に参加していた──?
それは偽装だ。
民間機保護の原則を逆手に取る行為──
仮に操縦していたのが父ではなく、部下だったとしても、それを有効化する権限を保持し、最終的に承認した父の責任になる。
命令系統の頂点は、ゼニス・フラッシュハート。
父だ──
──すべて、父の責任。
「ッ……」
ストラトスを止めたところで終わりじゃない。
機体が回収されれば、必ず内部構造は解析されるだろう。
IFFと第二層の連動。
旧作戦モード。
発動履歴。
事実が洗い出されるのは時間の問題だ。
民間登録のまま軍用構造を維持していた事が露見すれば。
外交問題どころじゃない。
戦争法違反──
やばい。
こんなのがバレたら。
父は。
自分は──……。
──そこで、Aははっとする。
待て。
父だけじゃない……!
“生き残った”自分も、必ず洗われる。
最高司令官の息子。
フラッシュハートの血。
そして、コイルは言っていた。
──この事件が終わったら僕の全て話す、と。
何の話かと思ったが、まさかこのことをバラすつもりか?
やばい……。
僕がワイミーズハウス出身であることなんてすぐにバレる。それどころか、今、Lのそばにいることも──
そう、そうだ。
Lだ──
L。
やばいじゃないか。
もし──戦争犯罪の疑いがある最高司令官の息子が、いま“Lの名を背負っている”と知られたら?
世界はLをどう見る。
軍の血を引く者──戦時偽装した者の息子。
“国家の闇”と繋がっている人間、そう見られる。
Lの信用は。
Lの正義は。
間違いなく終わる。
僕が──
僕がLの隣にいることで。
Lを殺してしまう──
い、いや。
違う……!
そんなこと考えてる場合じゃない……!
今はストラトスだ。
第二層を押さえる。衝突コースを逸らす。それが最優先だろう。
指を動かせ、思考を止めるな。
けれど……。
この機体が止まったとして、使用履歴は消えない。
旧作戦モード。
発動履歴。
最高司令官承認。
全部、残っている。
改ざんすれば──それこそ犯罪だ。
戦争犯罪者の血を引く僕に──直接の非はなくても、今、Lを背負っている時点で世界は容赦しない。確実にこの使用履歴はバレるだろう。
だからといって、ストラトスを止めなければ──物理的に人が死ぬ。
子供たちが、“Lの責任”で──
止めても、社会的にLが死に、撃墜させてもLが死ぬ。
どっちだ。
どっちを選ぶ?
“僕のせい”で死ぬのか。
“Lのせい”で死ぬか。
選ぶも何もない──!
飛行機を止める、それ以外の選択肢があるものか!
答えは決まってる、そうだろう。
あの飛行機を止めるのが最優先だ!
命が乗っている。
いま落ちようとしている。
世界の評価より先に、守るものがある。
そうだ。
それが最優先だ。
“それで──いいんだ”。
すると、隣から声。
「A」
Lだ。
「状況はどうですか?」
Aは画面から目を離さない。
「……まだ、苦戦してる」
それだけを言う。
本当は違う。
苦戦どころじゃない。
思考がぐちゃぐちゃだ。
だが、言わない、言いたくない。
今は止めることだけ考えればいい──
そのとき、端末の端で回線ランプが点滅した。
「……?」
ワタリが振り向く。
「CAAからです」
Lが即座に回線を開く。
〈CAAオペレーションセンターです!〉
声が、先ほどより慌ただしい。
〈軍用復帰申請について──状況が変わりました〉
「どういう意味ですか」
Aの指が止まる。
〈国防大臣の到着を待たず、元最高司令官が直接、本庁へ出向きました〉
空気が、止まる。
〈当該機体の凍結プロファイルを、自らの生体認証で解放。軍用モードへの再切替が承認されました〉
Aの心臓が、強く打つ。
元最高司令官──?
父か?
父さんが自ら、出向いたっていうのか?
戦後、表舞台から退いたはずだ。公の場に姿を現すことなど、なかったのに。
〈現在、軍用層への切替シーケンスに入っています。制御優先テーブル再構築まで、約五秒〉
五秒。
Aは画面を見つめたまま、動けない。
父が、ここに介入している。
なぜ?
