テラーノベル
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途端に今まで忘れていた緊張が走る。
電車を降り、改札へ向かう足が遅くなった。
(どうしよう、どうしよう)
今更だけど、いろいろな不安が混じって押しつぶされそうになる。
それでも笑顔でいなきゃと自分に言い聞かせた時、改札の向こうに佐藤くんの姿が見えた。
そこに杏の姿はない。
無意識に足を止めれば、レイが『あいつ?』と尋ねた。
私は頷き、レイを見上げて言う。
『ごめんだけど、よろしくね』
視線を絡ませたのは一瞬だった。
私はすぐに笑顔を貼り付けて、佐藤くんの元へと歩き出す。
「おはよう、佐藤くん」
声をかければ、遠くを見ていた佐藤くんは顔を上げた。
「おはよう広瀬……」
そこまで言って、佐藤くんは私の後ろを見て目を開く。
どうして彼がそんな顔をしたのかは、すぐにわかった。
(そりゃ驚くよね……)
話していなかったけど、外国人を連れて来るなんて、ふつう思わない。
「え、もしかしてその人……?」
佐藤くんが半信半疑といった顔で尋ねた時、「澪!」と後ろで声がした。
振り返れば、杏がこちらに駆け寄ってくるところだった。
だけどやっぱりレイを見た瞬間、「えっ」とその場で足を止める。
立ち止まる杏の脇を、遊園地に向かう人たちが通り過ぎ、そのだれもがすれ違いざまにレイを見ていた。
「澪、もしかしてその人……なの?」
杏も佐藤くん同様、なかば信じられないといった感じだ。
私は弱った顔で頷く。
「……紹介するね。 彼はレイ・フィリップさん。
それで……えっと……」
そこで私は言葉に詰まった。
うっかりして、レイをどう紹介するか考えていなかったからだ。
(ど、どうしよう)
うちが民泊をしているのは、杏は知っているけど佐藤くんは知らないし、ダブルデートにゲストを連れてきたなんて、微妙すぎる。
瞳を揺らしていると、レイは私のとなりに並び、ふたりに向かって微笑んだ。
「Hello」
挨拶され、ふたりは同時に固まった。
「は、ハロー」と、かなりたどたどしく答える杏たちに、私はへんな汗が背中を流れる。
(レイ……)
挨拶をしてくれたのはよかったけど、もう気が気じゃない。
冷や汗が流れ続ける私を、杏が助けてとばかりに見た。
「えっと、澪。
この人はなんの知り合いなの……?」
杏が尋ねたのと、レイが私の肩を引き寄せたのは同時だった。
そこから流れるように額にキスをされ、私は一瞬なにが起こったのかわからない。
「She’s my sugar」
耳元で声がして、その声の近さにはっとした。
目の前のふたりは、なにか信じられないものを見たといったふうに、呆然としている。
(もう、もう、レイ……!!)
次第に赤くなるふたりに、私は顔から火がでそうになった。
せめてもの救いは、たぶんふたりはレイがなにを言ったのかわかっていないこと。
『もう、レイ……!
そこまでしてって頼んでない……!』
思わず抗議すれば、レイは笑ってもう一度私の額にキスを落とした。
それがあまりにも自然だから、自分が本当のレイの恋人かと錯覚しそうになった。
「ね、ねぇ澪。
「マイシュガー」って、なに……?」
真っ赤な顔で杏に聞かれ、私は必死に平静を装った。
「な、なんでもないよ。 気にしないで!」
レイが言ったのは、いわゆる「マイスイートハニー」みたいなこと。
こんなのまで知られたら、明日から杏たちと絶対に顔を合わせられない。
「えっと、レイとは家族がやってる英語ボランティアで知り合ったの……!
それと、その……。
彼は外国人だから、スキンシップがやたら過剰だけど、深い意味はないから……!」
レイの腕からなんとか逃れ、私はふたりにまくしたてた。
「あ、あぁ、そうなんだ」
杏は気圧されるように頷いたけど、となりの佐藤くんは、まだ目を見開いたまま動かない。
(……もう、レイのバカ……!)
レイには百万回文句を言ったって足りないけど、この空気を変えなきゃ恥ずかしくって死んじゃう。
「そ、そろそろ行こうか!」
無理に笑って歩き出せば、戸惑いつつ杏たちもついてきた。
遊園地のエントランスはここからすぐ。
(あぁ、ほんと最悪……)
中に入るまでに、なんとか火照りを冷ましたい。
そう思うのに、レイが涼しい顔で私のとなりを歩くから、熱の冷めないまま遊園地に着いた。
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