駆け乗った私の真後ろで、電車のドアが閉まった。
必死に走ったおかげで、なんとか乗ろうとしていた電車に滑り込めたけど、快速電車は満員で、私たちはドアのすぐ傍で動くこともままならない。
向いに立つレイが、私の後ろのドアに手をつくしかない状態だ。
(近い……)
うつむいているけど、電車が揺れれば触れてしまいそうな距離に、息が詰まる。
次ドアが開くのは15分後。
それまでこの体勢でいるなんて、気まずすぎだ。
石のように固まる私の耳に、しばらくしてレイの声が聞こえた。
『……それで、どうして俺に遊園地についてきてほしいの?』
その問いに思わず顔をあげてしまった。
だけど彼の顔がすぐそこで、私はあわてて視線を落とす。
(どうしよう……)
正直に話せば、バカにされるのは目に見えている。
だけど今日の目的は「ダブルデート」だ。
杏と佐藤くんに「私は平気」だと安心してもらわなきゃいけないのに、本当はレイと仲が悪いだなんて、絶対に知られちゃいけない。
私は迷った挙句、俯いたままわけを話し始めた。
だけど少し話したところで、レイに『ミオ』と言葉を遮られる。
『ミオ、それじゃ聞こえない』
たしかに、俯いてぼそぼそ話をされても聞き取りづらいだろう。
仕方なく顔をあげれば、その瞬間どこからか女の子の嬌声が聞こえた。
たぶんレイを見た女の子の声だ。
反射的に顔を伏せれば、レイは『ミオ』と少し強い口調で言う。
(もう、仕方ないじゃない……)
自分が目立つ外国人だってこと、ちょっとは自覚してよ。
いや、女をキスで黙らせようとするくらいだから、目立つ自覚はある気もする。
(どちらにせよ、本当タチが悪いんだから)
内心文句を言いつつも、協力してもらわないと困るのは私。
羞恥を堪えて、それから次の停車駅に着くまでの間、私はレイの喉あたりを見ながら話を続けた。
しばらくして車内にアナウンスが流れると、私はほっとして視線を動かした。
ドアが開き、乗客がどんどんホームへ降りていく。
立っているのが私たちだけになり、私はよろめくように近くのシートに腰を下ろした。
『つまり……。
ミオはこの間の男と、自分の親友との仲を取り持ちたいってこと?』
レイはとなりに座り、私を横目に見る。
そちらを見返さず頷いた時、あからさまなため息と、それを追って独り言のような声が聞こえた。
『……バカだな』
(やっぱり……)
言われるだろうと予測してたけど、本当に言われれば気が滅入ってくる。
それでも私は、言い返したいのを堪えて彼を見上げた。
『……だから、レイに協力してほしいの』
レイは私を見返しても、頷くことも首を横に振ることもしなかった。
返事のかわりにもう一度ため息をつき、ふいと窓の向こうに目を逸らす。
(わかってくれたのかな……)
不安だけど、そもそもレイは二重人格だ。
私以外の人には愛想がいいから、なんとかなる気もする。
それからしばらくお互い無言で過ごした。
だけどふと杏に「連れて行くのは男の子」だと言ったことを思い出す。
(「男の子」には……見えないよね……)
レイは「男の子」というより「男の人」だ。
「シェア・ビー」のゲスト情報では、たしか22歳。
私は彼のことを、アメリカ人だってことと、年齢以外はなにも知らない。
『……ねぇ。 レイってなにしてる人なの?
学生? それとも働いている人?』
私の問いに、レイは間を置いて『大学生』と答えた。
『え、大学生だったんだ! 今学校は?』
『休み』
『休み?』
『春学期が終わったから。 秋学期は9月から』
『ふーん……。 そうなんだ』
そう言ってみたものの、アメリカの大学のことはわからないから、正直ピンとこない。
けどきっと、今は夏休みなんだろうと自分なりに納得した時、遊園地のある駅に着いた。