どうして?
いつから?
「……そんな」
困惑と、恐怖と、理解できない感情が混ざる。
Lの視線が、Aへ向く。
「A。準備を」
五秒。
軍用モードに変わる。
第一層と第二層が、再構築される。
その瞬間が来る。
だが、Aの頭には別の疑問が渦巻いていた。
──父さんが、動いた?
それは救いなのか。
それとも、もっと深い罠なのか。
〈軍用モード切替──開始〉
画面の表示が一斉に書き換わる。
【Mode: MILITARY】
【Priority Table: Rebuilding】
カウントダウン。
Aは深く息を吸う。
3。
2。
1。
【Rebuild Complete】
「ッ──!」
Aの指が走る。
第一層、割り込み。
第二層、優先テーブル再上書き。
外部セッション排除。
【Override Accepted】
【Control Channel: Internal】
「取った……!」
一瞬だけ、確かな手応え。
第一層も、第二層も、応答している。
姿勢制御値、変更可能。
やったのだ──!
だが──その直後。
画面が、赤に染まった。
《ALERT》
《AUTONOMOUS STRIKE PROTOCOL: ACTIVE》
Aの背筋が凍る。
「……なに?」
ログが流れた。
──自律突入を実行。
姿勢制御、推力配分、降下角度、衝突誤差補正。
すべてが“目標座標固定”へ再書き込みされていく。
「まさか──!」
それは、敵陣への突入を前提とした自爆モード。いわゆる“最終任務プロトコル”。
操縦者がいなくても。
通信が途絶えても。
制御を奪われても。
指定された座標へ、確実に落とすための──
──戦争時に設計された、最後のシステムだった。
しかも。
優先順位テーブルの最上位に、固定。
書き換え不可。
割り込み拒否。
何も手が出ない。
Aの喉が鳴る。
「……なんで……どうして……」
隣で、Lが小さく息を吐いた。
「罠に嵌まりましたね」
Aは振り向く。
「えっ!?──罠!? どういうことだよ」
Lの視線はモニターの赤を見つめたまま。
「エラルド=コイルは、“軍用復帰”を待っていた。第一層と第二層を奪還しただけでは、ワシントンD.Cへ“ピンポイント墜落”させることは難しい。誤差が出る。迎撃も間に合う。ですが、軍用モードに切り替われば話は別です」
軍用時のみ解放される演算補正。
軍用時のみ有効な戦域データリンク。
軍用時のみ起動する自律突入プロトコル。
Aの思考が、ゆっくりと繋がる。
「……じゃあ」
「我々が第一層、第二層を奪還することも、軍用へ切り替えることも」
一拍。
「──すべて、読まれていたということです」
その言葉が落ちた瞬間、Aの視界が、じわりと暗くなった。
足元が抜けるような感覚。
耳鳴り。
心拍だけが、やけに遠い。
読まれていた。
第一層を奪うことも。
第二層を奪うことも。
軍用へ戻すことも。
──最初から、誘導されていた。
だが。
それでも。
Aは椅子から立ち上がらない。
「……まだ」
第一層は応答している。
第二層も、完全固定ではない。
自律突入プロトコルが最上位でも、その下に“誤差層”はあるはずだ。
角度補正。
推力分配。
慣性制御。
ほんの数度。
ほんの数秒。
逸らせばいい。
Aはキーボードを叩く。
優先順位テーブル再解析。
競合割り込み再試行。
演算衝突注入。
下層制御フック。
「何かあるだろ……!」
ログを掘る。
バックアップを開く。
削除済み領域を復元する。
ありとあらゆることを実行する。
スクロール。
そのとき。
ふと、画面左上の機体情報欄に、違和感を覚えた。
《AIRFRAME DESIGNATION》
今まで表示されていたのは、STRATOS Mk-II。
だが、軍用復帰によって、下に小さく別名が浮かび上がっている。
《HALBERD OVERLORD》
──ハルバード・オーバーロード。
その文字を見た瞬間、Aは思わず口元に手を当てた。
喉の奥がひゅっと鳴る。
ハルバード・オーバーロードとは──かつて、戦争時にクリエラ共和国の兵士を乗せて飛んでいた軍用機の名前。
補給と戦術輸送を兼ねた、最前線投入機。
空を走る兵站そのもの。
月を巡る地上戦──“月極戦争”と呼ばれたあの時代。
あの機体は、兵士たちを最前線へと送り込んでいた。
しかし──その機体は、悪天候の中、海上で“墜落”した。
公式記録はそうだ。
悪天候。
通信断絶。
機体制御不能。
──不可抗力。
だが──嫌な予感がした。
目の前が、じわりと血の色に染まる感覚。
鼓動が速いのか遅いのか分からない。
耳鳴りがして、視界が狭まる。
Aは震える指で、軍用プロトコルの履歴へとカーソルを滑らせた。
《IFF Activation History》
開く。
時刻。
戦域。
識別コード切替。
そして。
《Authorization: Zenith Flashheart》
→ 《承認者:ゼニス・フラッシュハート》
息が止まる。
さらに下へ。
《Autonomous Impact Enable》
→ 《自律衝突機能:有効化》
承認欄。
《Approved By: Zenith Flashheart》
→ 《承認:ゼニス・フラッシュハート》
画面が、ぐらりと揺れた。
嘘だッ……嘘だッ!嘘だッ!
