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あの日から1週間も経たないけど、夕日の沈む時間は日に日に早くなっており、いよいよ冬に向けて季節は動き始めていた。
そんなある日の授業と授業の合間の休み時間に天宮さんから僕は声をかけられた。
さっちゃん: 「ねえねえ…、今度、西高の定期演奏会があってチケットがあるんだけど・・・。 一緒にどうかなって思って…」
天宮さんは恐る恐る僕に訊いてきた。
K(僕): 「いいよ。いつ?」
僕は二つ返事で即答した。
さっちゃん: 「え?」
意外っていう顔をした。
さっちゃん: 「11月30日、文化ホールなんだけど。翌週、期末テストなんだけどね。」
K(僕): 「大丈夫、行くよ。」
もちろん即答だった。
さっちゃん: 「よかった…。 30日は午後5時半開場だから、バスで・・・・。 仲町のバス停からでいい?」
天宮さんは笑顔に変わった。
現在の俺: (さっちゃんの家からはもう少し近くにバス停あったけど、俺に合わせてくれたんだ。)
K(僕): 「仲町のバス停ね。何時にバス停に行けばいいの?」
さっちゃん: 「4時にバス停に待ち合わせでいい?」
K(僕): 「その日は学力テストの日だけど、5校時で終わりだし、短縮授業だから3時前には下校できそうだよね。」
さっちゃん: 「あ、テストだっけ?やだなぁ。」
K(僕): (僕はテストどころじゃないかも…)
さっちゃん: 「行けるって。」
天宮さんは小走りで二人のところへやってきた。
川野: 「よかったね。」
小石さん: 「行けないって言ったらどうしようかと思ったけど。意外とKって普通だったんだ。」
川野: 「当日は二人っきりのほうがいいよね。」
小石さん: 「みんなが一緒だとこの前みたいになるよ、きっと。」
さっちゃん: 「でも、いきなり二人だと緊張する。」
小石さん: 「最初は緊張するけど、ワクワクするよ。でもよかった。
さっちゃん、でも…、Kと付き合うの、あんまり乗る気じゃなかったんじゃない?」
さっちゃん: 「えっ、だって…、小石さんが試しに付き合ってみたらって…」
小石さん: 「私のせい?」
川野: 「それでも、すぐにデートに誘うなんて、さっちゃん、積極的だね。」
さっちゃん: 「え〜。誘ってみたらって言われたから…。変かな?」
天宮さんは髪の毛を右手で触りながら答えた。
小石さん: 「ほら、また人のせいにした…。でもよかったよね。私達、余計な事したかと心配していたんだ。」
川野: 「好きって認めたくないんだよね。」
小石さん: 「じゃあ、今からでも付き合うの辞める? Kに言ってこようか?」
さっちゃん: 「意地悪しないでよ。」
川野: 「さっちゃんってそういうところ、かわいいよね。」
小石さん: 「きっとそういうところもKが惚れたんだよね。」
さっちゃん: 「もう。」
現在の俺: (小石さんの「お節介」がなければ確かにここまでの展開はなかったかもね。)
K(僕): 「クラシック苦手なんだけど・・・。」
現在の俺: 「今だって苦手だよ。」
K(僕): 「楽器の名前も、何とか協奏曲とか、全く分からないよ。」
現在の俺: 「分かるのは天宮さんの担当くらいかな。 サックスだっけ?」
K(僕): 「それなら僕だって分かるよ。 仕方ない、音楽の教科書で勉強するかな。」
もともと好きな人の性格など血液型や星座で調べたり、デートのために楽器やクラッシック曲など事前調査するなど、下準備してから望むタイプだった。
音楽の授業では、クラッシックを聴くとさっぱり分からないので眠気を催していたが、当日は寝たらまずいし、何も分からないと恥ずかしいと思って勉強した。
次の日。
里見さん: 「まさかKとさっちゃん、両想いなんて思わなかった。 びっくりだよ。 いつからなの?」
さっちゃん: 「うふふ…、分かんない。 気がついたら…」
里見さん: 「そんなわけない。 教えてよぉ。」
さっちゃん: 「だって私もよく分からなくて気がついたらって感じだもん。」
里見さん: 「これからは邪魔しちゃ悪いから話しづらくなっちゃうね。」
