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ついさっきまで抜けるような青空だったのに、灰色の雨雲が押し寄せてきたかと思えば、たちまち雨が降りだした。
主のいない部屋に、雨音だけが響く。
「……明日まで止みそうもないな」
ソレールは窓辺に足を向けると、空を見上げて呟いた。
しばらく晴天が続いていたので、畑仕事をしている農夫たちにとったら恵みの雨だろう。けれど、馬車で移動する自分の主はきっと不機嫌な顔をしているに違いない。
そんなことを思いながら、ソレールは主こと、アニスの執務机に視線を移した。
現在、この部屋の主であるアニスは気分転換という名目で外出中だ。
侯爵家当主としての仕事もさることながら、アニスは色々と厄介事を抱えている。だから定期的に護衛であるソレールを置いて、ふらっと外に出てしまう。
それに対して、雇われた当初は、不愉快な気持ちになった。
けれど、彼に仕えて早3年。今では何の感情も持たずに「行ってらっしゃいませ」と「おかえりなさいませ」を口にすることができる。
アニスにとって気分転換は、ある意味仕事なのだ。
彼は寝ている時でさえ、仕事をしている。ソレールが知る限り、一分一秒も気が休まることがない。
アネモネはアニスのことを性根が腐っていると言った。それは嘘ではない。だが別の角度から見ているソレールは、アニスのことを信頼しているし支えたいと思っている。
──ガチャッ……バンッ!
「あーくそっ。なんで雨が降るんだっ。誰だ今日は一日晴天だって言ったのは!」
扉が乱暴に開いた途端、そんな悪態が部屋中に響き渡った。
「多分、都民の8割が晴れだと言っていたでしょうね」
律義に答えてみたものの、返って来たのは無視だった。
こんなやりとりは普段のことなので、ソレールは別段気にすることなく、遅れて部屋に入って来たもう一人の人物に声を掛けた。
「ティートさん、お疲れさまです」
「ああ、今帰った。何か変わりは?」
「特に無いですね」
「ですってさ。アニス様」
「近くにいるから、聞こえている。報告はいらん」
タイを外しながらそっけなく答えるアニスに、もう一人の人物ことティートはソレールに向かって肩をすくめた。
ソレールとティートは揃いの制服を着ている。つまり、ティートもアニスの護衛騎士なのだ。
ちなみに年齢はソレールの方が4つ下だが、てアニスに仕えている勤続年数はティートの方が一年上の先輩騎士である。
「ソレール、ちょっと湿気が強いから窓を開けてくれる?」
「おい、やめろ」
ソレールは先輩と主から同時に命令され、しばし迷う。
でもティートは「少しだけですから」とアニスにごり押ししているのを見て、無言で窓を開けた。どうせ主が折れるだろうと判断して。
少し開いた窓から、生温い風と雨の日特有の湿った香りが部屋の中に入り込む。
口には出せないが、どう考えても窓を開けた方が湿気が強くなりそうだ。
しかしティートは満足そうな顔で「休憩行ってきます」と言って、ひらりと部屋を出て行ってしまった。