違う。
違う、待ってくれ!
事故だったはずだ!
天候だったはずだ!
操縦ミスだったはずだ!
だがログは淡々と事実を突きつけてくる。
IFF切替実行。
敵性判定更新。
自律墜落機能、承認。
──承認。
承認……承認……承認。
民間機を装いながら。
識別信号を切り替え。
外部からは救難対象に見せかけて。
内部は、軍用のまま。
自律衝突機能を有効にし、承認し、実行した。
兵士たちを乗せたまま。
それは戦術だったのか。
証拠隠滅か。
敵国への誤認誘導か。
それとも──より大きな戦略の一部か。
理由はどうあれ。
父さんの意思で、墜落した。
父さんの名前で。
父さんの責任で──
「ぅ……ッ」
Aの胃が強く縮む。
キーボードの上に、ぽたりと汗が落ちた。
「……う、」
喉がひくりと震える。
椅子を掴んで立ち上がろうとして、足がもつれた、次の瞬間。
胃の奥からこみ上げたものを、抑えきれなかった。
床に崩れ落ちる。
「うえッ……!」
吐瀉物が散る。
酸の匂いが鼻を刺す。
呼吸が乱れる。
父さんが。
事故じゃない。
違う。
父さんが殺した──
父さんが。
父さんが……。
視界が白くなる。
耳鳴り。
胸が締めつけられる。
息が、入らない。
「はっ……は……」
喉が震える。
空気を吸っているはずなのに、足りない。
「A!」
遠くでLの声。
「大丈夫ですか!」
ワタリがすぐさま肩を支える。
床に倒れ込むのを、引き上げられる。
だが呼吸が追いつかない。
はあ、はあ、はあ。
浅い。
速い。
肺が焼ける。
どうしよう。
あんなのが、もし。
あんな承認履歴が、外に出たら──
父の名が。
ワイミーズの名が。
僕が、ここにいる意味が。
Lの隣にいる意味が。
全部。
全部、闇に包まれる。
「……は……」
僕は。
犯罪者の息子だ。
戦争の承認者の息子だ。
そんな僕が、Lの隣に立っている。
そんな僕が、世界を裁く?