さっちゃん: 「里見ちゃんまでそう言うんだから。 いつも通りでいいよ。」
里見さん: 「あ、この前わざと教科書忘れたでしょ。」
さっちゃん: 「そんなことしないよぉ。 あれは本当に忘れたの。」
里見さん: 「本当?」
K(僕): 「どうしたの? 何か忘れたの?」
さっちゃん: 「ううん、なんでもない。 こっちの話だから。」
里見さん: 「あ、噂の…、お邪魔かな。」
さっちゃん: 「ちょっと…、里見ちゃん。」
川野さんも僕たちのところに来た。
川野: 「K、定演行くことにしたんだって?」
K(僕): 「まあ…ね。」
川野: 「私たちも行くけど、邪魔しないから。」
K(僕): 「邪魔って・・・」
川野: 「頑張ってね。」
さっちゃん: 「もう、いつもそうなんだから…」
里見さん: 「さっそく出かけるの?」
さっちゃん: 「定期演奏会にね。」
里見さん: 「でもデートなんでしょ。」
さっちゃん: 「デートって言えばデートなのかな?」
里見さん: 「さっちゃんって意外と積極的なんだから。」
さっちゃん: 「里見ちゃんまでそういうこと言うんだから…」
里見さん: 「え?」
さっちゃん: 「小石さんや川野さんにも言われたの。」
里見さん: 「でもいいと思うよ。 Kは奥手っぽいもんね。」
K(僕): 「ちょっと…、奥手って…」
さっちゃん: 「ウフフ…」
11月30日、雲一つない快晴だったが、気温3度程度で寒い朝であり、その日は五教科の学力試験があった。
いつも朝ギリギリ7時ごろじゃないと目が覚めない僕であったが、この日は6時ごろから目が覚めていた。
目が覚めるというより、今日ののデートのことでドキドキしてよく眠れなかった。
学校がある日は以前は朝から憂鬱であったが、天宮さんに出会ってから、そしてつきあうようになってから毎日が楽しみで仕方なかった。
しかし今日はそれ以上に楽しみ、幸せを感じる一日の始まりであった。
K(僕): 「朝、天宮さんにどう声をかけようかな…・」
3組の教室に入ると、天宮さんは席に座っていて、里見さんと話をしていた。
僕が自分の席に近づくと、天宮さんと目が合った。
K(僕): 「おはよう。」
さっちゃん: 「おはよう。」
天宮さんはいつも通りのちょっと照れたような反応であった。
さすがに今日は学力テストであり、みんなも僕たちのことに反応することはなかった。
今から始まるテストに備えて筆記用具の準備をしていたが、僕はいつになく期待と緊張で、テストどころではなかった。
篠井先生: 「テストをするからいつものように出席番号順に並んで。」
篠井先生の合図で天宮さんは出席番号女子で一番なので、廊下側の席の一番前に、僕は窓側の一番後ろに移動した。
いつもだと席が隣だが、テストの時は離れ離れになって寂しかった。
それでも・・
K(僕): 「だめだ。 デートで何を話しよう? 緊張する…」
デート前ということもあって、始まる前から、そしてテスト中もそわそわしていた。
1教科ずつ終わる毎に、ワクワクドキドキがどんどん増していった。
本当に踊る気持ちを抑えるのが精いっぱいであった。
午前中に4科目あり、いったん給食となった。
給食は自分の班に戻って食べるので、いつも通り天宮さんとは真向かいであり、必然と目が合った。
K(僕): 「今日だよね。」
声を出さずに天宮さんに向かって合図した、
さっちゃん: 「(うん。)」
天宮さんも軽くうなづいたのを確認して、二人でうつむいた。
みき: 「何、2人で見つめ合って照れているのよぉ…」
塚越: 「いつものことじゃん。」
K(僕): 「見つめてなんかいないよ。」
博: 「いつもいつも、よく毎日だよね。」
ハル: 「まだテストあるのに、のんきだねぇ。」
さっちゃん: 「・・・」
天宮さんは可愛らしく下を向いていた。
ハル: 「K、珍しく給食残すの?」
みき: 「Kもテスト、緊張するんだ。」
K(僕): 「まあ…」
緊張しているには変わりないから曖昧に返事した。
チラッと天宮さんの方を見ると、目が合い、微笑んでいた。
みき: 「またさっちゃんの方、見てる。」
篠井先生: 「10分後に最後の教科のテストをするので、片づけたり、トイレを済ませて、席についてちょうだい。」
