「おう、フローズメイデン伯爵。相変わらず貴公は|絶氷《ぜっひょう》のごとき冷たい男よな。こちらまで熱き闘志が冷めてしまいそうだ」
「アーチヴォルト公爵もお変わりなく、雷のように騒がしい御方だ。|風情《ふぜい》のかけらもない獣には交わす言葉など不要でしたかな?」
「ふっはっは、興ざめだのう」
「ええ、|真《まこと》に戦意を削ぐ雑音かと」
静かに火花をバチバチと散らすのは、うちの|師匠《パパ》とアーチヴォルト公爵だ。
先日、姫様のお茶会で言っていた軍事演習の日がやってきたので、私はアクアレイン公爵令嬢ことアクア様と見学に来ていた。
「マリアさん……フローズメイデン伯爵は本当にアーチヴォルト公爵と仲睦まじいので?」
「アクア様。どうかご心配なさらず。ああ見えて殿方というのは、競いがいがあると心の底で笑っておられるのです」
「さ、さようですか」
「はい」
コソコソと耳打つアクア様だが、確かにあの2人が睨み合っていると周囲も委縮してしまう。うちの|師匠《パパ》も187cmと高身長だし身体も鍛え抜かれてはいるけど、アーチヴォルト公爵と比べたらだいぶ細身に見える。|師匠《パパ》のスラッとした体格に対し、公爵は196cmの獰猛な巨漢だ。
アレクサンダー・ライオ・ネル・アーチヴォルト。
『|猛き雷獣《アーチヴォルト》』の家紋を背負うアーチヴォルト公爵家の現当主。
御年42歳を超えるが、まるで衰えの見えない筋骨隆々な体躯はクマのようだ。かなりの威圧感をまとっており、熟練さとパワーを兼ね備えた正真正銘の武闘派貴族だ。
大の男が向き合って、こうも大人気なく張り合うのは少しだけ笑えてしまう。
アーチヴォルト公爵の普段は決してあのような子供じみた性格ではない。むしろ、とても思慮深く懐の大きな御方だ。
女勇者時代はよく相談に乗ってくれたし、私に貴族のアレコレや勢力バランスなどを親切に教えてくれた。
ただ、好きなコトには人一倍に愛を注ぎ夢中になってしまう御方で、特に剣術や鍵魔法に対して並々ならぬ熱意を見せ、時に子供のようにはしゃいだりしてたっけ。
そこがまたなんとも愛嬌があって私は好きだった。
「おや、此度は若き可憐な二連星が咲いておるでないか」
アーチヴォルト公爵が|師匠《パパ》の後ろに控えている私たちを見て、豪快な笑顔を向ける。
「お久しぶりです、アーチヴォルト公爵閣下。本日は私の友人と軍略の勉学に励みたく、僭越ながら誉れ高きアーチヴォルト騎士団と我らがフローズメイデン騎士団の演習をこの目で見たいと父に願い出ました」
「ご無沙汰しております。アーチヴォルト公爵閣下。恐れ多くも女の身で、このような聖域に足を運ぶことをお許しくださいませ」
「ほう、マリア嬢にアクア嬢が軍略学を? これは面白いではないか」
アーチヴォルト公爵は私とアクア様を値踏みするようにねめつける。
アクア様がヒクッと喉を鳴らすのが聞こえた。
ここで彼のペースに呑まれては『子女が|戦場《いくさば》を見学などと笑わせるな』と一蹴されてしまう。胆力と覚悟を見せるべきだ。
「失礼ながら公爵様。女の身であれど、砥がれた刃の切れ味が殿方のそれに劣るとは思えません。私たちは、何も遊び半分でこの場にいるのではございません。いついかなるときも我らが愛する者に尽くすため……この身の刃を研いでいるのです」
「その刃で何が切れる?」
乗って来たぞ。
あとはアーチヴォルト公爵が好みそうな台詞を吐けばいい。
「ご覧になりますか?」
その場で、ドレスの下に隠したショートソードを抜き放ち構えて見せる。
私の明らかな挑発行為と無礼な所業に、アクア様は顔面が真っ青になっていた。しかし肝心のアーチヴォルト公爵は、それはそれは興味深そうに私を見つめている。多分、私が流れるように│氷剣《フローズ》流の構えを取ったからだろう。
「ほう……よもやフローズメイデン伯爵が娘の育て方を|違《たが》えるとはな……それとも|彼《か》の血筋だからこそ血迷ったか?」
「公爵様。この剣は|縁《えにし》すら切れますわ。それ以上、父と私への侮辱は許しません」
「はっ、挑発的な態度をとっておきながらよく言う。スタン!」
ここで雄々しい茶髪の美男が前に出る。
ようやく私たちが狙っていた————アクア様の|想い人《えもの》の登場だ。
「この小さなご令嬢に剣とは何たるか、その大きさを教えて差し上げろ。フローズメイデン伯爵、異論はないな?」
「我が娘がアーチヴォルト公爵のご長男に劣るとは思えませんので、如何様にでも」
「はっ、これはますます面白い。どれ、マリア嬢。万が一でも我が息子といい勝負ができたなら、先程の無礼を不問とする」
「軍事演習の見学もお許しくださいますか?」
「はっはっは。満足のいく戦いだったらのう」
こうして軍事演習の前座として、私とスタンの立ち合いが決まった。
アーチヴォルト騎士団とフローズメイデン騎士団の面々は何事かと、私たちの動向を見守っていたが、彼らの表情はひどく対照的だった。
アーチヴォルト騎士団は『いくらフローズメイデン伯爵のご息女であろうと、でしゃばりすぎだろ』と否定的な空気を醸し出している。
『これだからワガママお嬢様の気まぐれには困る』
『剣の道をなめているのか?』
『スタン様にお灸をすえていただくといいさ』
『おいたがすぎるご令嬢には│躾《しつけ》が必要なのかもなあ』
と、こちらに聞こえる声量でヘラヘラと|嗤《わら》う者までいる。
そしてフローズメイデン騎士団のみんなといえば————
ただただ静かに|厳《いか》めしい表情で私を見つめていた。
みなの熱い眼差しから『我等らが頂く青薔薇の継承者が、必ず勝利すると信じている』といった気迫が伝わってきた。
その空気感を肌で感じ取ったアーチヴォルト公爵は『ほう……』と一言こぼす。
【|凍てつく青薔薇《フローズメイデン》】の名を|冠《かん》す者として、無様な試合はできなそうだ。
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