そんなの、許されるはずがない。
「……は……」
浅い呼吸のまま、Aはふらりと立ち上がった。
膝が震える。
視界の端がまだ暗い。
それでも、椅子に手をつき、モニターへ向き直る。
逃げない。
許されないなら──
許されないまま、やるしかない。
パネルを切り替える。
《Layer-1: Attitude Control》
《Layer-2: Flight Control Override》
赤い警告表示を無視して、優先順位テーブルを再表示。
最上位に固定された《AUTONOMOUS STRIKE PROTOCOL》。
その下層。
演算補助レイヤー。
慣性補正サブテーブル。
(……いける)
完全停止は無理だ。
だが。
降下角度の微調整。
ロール軸の遅延。
推力分配の片側偏重。
演算衝突を再注入。
《CONFLICT: ACTIVE》
《RECALCULATION TRIGGERED》
第一層が再演算に入った。
その隣で。
Lの声が低く響く。
「こちらLです。時間がありません」
回線の向こうは、アメリカ国防大臣。
「本機はまもなくワシントンD.C上空に到達します」
Lの声は、感情を削ぎ落としている。
「迎撃準備に入ってください」
Aの指が一瞬止まる。
迎撃。
撃墜。
「我々は制御奪還を試みていますが、成功は保証できません。都市中心部への直撃を避けるため、迎撃位置を郊外へ誘導します」
Aの胸が締めつけられる。
Lは、同時に両方をやっている。
止める努力と。
撃つ覚悟。
それなのに、僕は──
“止める覚悟がない”──
モニターに、新たな軌道ラインが表示される。
迎撃想定ライン。
ミサイル到達予測。
Aは歯を食いしばる。
第一層、掌握率──87%。
第二層、書き換え待機。
《Override Ready》
《Execute: ENTER》
あと、エンターキーひとつ。
たったそれだけで、軌道は確定的に逸れる。
迎撃は都市外縁へ。
ワシントン中心は避けられる。
だが──
エンターキーの上で、指が止まる。
もし。
もし、このまま迎撃されれば。
あの機体は、空中で粉々になるだろう。
ハルバード・オーバーロードの残骸。
自律突入プロトコル。
《承認:ゼニス・フラッシュハート》。
すべて、空の上で燃え尽きる。
証拠も。
履歴も。
父の名も。
闇のまま、終わる。
「………………」
だが。
機内には──なんの罪もないフランスの子供たち。
避難中だったはずの、ワイミーズの子供たち。
Aの喉がひくりと鳴る。
ハルバード・オーバーロードが公になれば。
歴史的事件になる。
そして──エラルド=コイルが、その証拠を握っている可能性が高い。
エラルド=コイルは、『A=L』であることも、もう掴んでいる。
もし、ハルバード・オーバーロードが公になれば、クリエラ沖事故の主犯格の名は、父。
その息子が──L。
世界最大の探偵が、“戦争時の自律墜落承認者の息子”。
そんな構図が暴かれたら、Lは確実に終わる。
「……」
Lが積み上げてきたもの。
事件。
信頼。
抑止力。
全部──
僕が、粉々にすることになる。
「どうしたら……」
声にならない。
国か。
子供か。
Lか。
父の罪を消すか。
Lの未来を消すか。
僕が消えるか──
胸が痛い。
息が浅い。
視界の端で、Lがこちらを見る。
その目は、何も責めない。
ただ、待っている。
Aは、ゆっくりと理解する。
これは、正解を選ぶ場面じゃない。
何かを救えば、誰かが死ぬ構図。
選択は、犠牲の形を決めるだけ。
迎撃カウント、残り12秒。
Aは、エンターキーの上で、指を添えたまま、Lを見る。
胸が、潰れそうになる。
僕は──
卑怯だ。
最低だ。
でも、“そう”するしかない。
他に道が、ない。
喉が震える。
指は、押せる。
押せるのに。
押せない。
視界が滲む。
ぽたり、とキーボードに雫が落ちる。
「……ごめん」
小さく、呟く。
「僕には……できないよ……」
肩が震える。
涙が止まらない。
「第一層も……第二層も……」
息が詰まる。
「書き換えられなかった……競合が、弾かれて……」
嘘だ──
本当はできた。
あとエンターひとつで、できた。
でも、僕は、押さなかった。
Lが、ほんのわずかに目を伏せる。
「……そうですか」
残念そうに。
「わかりました……ッ……撃墜に入ります」
回線の向こうで、アメリカ国防大臣の声。
〈迎撃コードを──〉
その瞬間、Aは立ち上がる。
椅子が倒れる。
「だめだ!!」
喉が裂けるような声。
「そんなの、絶対だめだ!!」
Lが、こちらを見る。
Aは涙に濡れた顔で叫ぶ。
「子供たちが乗ってるんだぞ!? なんの罪もない子供たちだ!」
震える声。
必死に──“正義の顔”を作る。
「都市を守るために、子供を撃ち落とすのか!? それがLのやることか!?」
偽善者。
自分で分かっている。
本当は。
証拠を消したいだけだ。
父の罪を、空の上で燃やしたかった。
Lの未来を、焼き払いたくなかった。
でも。
叫ぶ。
「他に方法があるはずだ!! まだ時間がある! 迎撃は待って!!」
迎撃カウント、残り8秒。
Lは、無言でAを見つめる。
その目は。
見抜いているのか。
それとも。
信じているのか。
分からない。
分からないまま。
時間だけが、減っていく──
「……………」
Lは、Aの言葉に何も返さなかった。
ただ、歯をぎゅっと噛み締め、震える拳を抑えていた。
──何も言えない。
『どうにもならない』
──その現実が、喉の奥から漏れ出しそうになっていた。
すると、Lのモニターが、突然切り替わる。
白地に黒い文字、表示されたのはたった2文字。
【E.C】
「……っ」
Lの目が見開かれる。
《 人がシヌ お前の名前で 人が死ぬ
自分の仲間すら撃つのか?
