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「私は御堂さんです」
「あら、やっぱり専務でしょ」
なんの話だ、とこぼれ落ちんばかりのたまごが入ったたまごサンドを手にのぞみは固まっていた。
「お昼、外行かない?」
と先輩秘書、永井万美子に素敵に微笑みかけられ、つい、フラッとついてきてしまったのだが――。
駐車場で、他の部署の子たちと乗り合わせ、サンドイッチが美味しいという店にみんなで行った。
同期の中径鹿子も一緒だった。
人数が多かったので、角の個室に通されたのをいいことに、みんな、職場の男性陣には聞かせられないような話を好き勝手に始める。
万美子の同期だという白山純子が、
「えーっ? 専務ー?
いくらイケメンでも、あんなお金持ち、めんどくさそうよ、家が」
と言い、すっかり馴染んで話に入り込んでいる鹿子が、
「そこそこのおうちがいいですよねー」
と身を乗り出し、言っていた。
「お金はある程度、自由になって。
あんまり実家がうるさくないとこがいいですー」
うーむ。
そんな都合のいい家あるだろうかな、と量が多すぎて食べきれない、たまごサンドを手にしたまま、のぞみは思う。
「顔だけなら、ぶっちぎりで専務なんだけどねー」
と誰かが言うと、
「そうかなー。
営業の里山さんとか、あと、やっぱ、御堂さんもいいと思うけどなー」
「私はミチガミハウジングの更科さんがいいかなー」
と万美子が言うと、他の子が、
「あっ、この間、コンパ行ったんですよね?
ミチガミハウジングの人たちと。
どうでしたっ?」
と身を乗り出す。
なんだろう。
もともと、あんまりコンパとかには、積極的ではなかったのだが。
ますます興味がわかなくなったな、とのぞみは思っていた。
もう勝手に嫁入り先が決まってしまったせいかもしれないが。
純子が、
「ちょっとっ。
いつの間に行ったのよ、それっ。
聞いてないわよっ、このイケメンハンターがっ」
と万美子を罵る。
万美子は、ほほほほ、と勝ち誇ったように笑っていた。
イケメンハンターって……。
永井さん、職場とキャラ違うんですけど。
職場では、上品でできる秘書な万美子だが。
外では、女豹とあだ名がついていて、狙ったイケメンは逃さない、ということだった。
ってことは、専務は狙われなかったってことだな、とちょっとホッとする。
こんな色っぽい美人に言い寄られたら、誰だって、フラフラッといってしまうに違いない。
そんなことを考えていたら、誰かが、
「永井さん、御堂さんと同期なんですよね?
紹介してくださいよー」
と言い出した。
だが、万美子は、
「ええーっ?
いやよ、あいつにそんな話すんの。
知ってた?
あいつ、昔、うちのおねえちゃんと付き合ってたんだから」
と言う。
ええーっ? とみんなの声が一際大きくなったとこで、純子がのぞみに訊いてきた。
「あんたは誰が好みなの?
社内でよ」
のぞみは一瞬、つまったあとで、
「いやー、今、誰がいいとかないですねー」
と答えた。
「まだ日々、ビクビクしてるんで。
誰がイケメンかもよくかわらないくらい、緊張してるんですよ」
と言うと、
「最初はそんなもんかもねー」
とみんな笑っていた。
仕事が終わり、家に帰ったのぞみは、母、浅子が揚げたてアツアツのエビフライを出してくれたので、美味しくそれをいただいていた。
うーむ。
タルタルもいいし、レモンもいいが、醤油もいいな。
っていうか、奢るのは珈琲と聞いていたので、食べてしまったが、専務は食事をしていないのではなかろうか?
ついなんとなく食べてしまったが、いいのだろうかな、とのぞみが思っている間も、浅子は、
「ほれ」
と更に揚げたてエビフライを追加してくる。
じゅうじゅう言っているエビフライの誘惑には勝てずに、いいのだろうか……? と心の中で呟きながらも、醤油をかけて、かぶりつく。
美味しい。
専務に殴られてもいいから、もう一本、食べたい、と思ったとき、スマホが鳴った。
テーブルの上に置いていたそれを見ると、京平だった。
ひーっ。
すみませんっ、専務っ。
私、今、エビフライ食べましたっ、と殴られてもいいと思ったくせに、謝りながら取ると、京平は、
『今終わった。
迎えに行く』
と言ってくる。
「ええっ。
そんな申し訳ないっ」
と叫びながら立ち上がると、浅子がキッチンからこちらを見た。
『お前の話から推察して、住所はだいたい、当たりをつけてあるんだが』
と言って京平が告げたその住所は、ほぼ近所まで迫り来ていた。
ひー。
専務、おそるべしっ。
近所で買い物したときの話をチラッとしただけなのにっ。
店名も出していないのにっ。
店の並びの感じから、それが何処のショッピング街か当たりをつけたようだった。
こーわーすーぎーるーっ。
『出られそうか?』
と問われ、のぞみは、チラと浅子を窺う。
浅子も、チラとこちらを見ていた。
なにかの気配を察知しているらしい。
親子のアイコンタクトというより、スパイが探り合っているような感じだった。
「誰かいらっしゃるの?」
と浅子が先手を打って訊いてくる。
そう思ったせいか、
『先手、2六歩』
という将棋番組の音声が何故かのぞみの頭に蘇った。
相当、動揺しているようだと自分で思った。
「せん……
職場の人がちょっと。
今から出られるかって」
とスマホの送話口を押さえて言おうとするが、電話機でないので、何処を押さえていいのかわからない。
なんとなく、手のひらで全体的に押さえ込んでしまう。
そんな怪しい動きを見た浅子は、ふーん、という顔をし、
「今から車で出るの?」
と訊いてきた。
「いや、迎えに来てくれるらしいよ」
……この言い方だと、なんかもう、相手が男の人だと告白した感じだな、とのぞみは思う。
先手も後手もないな。
この状況は将棋ではない。
一方的に向こうばかり手を打ってきている感じだっ!
「あら……じゃあ、ご挨拶しなければね」
となにか含みがあるように、浅子が言ったそのとき、スマホから、
『今、目の前に、坂下という家があるんだが、此処か?
番地は……』
と京平の声が聞こえてきた。
どうやら、スピーカーで話しながら、運転してきていたらしい。
貴方、行動早すぎですよっ、とのぞみは思う。
この辺りに坂下は一軒しかないし、外からエンジン音が聞こえてくるので、京平の居る場所に間違いはないだろう。
音の聞こえる車でよかった、なんとなく、とのぞみは思った。
最近の電気自動車とかハイブリッドとかで、音もなく、ピンポンとか来られたら、怖すぎる。
いや、どのみち、心構えなぞ出来てはいないのだが、と思ったとき、相変わらず行動の早すぎる京平は、
『チャイム鳴らすぞ』
と言いながら、もう、ピンポンと押していた。
「はーい」
と浅子が先に出てしまう。
慌てて、のぞみも追いかけた。
浅子は急いで鍵を開けたようだったが、ドアが開いた瞬間、フリーズしていた。
京平が浅子に言う。
「お久しぶりです、坂下のお母さんですよね?
三年C組で担任だった槙です」
いや、家庭訪問か……と思いながら、のぞみも固まっていた。
そうだ。
面識あるよな、元担任だもんなー、と今更ながらに思う。
元担任のいきなりの登場に、さすがの浅子もまだ状況についていけてないようだった。