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#へたくそだけど許して
結月
23
#元カレ
まぁ
30,752
テーブルの上に料理が出揃ったところに、タイミングよく父がやって来た。
リビングで柚乃と話をしていた戸崎はすっくと立ち上がり、九十度に近い角度のお辞儀で父に挨拶する。
「は、初めまして。戸崎と申します。本日は、夕食にお誘いいただきありがとうございます」
戸崎の固い挨拶に、父もまた緊張した面持ちで返す。
「あ、いや。わざわざ来ていただいて、こちらこそ、ありがとうざいます」
「いえ、そんな……」
次の言葉を探してでもいるように、互いに困ったような顔をしている二人の間で、柚乃がぷっと吹き出す。
「二人とも、そんなに固くならなくたっていいのに。お父さん、こちらは戸崎さん。私と同じ神澤大に通う四年生で、私の彼氏さんです。そして、戸崎さん。こちらはうちの父です。見た目はちょっと怖いかもだけど、本当は優しいから安心してね」
「柚乃。お父さんの見た目、そんなに怖いか?」
「黙ってるとちょっとね」
父は苦笑しながら頭をかく。
「そうか。分かった。気をつけるようにするよ」
「皆、そろそろこっちに来てくれる?」
リビングでの会話をしっかりと聞いていたらしい母が、くすくすと笑いながら三人に呼び掛けた。
柚乃と父の会話にどう反応すべきか迷うように、曖昧な笑みを浮かべていた戸崎だったが、母の声を聞いてほっとしたように頬を緩めた。
「戸崎さん、お父さん、行こ」
「そうだな。さ、戸崎君、向こうにどうぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
父に促された戸崎は恐縮した様子で、柚乃の後に続いてダイニングにやって来た。
テーブルには、柚乃と戸崎、母と父がそれぞれ並び、私は柚乃側の一辺に用意したスツールに腰かけた。
インターホンが鳴ったのは、食事を始めて間もなくのことだった。
「宅配かしら?」
母が不思議そうに言いながら席を立とうとした。
それを止めて私はモニターを確認しに行った。そこに映っていたのは碧斗だった。
「詩乃、誰なの?」
「碧斗」
「碧斗君?今日はどんな用かしら?」
「私、行ってくるね」
私は早速玄関に向かった。
母と用意したせっかくの食事だが、私自身は一口、二口食べ物を口に運んだだけで、もうお腹がいっぱいだった。あの状況の中ではさすがに食が進まない。だから、碧斗の訪問は、ひとまずこの場を離れるためのいい口実だった。
ドアを開けて顔をのぞかせた私を見て、碧斗は小さく手を挙げる。
「よぉ。急に悪い。……もしかして、食事中だった?」
私は苦笑する。碧斗が急に訪ねて来ることは、珍しくもなんともない。
「まぁね。それで、今日はどうしたの?」
「実は、柚乃から辞書を借りたいと思ってさ」
「辞書?」
首を傾げる私に、碧斗は決まり悪そうに笑う。
「うん。仏語の辞書を借りたいんだ。実は、明日まで提出しなきゃなんない課題があることを、すっかり忘れててさ。この前、友達に貸したままになってて、手元にないんだよ。その友達、隣県から電車で通ってる奴だから、これから返してもらいに行くっていう訳にもいかないし、このためだけにわざわざ買うってのもちょっとね。それで、確か柚乃も仏語の授業を選択しているはずだから、来てみたんだけど。……もしかして、お客さんが来てるのか?」
碧斗は、玄関の端の方に揃えてあった男もののスニーカーに視線を移した。
彼には特に隠す必要はないだろうと考え、私は話す。
「戸崎さんが来ているの。それで、皆で夕飯食べてたところなんだ」
「戸崎さん?どうして?」
怪訝な顔をしているところを見ると、碧斗は柚乃から何も聞いていないのだろう。
私から話していいものか迷ったが、どのみちすぐにも分かることだからと思い直す。
「柚乃と戸崎さん、付き合ってるのよ」
碧斗は驚き、目を大きく見開いた。
「えっ、そうなのか?」
「うん。それで、まぁ、半ばお母さんが強引に話を決めた感じで、今日戸崎さんをうちに招いて、皆で食事するっていうことになったの」
「へぇ、それはそれは……」
時折表に出る母の強引さを思い出したのか、碧斗は苦笑した。
「さぞかし戸崎さんは緊張してるだろうな」
戸崎に同情するようなことを言ってから、碧斗はふっと真顔になり私をじっと見つめた。