お前は無害な子供を殺せるか?
諦めろ 私の勝ちだ
敗北者の負け犬め
世界一の探偵は、私
落ちろ、L、地獄の果てに
チェックメイトだ》
次の瞬間、Lの手が机を『ガンッ!!』と叩いた。
大きな音が部屋に響く。
「……く……っ」
Lは髪を乱暴に掻きむしり、目の前のモニターを睨みつけた。
その声は、今にも千切れそうな焦りを帯びていた。
Lは、黙ったままモニターに指を伸ばす。NSAに繋げた。
「………………L?」
そして──
……こちら、Lです。現時点をもって──
──“ストラトスの撃墜を、許可します”
「──ッ、L……!!」
叫びながら、AはLに掴みかかる。
「何言ってんだよ!!Lッ!!」
〈──了解〉
NSAの返答は、それだけだった。
「……ッやめろ!!ダメだッ……撃つなッ!」
だが──
その奥で。
胸のさらに奥で。
黒く、冷たい何かが囁く。
──そうだ。
それでいい。
撃て──!
撃て──!
空の上で、燃え尽きろ。
証拠も。
履歴も。
父の名も。
全部、破片になって散れ。
ふと、子供たちの顔が、脳裏をよぎる。
それでも。
それでも。
「撃つなって言ってるだろ!!」
心は、逆のことを願っている。
最低だ。
僕は──最低だ。
正義の顔で、罪を隠そうとしている。
僕は卑怯だ──
Aは、Lのパソコンにすがりついた。
「何とかしろよ!!──L!!」
Aは叫びながら、Lの肩を掴み、激しく揺さぶった。
「……僕らを裏切るのか!? 殺すのか!? ねぇ……ッ、L!!」
違う。
違うだろ。
裏切っているのは。
殺そうとしているのは。
僕だ。
エンターキーは押せた。
押せたんだ。
軌道は変えられた。
子供たちは助けられた。
都市も、ぎりぎり逸らせた。
それなのに──
僕は押さなかった。
「君なら何とかできるんだろ!? ねぇ!?」
その目は涙に滲み、震えた声には怒りと恐怖が滲んでいた。
──ただ、どうしようもなく苦しくて、ぶつける場所がそこしかなかった。
「お願いだよ、L!殺さないで──!」
怖かった。
怖くて。怖くて。
僕は。
子供たちより──
国より──
正義より──
Lを選んだ。
自分を守ったんだ。
Lは顔を背けるようにしてAの腕を振り払う。
そして──
「……あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!!!」
両手で頭を掻きむしりながら、Lが吠えた。
怒りでも、痛みでもない。
自分自身を押さえきれなくなった、限界の咆哮。
AもLも、追い詰められていた。
目の前の飛行機には、自分たちの“家族”が乗っている。そしてLは、その機体を撃ち落とすように指示した。
Lは、自分の無力に歯噛みするように、震えながらモニターを睨み続けた。
──次の瞬間だった。
モニター上の戦術衛星画面に、鋭く光る軌跡が映る。
《ミサイル、発射》
Lが顔を上げた刹那、映像が明滅した。
モニターの映像が、強く明滅し、時間にして、わずか数秒──
ストラトスが燃え上がった。
映像が炎に包まれる。画面が赤く染まる。
機体の尾部から、火の粉が吹き出し、爆発が連鎖する。
モニターを“見てしまった”僕は強い吐き気と、恐怖にのまれ、その場で叫んだ。
「っ──ぁ、ぁああああああ!!!やめろぉおおおおおおおッッ!!!」
目の前が真っ暗になった。
落ちていく機体……無数の叫び……大勢の絶望を全身で浴びた。
──機体は墜落。