今日は短縮授業なので昼休み時間も短かった。
給食を片付けて次のテストに備えて支度をし、天宮さんも元のテストの席に戻った。
K(僕): (あと英語だけだ・・・。 そしたら一緒に行ける・・・)
ヒアリング、当時はそう呼ばれていたが、今のリスニングから英語は始まった。
発音やアクセント、文法と進み、最後に長文があった。
チャイムと同時にテストはすべて終了し、掃除、帰りの会となり、午後2時半過ぎには下校となった。
僕は急いで帰りの支度をしていると、小石さんたちが僕たちのところにやってきた。
小石さん: 「今日、一緒に行くんだよね。」
K(僕): 「うん。」
ちょっと照れくさかった。
里見さん: 「あ、今日だっただね。」
小石さん: 「初デートだね。 ねえ、さっちゃん。」
K(僕): 「デート・・・?」
一緒に定期演奏会に一緒に行くことは理解していたが、デートという認識ではなかった。
まあ、事実上のデートではあったのは間違いなかったのだが、デートという不思議な響きにドキッとした。
さっちゃん: 「・・・・。」
天宮さんを見ると、天宮さんも僕のほうを見て、困惑していた。
川野: 「ほらほら、見つめあっていると遅刻するよ。」
そうからかわれると、ふたりでまたうつむいた。
小石さん: 「K、ほんとに遅刻するよ。」
K(僕): 「じゃあ、一旦帰って支度してくる。」
さっちゃん: 「うん。」
急いでカバンに教科書やノートを突っ込み、自転車をとばして帰宅した。
明日から12月で木々の葉は落ち葉と変わり、その日もいつもの下校の風景だったが、僕の目の前に広がる世界は黄色や茶色に変化した葉も金色に輝いていた。
川野: 「初々しいよね。」
小石さん: 「ほんと。」
さっちゃん: 「からかわないでよ・・・。」
川野: 「私のほうがドキドキしちゃう・・」
さっちゃん: 「だから・・・。」
川野: 「私たちは恋のキューピットだよね。 でもね、あまりいちゃいちゃしないでね。」
さっちゃん: 「ちょっと、川野さん。」
小石さん: 「終わったら、詳しく教えてね。」
さっちゃん: 「もう。」
小石さん: 「川野さん、私たち、さっちゃんのバスの1本前だから、早く帰らないと。」
川野: 「そうだった。 帰ろう。 さっちゃんまたね。」
僕の家から集合場所のバス停まで歩いて15分程度かかるので急いで今度は出かける支度した。
K(僕): 「いってきまーす。」
母: 「どこに行くの?」
K(僕): 「西高の定期演奏会。」
母: 「なに、珍しいわね。 天宮さんの家の人も心配するから、早く帰ってくるようにね。」
急いでいたのでそのまま家を飛び出した。
現在の俺: 「あ、最初から二人っきりだって教えるの、忘れた。 きっと、困惑するぞ…」
そう、ずっとみんなで集合して行くものだと思っていた。
だから僕はほかの部員からからかわれても、小石さんや川野さんが何とかしてくれると思っていた。
早足で歩きながら、仲町のバス停を目指した。
自転車ということも考えたが、置いておく場所がなく、仕方なく歩いて行った。
4時近くになると、日は西の山に差し掛かろうとしていた。
あたりはさらに濃いオレンジ色となり、西の山にわずかに小さな雲が浮かんでいた。
こんな時間から外出することは僕にとっては珍しかった。
K(僕): 「夕日ってきれいなんだ。」
歩いて仲町のバス停に行くのは小学校以来で、小学生の時は遠いと感じていた道程であった。
K(僕): 「あれ? そういえば天宮さんと行くなんて言ったっけ? なんで天宮さんって分かったんだろう?」
急に玄関で母親に言われた文言が浮かんできた。
母親はすべてお見通しなのかもしれない。
小学校への細い通学路を北に早足で向かい、県道にたどり着いた。
県道を東に向かうと小学校があったが、仲町バス停は西側にあった。
その当時はやっと車が行き交う程度のあまり広くない県道であったが、主要道路ということもあり、4時前といっても車は多かった。
脇の歩道を歩いて西へ向かうと、4時前には仲町のバス停に着いたが、そこにはもう天宮さんが待っていた。
彼女以外は誰もいなかった。