物問いたげにも見える彼の表情が気になって、私は碧斗を見つめ返す。
「何?」
碧斗は微笑みながら私から視線を外す。
「あぁ、いや、なんでもない」
「そう?」
碧斗の様子を訝しんで首を傾げた後、そう言えばと、彼がやって来た用事を思い出す。
「仏語の辞書なら、私も持ってるよ。私の、貸そうか。来週の水曜日まで返してもらえればいいし」
「俺はどっちでもいいよ。助かる」
「じゃあ、今、持って来るね」
辞書を取りに二階へ行こうと思った時、母がダイニングから顔を出した。玄関までやって来て碧斗に声をかける。
「碧斗君、こんばんは。ね、上がって行かない?今、みんなで食事してたところなのよ」
「こんばんわ、おばさん。お客さんが来てるんでしょ?俺は用が済んだら、邪魔にならないようにすぐに帰るよ」
「あら、邪魔だなんて、そんなことないわよ。あぁ、でも、お母さんがご飯を用意して待ってるのよね」
「あぁ、いや、その……。実は、今夜は俺一人なんだ」
「お母さん、いないの?」
「うん。大学時代の仲間と飲み会だってさ」
「そうなのね。それじゃあ、碧斗君の晩御飯は?」
「適当に買って食べるつもり」
「なんだ。そういうことなら、うちで食べて行きなさい。実は張り切りすぎで、お料理、たくさん作ったのよ。だから、一人増えたくらい、全然問題ないわ」
「いや、だけど、俺、帰って課題をやんないといけないから……」
「だからと言って、何も食べないわけじゃないでしょ?自分の家に帰って食べるのも、ここで食べて行くのも、変わりないじゃないの。むしろ、うちで食べて行った方が楽でしょ?」
「それは、まぁそうなんだけど……」
私は二人の会話を黙って聞いていたが、次第に、落ち着かない食事の場も、碧斗がいてくれたら何とかやり過ごせるのではないかと思い始めた。
「碧斗、一緒にご飯、食べよう。今日はお母さん、いつも以上に頑張って色々作ったのよ。作りすぎて、下手をしたら残っちゃうかもっていうくらいの量なの。少しくらい、時間、大丈夫よね?」
「そうだなぁ……」
碧斗は私と母の顔を交互に見て、それなら、と頷く。
「決まりね。じゃあ、早く上がって。辞書は帰る時に渡すね」
「あぁ、頼む」
こうして、碧斗も急遽、我が家の食事の席につくことになった。
とは言え、ダイニングテーブルの上は、すでに料理の皿やグラスでいっぱいだったから、リビングのテーブルに碧斗の分の料理を並べることにした。そして、そこに碧斗一人は寂しいだろうからと、私もリビングに移動しようと考える。
柚乃からは、場所を開ければ碧斗も座れるからと声をかけられた。けれど適当な理由を言って、やんわりと断った。
「あら、それならお母さんとお父さんがそっちに行くわよ」
私は笑って母の申し出をさらりとかわす。
「大丈夫だよ」
そこに碧斗が口を挟む。
「俺のことは気にしないでいいよ。そんな、長居するつもりもないからさ」
「でもねぇ……」
母と姉はすまなそうな顔で碧斗を見た。
碧斗はにっと笑って続ける。
「それにほら、俺は割と頻繁に飯をご馳走になってるわけで、今日はお客さんの戸崎さんのおもてなしに集中してよ。って、邪魔するみたいになった俺が言うことじゃないけど」
「邪魔なんかじゃないってば」
私だけでなく、母と姉までもが口を揃えた。
それが照れ臭かったのか、碧斗はおどけた口調で言う。
「それはどうも」
そこでようやくこの話は終わったらしい。そのことにほっとして、私は碧斗に訊ねる。
「ビール飲む?」
「いや、お茶がいい」
「分かった。お茶ね」
私はキッチンに立って行き、お茶で満たしたグラスと碧斗の分の料理をトレイに乗せて、リビングに戻った。碧斗の隣に腰を下ろし、早速彼に料理を勧める。
「さ、碧斗、食べて食べて」
「あ、あぁ。じゃあ、いただきます」
碧斗は私に勧められるがまま、料理に箸を伸ばした。
「うん、うまい」
美味しそうに食事を進める碧斗に、味はどうか、だとか、これはこういう料理なのだ、だとか、私は何かと話しかけた。いつも以上に口数が多かったのは、柚乃と戸崎に意識が行ってしまわないようにと、小さな悲しい努力をしていたからだ。
碧斗にしてみたら、きっと煩わしかったと思う。けれど彼は、一度も嫌な顔を見せることはなかった。
コメント
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なんかせつなすぎますね。