──空中で、粉々に砕けていく。
“子供たちが乗っていた”飛行機が──
世界の頂点で、燃え尽きた。
震える膝、崩れる足元。
「あ……あぁッ……ぁ……」
──僕はこの日を一生忘れない。
無数の命がLの名の下で焼かれた。
大勢の人が死に、地獄に堕ちた──
大量殺戮。
国家による正当化。
正義の名を借りた、選別の引き金。
「──僕らを裏切ったなッ!Lッ!!」
“Lになる”って、こういうことなんだ。
「お前が……僕らの仲間を、殺したんだ!!!」
誰かの犠牲も厭わない。
世界を守るためなら、手段を選ばない。
「あの飛行機に乗ってたのは、ワイミーズハウスの子供たちなんだぞ!? 僕たちの家族だ!!」
そのための手段に、善悪の区別はない。
命の価値を計り、国家を動かし、道徳の天秤を打ち砕いてでも──
「それを、お前は……自分の手で!!」
──己の正義を貫く。
それがL──
いや。
ゴッ!!と鈍い音。
Aの拳が、Lの頬を叩いた。
Lの頭が揺れる。瞬間、Lの瞳が鋭く光った。
「そう……私が落とした」
口元を拭いながら、LはAを睨み返した。
「それしか方法が無かった……あのままアメリカに墜落していたら、子供たちだけじゃない。首都も、政府中枢も──もっと多くの人間が死んでいた」
Lの声が、爆発するように響く。
「第一層をエラルド=コイルに取られた時点で制御は不能。他に方法があったなら教えてくれ、どうやって止めた!?どうしたら助けられた!?」
「──っ……!」
Aは唇を噛み、言葉を詰まらせた。
「制御は奪えなかった。あのとき、私たちは“撃つ”以外の選択肢が無かったのも事実……!」
Lは、肩で息をしていた。
その声には怒りと悔しさ、そして絶望がにじんでいた。
「責任は私が背負い、私が決断し、私の名で撃墜を承認した──」
低く、断ち切るように。
「何も選ばなかったお前が、私を非難するな」
次の瞬間、Lの足が振り抜かれた。
ガッ──!
Aの顔面に、Lの蹴りが炸裂する。身体ごと吹き飛ばされ、床に背中から倒れ込んだ。後頭部がコツンと床に当たり、Aの視界がぐらつく。
何が起きたのか、わからなかった。
目の前のLが、まるで別人のように遠く見える。
それでも──その時のLの顔は、怒っていたわけではなかった。
悲しみと、怒りと、正義と、絶望と……すべてを“もう抱えきれない”という顔。
僕と同じ──
僕と同じ顔をしてた──
──そうだ。
Lは正しかった。
Lが正義──
“それでいいんだ”。
いや、“それがいいんだ”。
「……ぅ、……ぅぅ……」
喉の奥で、嗚咽が引っかかる。
──“Lになる”ということ。
ワイミーズハウス出身の誰かが、その名を継ぐというのは、卓越した頭脳で推理をすることではない。
どれだけ残酷でも。
どれだけ非情でも。
最後に守るべきものは──
“Lの名”。
その信頼。
その象徴。
その重み。
たとえ己が汚れようと、世界から憎まれようと、誰かに石を投げられようと関係ない。
Lの名前を守る。
それが、後継者の最大の役割であり、責任。
Lの名を背負うとは──
己を捨て、全てを捧げること。
「は、……っ……ぁ……」
例え、子供たちを犠牲にしても。
「ぅ……ぅぅ……っ……」
例え、自分の“カゾク”を、自分の手で殺すことになっても。
「……ぅ……っ、……」
関係ない。迷わない。
「ぅ……っ、……ひ……っ」
それが、Lだ──
僕はあの時──
あの日──
──Lに負けた。