K(僕): 「早いね。 他の皆はまだ?」
さっちゃん: 「皆別々に行くから、私たちだけだよ。」
K(僕): 「二人っきり?」
さっちゃん: 「うん・・・」
天宮さんはうつむきながら頷いた。
てっきり他の部員と一緒に行くのか、少なくとも同じクラスの小石さんたちとは一緒だと思っていた。
部活のほかのメンバーと行くと思って緊張していたが、二人きりだと思ったら、それはそれでうれしかったけど、別の緊張が襲ってきて、黙り込んでしまった。
K(僕): 「・・・」
東西に走る県道の車をなんとなく見ては、西からくるバスを待った。
僕が隣りにいる天宮さんをちらっと見ると、一瞬目が合い、彼女は微笑みながら視線を外した。
そんな彼女をみて、
K(僕): 「(可愛い・・)」
と思いながらも、
K(僕): 「(何か話しなきゃ・・・)」
そう思って、また彼女をみると、天宮さんも僕を見て、また恥ずかしそうにうつむく、そんなやりとりが続いた。
どのくらい時間が経過したのか、遠くから路線バスが見え、西町の交差点で赤院号で止まっていた。
K(僕): 「このバス?」
沈黙を破って話しかけた。
さっちゃん: 「うん。」
バスは小学生のころに隣町の医院に定期受診で行ったくらいであまり乗ったことはなかったが、町内には隣町に行くバスがしばしば行き来していたためになじみのある当時は赤い車体だった。
青信号でバスは動き出し、ゆっくり近づいてきた。
K(僕): 「いよいよ、一緒に行くんだ…」
期待に胸を膨らませ、バスに向かって手を挙げた。
バスは二人に前に停車した。
当時のバスは前から乗って、前から降りていたため、前の乗車口から僕が乗り込み、後から天宮さんが乗った。
運転手はそんなつもりで見ていたわけではないと思うが、ぼくは運転手と目があった。
見ず知らずの大人であったけど、天宮さんとデートしていることを見られているような感じがして僕はうつむきながら中央へ進んだ。
バスに乗りこむとバスは空いていて、数人が後ろの方の座席に座っていた。
その数人も僕たちが前から乗り込むと、ちらっと僕たちの方を見るのでやっぱり目が合った。
二人っきりのデートに慣れていない僕はその視線が痛く、バス中央で立ち止まり、真後ろにいる天宮さんに振り向いて声をかけた。
K(僕): 「窓側に・・・」
さっちゃん: 「うん。」
天宮さんは頷いて座った。
K(僕): 「(やっぱり隣に座るんだよな。)」
僕は照れ臭そうに彼女の隣に座った。
さっちゃん: 「・・・・」
天宮さんもはずかしそうにうつむいていた。
学校でも隣の席だったけど、やっぱりデートで隣に座る席は格別に幸せだった。
学校で会う以上に女性としての天宮さんを意識した。
そんなに大きくない二人掛けの椅子だったので、バスが出発して揺れると、僕の右肩が天宮さんの左肩と触れた。
K(僕): 「・・・・」
さっちゃん: 「・・・・」
ただでさえ、照れちゃう二人だから、こういうシチュエーションだとなおさらであった。
K(僕): 「(何か話しなきゃ。)」
そう思うとますます意識しまうものである。
それでもドキドキしながらも意を決して、
K(僕): 「天宮さんは何色が好きなの?」
さっちゃん: 「色? 青。 はっきりした青じゃなくて、水色のような。 Kくんは何色が好きなの?」
K(僕): 「僕も青なんだ。 一緒だね。」
さっちゃん: 「本当だね。」
K(僕): 「でもどっちかと言うと濃い青のほうが好きかな。」
バスは隣り町の万寿森入り口のバス停に差しかかった。
ちょうど夏に古墳を見に行った場所だった。
K(僕): 「(あの頃は片思いだったけど、3か月経った今は二人で出かけているんだ…)」
今は気候こそ肌寒いものの、今のほうが緊張とうれしさでより汗ばんだ。
K(僕): 「天宮さんは吹奏楽部なんでしょ?」
さっちゃん: 「うん。 私、今の部活、とても気に入っているの。 今、サックスを吹いているの。」
K(僕): 「難しそう。」
天宮さんは微笑んだ。
K(僕): 「音楽好きなんだね。」
さっちゃん: 「うん。 歌うのも好きだよ。」
バスは大回りして右折した。
さっちゃん: 「きゃっ。 あ、ごめん・・・」
