翌日、由香は自分の部屋で目を覚ました。普段のように天城の冷たい視線を感じることなく、少しの間、静寂の中に包まれていた。しかしその静けさが、逆に心に不安を呼び起こしていた。自分は何を望んでいるのか、天城との関係が今後どうなるのか、考えれば考えるほど答えが見つからなかった。
朝食を作りながら、由香は自分の手が震えていることに気づいた。それは、天城から逃れたいという気持ちと、彼に対して未だに強く引き寄せられている自分との間で揺れ動く感情のせいだった。彼の支配を受け入れることが安心する瞬間もあれば、その圧力に押し潰されそうになる時もある。
その日の昼過ぎ、天城から連絡が来た。いつもなら、それをただ無意識に受け入れていたが、この日は少しだけ立ち止まる気持ちがあった。
「今日、会おうか。」
その短いメッセージに、由香はしばらく考えた。彼に会うべきなのか、それとも少し距離を取ってみるべきなのか。彼との時間が、心地よくもあり、苦しくもある複雑な感情に包まれていたからだ。
結局、由香は「はい」とだけ返信を送り、天城の家へ向かった。心の中では、少しでも自分を取り戻したいという強い思いがあった。だが、彼の存在がそれを難しくしていることも感じていた。
天城の家に着くと、いつもと変わらず冷静に迎えられた。彼はソファに座っていて、由香が入ると目を上げた。
「来たか。」
その一言だけで、由香はすぐに自分が彼に支配されていることを思い知らされる。言葉も表情も冷徹で、何も言わずにその場にいるだけで圧力を感じる。
「今日はどうしたんですか?」
由香が慎重に尋ねると、天城は少しだけ目を細めて答えた。
「君が、少し変わった気がするから。」
その言葉に、由香は一瞬だけ息を呑んだ。変わった? それは彼が気づくべきことなのだろうか。自分では気づいていなかったが、確かに最近、自分の中で何かが変わりつつあった。
「変わったって…?」
由香が問い返すと、天城はやっと立ち上がり、彼女の方に歩み寄った。その歩みは、まるで彼女をさらに自分の支配下に置こうとするような、鋭い動きだった。
「君が少しだけ、自分を出すようになった。」
天城は静かに言った。由香はその言葉に驚き、心の中で戸惑いを覚えた。自分を出す? それはどういう意味なのか。彼が言う「自分を出す」とは、彼に従い、受け入れることだけを意味するのか?
「でも、それが不安だ。」
天城はそう続けた。彼の目が深く彼女を見つめる。由香はその目に直視できず、視線を逸らした。彼の目には何かしらの期待が込められているように感じ、胸が苦しくなった。
「不安?」
由香は恐る恐る答える。天城は彼女の反応を見ながら、冷たく笑みを浮かべた。
「君が、少しずつ自分の意見を言い始めたからだ。」
その言葉に、由香はさらに戸惑いを感じた。自分の意見を言うことが、天城にとって不安だとは思わなかった。むしろ、それは彼の支配を崩す危険信号だったのかもしれない。
「でも、私は…」
由香は言いかけたが、天城はその言葉を遮った。
「君は、俺を試しているのか?」
その言葉に、由香は一瞬だけ驚き、そして恐れが広がった。試す? そんなつもりはなかったが、今の自分は確かにどこかで彼に挑戦しようとしているのかもしれない。自分でもよく分からなかった。
「そうじゃない。」
由香は必死に否定した。だが、その答えが本当なのか、それとも彼に言われてしまったことを否定したかっただけなのか、彼女自身にも分からなかった。
天城は深く息を吐いてから、静かに言った。
「俺は君がどうしたいのか、知りたいだけだ。」
その言葉は、普段の冷徹さと比べて、少しだけ温かさを感じさせた。だが、由香はその温かさが本物なのか、それとも彼の支配の一部なのか、全く分からなかった。
「どうしたいのか…」
由香は呟き、しばらく黙って考え込んだ。彼女の心の中では、彼に従うことと、自分を取り戻すことの間で揺れ動いていた。どちらが正しいのか、どちらを選ぶべきか、その答えが見つからないままでいる自分に、無力さを感じていた。
天城は、由香が答えを出すのを待つように黙って立っていた。静かな空間が、二人の間に広がっていった。
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