***
「うーん、こっちにしようかな」
次の日。
少し早めにマンションを出てデパートに寄り、キッチン用品のフロアで母の誕生日プレゼントを選んでいた。
無理矢理ついてきた篤人も、となりで食器をみている。お揃いのマグカップを買おうと、真剣に選んでいる姿が愛おしい。「明日、ミケアにも行くじゃん」
「えー、でも俺これがいい」
篤人が選んだのは、オフホワイトのシンプルなマグカップ。アクセントに赤と青でそれぞれラインが引いてある。
「あら、花音?」
後ろから声をかけられて、ドキッとして振り返ると、母親が立っていた。いつもより少し着飾って、ショートカットに大きめのピアスがゆらゆら揺れてきれいだ。
「お、お、お、お母さん!!」
「なに、そんな変な声で。こんにちは、花音の母です」
ニコニコ嬉しそうなお母さんは、篤人にぺこりと頭を下げる。
「始めまして、花音さんとお付き合いさせていただいています、永井篤人と申します」
当たり前のようにそう挨拶をする篤人に胸がキンと痛む。
「花音のこと、よろしくお願いしますね」
「お、お、お父さんは?」
「下の階でゴルフウェア見てるわよ」
じゃあまたあとでと声をかけあって、小さく息をつく。
「花音によく似てた」
「そうだね、私はお母さん似かな」
なんで、彼氏だって言ったの? 契約が終われば別れるのに、その先も未来も、もしかしたらあるの? そう複雑な気持ちになって、床に目を落とした。
プレゼントを買って、まだ時間があったので、篤人はデパ地下で美味しそうな焼き菓子を買ってくれた。
「お母さんに、これ。少しだけど」
「ありがとう、渡しておくね」
「家で食べる分も買ったから、帰ってきたら食べよ」
「うん」
なんだか元気が出ない。彼氏であるけど、彼氏でない。そんな篤人の存在が、嬉しくて悲しい。
「……ごめん。彼氏だって言ったのまずかったかな」
「えっ……」
困ったように眉根を寄せる篤人。私はなんて答えていいかわからなくて、篤人が買ってくれた焼き菓子の入った紙袋の持ち手をぎゅっと握りしめた。
「ううん、大丈夫。あんまり私お母さんと彼氏の話とかしないから、心配しないで」
この答えでよかったのか、わからないけれど、そう小さく答えた。
お母さんとあまり恋愛について話したことはない。というか、訊かれたことがないと言ったらいいだろうか。
でも、|元カレ《伊吹》と食事をしているときに会ったことがあるので、違う人と付き合っているということはわかったはず。
問題はそこじゃない。お母さんに本物の彼氏だって思われてもいい。
私はそうなりたいと望んでいる。躊躇なく篤人に、彼氏だって言ってくれて嬉しかったと伝えられたらどんなにいいだろう。
「大丈夫?」
パッと顔を上げると、苦しそうにも見える篤人の顔。そんなに気にしないで、大丈夫だから。そう思って口角を無理矢理上げた。
「うん、訊かれたらうまく話しておく」
じゃあ、もう行くね。とホテルのロビーに続くエレベーターに乗りこんだ。
エレベーターのドアが閉まるとき、見送ってくれている篤人に小さく手を振った。
今だけでいい、今だけはあなたの彼女だと言わせて。そう自分に言い聞かせてニコニコと笑顔を作った。
エレベーターを降りると、もう両親と弟、妹夫婦が待っていた。パタパタと駆け寄り、連れ立ってランチ会場へと向かう。
歩きながら、母親がこそこそと、私に話しかける。
「花音の彼氏すてきだね。びっくりした」
「あー、うん」
「え、なにお姉ちゃんもう彼氏できたの?」
妹の|詩音《しおん》が話に割って入ってくる。詩音とは年が近いせいか、恋愛に限らずいろいろな話をしてきた。篤人のことはさすがに話していないけれど、燎子に2回彼氏を取られたことは知っている。
母親の前で話すには、あんまり気が乗らなくて、そっけない返事をした。
「お母さん、花音は前の人と結婚するのかと思ってた」
「へ?」
元カレと一緒にいるのを見たときに、そんな雰囲気がしたと母親は言う。確かにあの頃はそんな話も出ていたかもしれない。
「美濃燎子。本当にひどいよね」
詩音がその名前を出すのでドキッとした。詩音は私より一つ年下、高校も同じだったので、いろんなことを実際に見ている。燎子とは委員会か何かで一緒になったこともあるらしい。
「美濃……さん?」
母親が不思議そうに私の顔を覗き込む。あんまり言いたくなくて口を噤んでいると、詩音が口を開く。
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