大回りしたバスのせいでさっちゃんが遠心力で僕のほうへ寄りかかってきた。
K(僕): 「大丈夫だよ。」
さっちゃん: 「重かった?」
K(僕): 「全然。」
さっちゃん: 「ほんとに?」
現在の俺: 「(さっちゃん、修学旅行記でも体重気にしていたけど、そんなイメージないんだけどね。)」
K(僕): 「(もちろん重いわけないけど、軽いよって言っても変に思われるかもしれないし…)」
慌てて話題を変えた。
K(僕): 「あ、天宮さんはA型だよね?」
さっちゃん: 「うん。」
K(僕): 「誕生日は9月だっけ?」
さっちゃん: 「うん。 Kくんもでしょ。」
K(僕): 「うん。」
さっちゃん: 「でも私の方が少しお姉さんだよね。」
少し偉そうに話した。
確かに天宮さんより数日僕の方が遅く生まれていた。
K(僕): 「そういえば、この前のわら半紙、あれって僕が手書きで真似して写したのを渡したんだ。」
さっちゃん: 「えー? うそ。 全然気づかなかった。」
K(僕): 「二人の字を似せて書いたんだけど。」
さっちゃん: 「本当に私の字にそっくりだったけど・・・」
K(僕): 「頑張って似せてみたんだ。 それで二人で書いていたまーくんって僕のこと?」
さっちゃん: 「うん、そうだよ。」
K(僕): 「ふーん・・・ それでなんで、まーくんなの?」
さっちゃん: 「わからないように苗字の2文字目をとったんだ。」
ニコッとして天宮さんは言った。
K(僕): 「それはわからないわけだ。」
さっちゃん: 「ふふふ。」
太陽はさらに西の山に近づき、夕陽が赤く、僕たちを祝福しているようだった。
窓から見える色鮮やかな夕方の空と、何となく寂しげに見える秋の風景に対して、すぐ僕のそばで前を向いている彼女がよりいとおしく見えた。
K(僕): 「幸せすぎる・・・」
ぼそっとつぶやいた。
さっちゃん: 「え? なに?」
K(僕): 「あ、もうそろそろかなって・・・」
さっちゃん: 「うん。」
そんなこと、天宮さん本人に言えるだけ度胸はなかった。
まもなくバスはターミナル駅のバス停に到着した。
そのバス停にはさすがにたくさんの人が待っていた。
周りにはネオンが光り始めていた。
たくさんの乗客がバスに乗り込み、座席は埋まり、通路にも乗客が乗ってきた。
時折、数人の立っている乗客の視線を感じた。
K(僕): 「(通路の人に見られている感じがする・・・。 やっぱり中学生二人で一緒にいると変かな?)」
とにかく、見知らぬ人の視線にも過度に反応した。
すべての乗客を乗せると、バスはそのまま大通りを南に向かって出発した。
県庁や警察署の前を通過し、バスは右折した。
その他1: 「次は県民文化ホール。お降りの方はいませんか?」
バスからアナウンスが流れた。
さっちゃん: 「このバス停だよ。」
K(僕): 「うん、押すね。」
僕は窓際にあるブザーを押そうと中腰になって天宮さんに近づいた。
教科書を一緒に見たときと同じ香りがし、ドキッとした。
その瞬間、ブザーは車内に響き、車内すべてのブザーが赤く点灯した。
さっちゃん: 「誰かが押してくれたね。」
天宮さんは微笑みながら言った。
K(僕): 「うん。」
僕は気まずく、また席に座った。
バスの大きな窓から前を見ると少し先に対向車線のバス停が見えてきた。
僕が席を立とうとすると、周りの乗客が少し離れ始めた。
僕は天宮さんが席から出てくるのを待って、二人でバス前側の料金箱に向かい、。同じ場所で降りる乗客の後に続いて、バスから降りた。
辺りは少し暗くなり始め、5時前であったが、行き交う車のヘッドライトによるライトアップが2人を照らした。
K(僕): 「県民文化ホールって初めてなんだ。 どこから入るの?」
さっちゃん: 「北側の入口からね。」
大通りから細い道に入ると、大きな建物が見えてきた。
K(僕): 「(いよいよみんなにからかわれる…)」
僕はきょろきょろしながら「県民文化ホール」と書いてある東側の出入り門から入った。
K(僕): 「みんなとどこで待ち合わせているの?」
さっちゃん: 「小ホールの入り口だよ。」
北側の階段をゆっくり二人で歩き、北側入口から中に入ると、すでにたくさんのいろんな学校の生徒が集まっていた。
小ホールに向かうと、入口にはすでに列ができていた。
K(僕): 「たくさんいるんだね。」
さっちゃん: 「はい、これ、チケット。」
天宮さんは僕にチケットを1枚渡した。
順々に中に入ると、待合から同じ中学校の吹奏楽部員が集まってきた。
川野: 「さっちゃん、来たよ。」
小石さん: 「無事着いたね。」
いつもの顔ぶれだった。
次からくる「攻撃」に僕は大きく深呼吸した。
川野: 「どうだった?」
さっちゃん: 「どうって・・・」
天宮さんは吹奏楽部のみんなのところに集まった。
一人になった僕はほかのクラスの吹奏楽部員の視線を痛く感じた。
吹奏楽部員1: 「なんで関係ないKがいるんだ? それも天宮と一緒に?」
吹奏楽部員2: 「つい最近、つきあったみたいよ。」
吹奏楽部員3: 「さっちゃん、おとなしそうなのにね。」
K(僕): 「(やっぱりこうなるよね。)」
1分弱だったと思うが、一人で耐えるには随分長く感じたところで、照れ笑いしながらさっちゃんが僕のところへ戻ってきた。
K(僕): 「やっぱり噂されるね。」
さっちゃん: 「ウフフ…」
K(僕): 「天宮さんは何か言われた?」
さっちゃん: 「ちょっとね。」
K(僕): 「部員のみんなは知っているの?」
さっちゃん: 「多分女子はね。」
ホールのドアを開け、中に入り、ほぼ中央の席で、天宮さんの左隣りに座った。
正面中央の前側には西高の制服を着ていた吹奏楽部員の生徒が、小石さんたちは前方の右側に集まってみんなで座っていたので、僕たちの周囲は西高の一般の生徒なのか、保護者なのか、数人が座るのみだった。
ホール内は薄暗かったが、右前方から時々視線を感じだ。
K(僕): 「向こうに座らなくてもいいの?」
さっちゃん: 「うん。 二人で座っていていいって。」
天宮さんは照れながらも意外と普通にしていた。
僕は落ち着かず、仕方なく、もらったパンフレットを開いて気を紛らした。
作者くらいは見たことある名前であったが、聞いたこともないような曲名がずらっと並んでいた。
そんな目が点になっていた僕に気付いたのか、
さっちゃん: 「この曲はね…」
天宮さんは丁寧に教えてくれたが、なにせ僕には難しすぎたが、彼女のすぐ横に座っている今この時の瞬間に幸せを感じていた。
周りの座席にも観客が増え始め、僕たちの隣や前後に座ることはなかったが、数席離れて座ってきた。
その他: 「第8回西高校吹奏楽部定期演奏会にご参加いただきまして・・・・」
さっちゃん: 「始まるよ。」
天宮さんは楽しそうに僕にそう言った。
K(僕): 「そうだね。」
演奏が始まると、天宮さんは真剣な眼差しで演奏を聞き入ってた。
西高といえば総合選抜で第一高校とともに普通科であれば、特に天宮さんの住所だと西高が第一候補であった。
K(僕): 「(いずれはここで演奏しているのを想像しているのかな?)」
さっちゃん: 「次の曲はね…。」
真剣に僕に教えてくれた。
K(僕): 「よく知っているだね。」
天宮さんはうれしそうに、そして照れながらうつむいた。
僕にとっては初めての曲ばかりで、クラシックに精通しているわけでもないので、ただ聞いているだけであったが、大好きな天宮さんが隣りにいるだけで、それも夕方遅くということもあって、高揚していた。
いつもならつまらないことなら長く感じるものであるが、あっという間に第一部が終わり、幕が下りてきた。
K(僕): 「天宮さんが担当しているのはサックスだよね?」
さっちゃん: 「うん。 さっき右奥にいた四人が演奏していた木管楽器がサックスだよ。」
K(僕): 「木管? 金管楽器じゃないの?」
さっちゃん: 「ううん。 サックスは木管楽器だよ。」
驚いていると、遠くから小石さんと川野さんが僕たちのほうに向かって歩いてきた。
吹奏楽部の他のクラスの人も遠巻きに集まってきた。
小石さん: 「あんな風に弾けたらいいね。」
川野: 「かっこよかったよね。」
さっちゃん: 「うんうん。」
天宮さんと一緒にいることに満足している僕と違って、みんなはさすが吹奏楽部であった。
しばらく高校生が演奏していた曲について3人で話していた。
僕は部外者だし、吹奏楽に詳しくないので3人の話を聞いているしかなかったが、もちろん何を話しているかもわからなかった。
川野: 「退屈でしょ。」
急に川野さんが僕に話しかけてきた。
小石さん: 「そんなわけないよね。 大好きなさっちゃんと一緒だもん。 ねえ。」
と、天宮さんの方に話題をふった。
さっちゃん: 「やだあ…、もう…」
K(僕): 「…」
急にそう言われると僕も照れた。
小石さん: 「邪魔しちゃ悪いから、川野さん、戻ろうか?」
さっちゃん: 「だから。」
ちょっと怒った顔をした。
K(僕): (怒った顔もかわいいんだ…)
川野: 「そうだね。 また続きのいちゃいちゃしてね。」
さっちゃん: 「いちゃいちゃなんて… もう。 いつもそういうこと言うんだから・・。」
川野: 「Kがさっちゃんの顔だっかり見ているよ。」
K(僕): 「そ、そんなに見ていないけど。」
小石さん: 「演奏よりさっちゃんのほうが好きだもんね。」
さっちゃん: 「ちょっと〜…」
脇ではほかのクラスの吹奏楽部員がひそひそと、でも僕たちに聞こえるように話していた。
女子吹奏楽部員1: 「どっちから?」
女子吹奏楽部員2: 「Kみたいよ。」
小石さんや川野さんがいなくなると、だんだん過激に聞こえるように言ってきた。
男子吹奏楽部員1.: 「こんな夜に中学生が男女二人でいいのかな?」
その他: 「不純異性交遊じゃない?」
その他: 「このあと終わったら二人でどこ行くのかなぁ?」
その他: 「きゃー。」
K(僕): 「・・・・」
さっちゃん: 「・・・・」
ジロジロ見てくる痛い視線や、からかいに二人とも沈黙だった。
こんな感じだから当然2部はさらに変に意識してしまい、二人とも黙り込んでしまった。
7時半過ぎに定演は終わり、外に出るとあたりはすっかり暗くなっていた。
K(僕): 「帰ろうか?」
さっちゃん: 「うん。」
北側の階段を下りて、道路に出ると、あまり明るくない街灯を頼りに、二人で歩きだした。
夜ということもあり、女性である天宮さんを変に意識して、何をしゃべっていいかわからなくなっていた。
気まずく空を見上げるといろんな星が天宮さんの頭上でキラキラ輝いていた。
K(僕): 「星ってこんなに綺麗だったんだ。」
さっちゃん: 「本当。」
現在の俺: 「(星空をみると今でもあのとを思い出す。)」
本当に夜空はきれいであったが、こんなシチュエーションでもそんなことしか言えない僕であった。
僕たちはまた大通りに向かって歩いた。
大通りに出ると、多くの車が走っており、時々車のライトがまぶしく僕たちを照らしていた。
バス停につくと、また二人でバスに乗って仲町バス停まで戻った。
K(僕): 「今日は誘ってくれてありがとう。
送ろうか?」
さっちゃん: 「一人で帰れるから。」
K(僕): 「本当に?
やっぱ送るよ。」
さっちゃん: 「本当に大丈夫。
車が多いし、大通りを通って帰れば大丈夫。
もうこんな時間だし・・・。」
K(僕): 「じゃあ、また明日ね。」
こうして各々帰路についた。
現在の俺: 「「送るよ」っていってもあまりにも「いい」って言ってたけど、今日のデートがあまり楽しくなかったのかとか、両親に僕といるところを見られたくなかったとか、変に考えながら帰ったっけ。」
家に着いたときは午後8時すぎだった。
K(僕): 「ただいまー。」
母: 「おかえり。
デート、楽しかった?」
K(僕): 「天宮さんと行ってないよ。」
母: 「だれも天宮さんなんて言ってないけど。」
K(僕): 「あ・・・」
母: 「夜遅かったんだからちゃんと家まで送ってった?」
K(僕): 「・・・
「いい」って言われたから帰ってきた。」
母: 「お兄ちゃんって、馬鹿ね。
最初なんか、「いい」って言うに決まっているから。」
K(僕): 「そうなの・・・
悪いことしたなあ・・」
現在の俺: 「(生まれて初めての好きな女の子とのデートだから、仕方ないか…)」
楽しみにしていたデートだったが、緊張していてその夜はぐっすり寝てしまった。