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「わたくし、こういうものでして」
「ご丁寧に。 お、町長の……、ウエマツさん?」
お決まりの所作で先方が差し出した名刺には、ポップなキャラクターの印刷と共に、そうした肩書きが小さな文字で記されていた。
この絶妙にフランクな具合というか、馴れ馴れしさを感じさせる一歩手前でハキハキと物を言う態度は、なるほどそういう職業柄によるものかと、葛葉は巧まずして得心した。
それにしても、町長みずからのお出ましとは、いったいどのような用件だろう。
町の大々的なイベントに際し、挨拶まわりで訪れたのか。
もっぱら外部の客が利用する宿泊施設となると、PRにはもってこいだ。
ともかく空いている席をすすめ、詳細を問うことにする。
「お楽しみ頂けてますか?」
機先を制した先方は、相変わらずにこやかな表情で一同の様子を見比べた。
彼の立場からすると、これも立派な職責の一環だろう。 わが町の評判が何はともあれ気に掛かる。
「それで、ご用件は?」
わずかに舌を捩(よじ)らせた葛葉は、先頃からしきりにガンを垂れる相棒の頭を押さえつつ、改めて用向きのほどを訊いた。
「えぇ、じつはお願いがございまして」
「ほぉ……?」
直(ただ)ちに応じた町長は、一転して言葉を選ぶような顔つきをとった。
“おや?”と思う。 単なる挨拶ではなかったか、そうすると何だろう。
状況から推して、なにか催しに参加してくれ とでも言い出すのだろうか。
こうしたイベント事に飛び入り参加は付きものだ。
主催者側は人数合わせや広告活動を果たせるし、参加者は良い思い出づくりに繋がる。 双方にとって損はない。
そのように質したところ、町長は瞬く間に表情を輝かせた。
呑み込みが早くて助かると言いたげだが、どうにも引っ掛かる。
「こちらをご覧ください」
「はぁ……」
机上にサッと示されたプリント用紙には、まずは目を引く表題が平滑な英字で記されていた。
その下部には、恐らく日時等の詳細と思しきものが、こちらも柔軟に躍っている。
「これは……」
「ふんふん? お困りだね?」
あぐねた末、葛葉は傍(かたわ)らへ助けを求めた。
果たして、そこには人畜無害な表情のリースがおとなしく掛けている。
ひとまず焼き鳥から手を離し、用紙に目を通した彼女は、途端に快闊な声を放った。
「大会だって! 格闘技の!」
それを経て、葛葉の然無顔(しかながお)はいよいよとなった。
「オメー、読めるんじゃねえのか? 横文字は」
「ん、リスニングだけ。 それよりさ」
こちらは人並みの猫舌を露呈した虎石が、紙コップをゆっくりと傾けている。
これに感(かま)けず顎をしゃくって投じたところ、町長は居住まいを正して子細を述べた。
「この町の寓話はご存知で?」
「知ってますよ。 昔ギャングがどうのって」
「根も葉もない噂話ではありますが、武芸に関する旨は……、これはもう伝統的なものでして」
おカタい町の有り様を揶揄する目的か。 誰かがおもしろ半分に流した噂がどんどんと脚色され、今にいたると。
「尾ヒレだね」
「それな」
「は?」
「や、こっちの話。 苦労するね、そちらさんも」
独り歩きを始めた噂話は、もはやナマ物と大差なく、刈り取ろうと思ってもそう易々と運ぶものではない。
「けど、それなりにPRにはなったんじゃないです? あんなにぶっ飛んだ話」
「いえ、そうですね。 こんなご時世じゃなければ」
「まぁ、そっか」
そこでイメージアップの方法として講じられたのが、町の伝統的な慣習によるところの、格闘技大会であると。
ちょうど、毒をもって毒を制する手法に似つかわしいが、いささか毒気が強すぎる嫌いがある。
それもまた、先方の言葉を借りれば“こんなご時世だから”という埒(らち)もない結論に行き着くのだろうか。
開催日は毎年 祭りの二日目と決まっており、各地から選りすぐりのゴロツキども、もとい腕に覚えのある荒くれ者が集まってくるのだという。
「しかし今年は……」
わずかに意気を損なった町長は、躊躇(ためら)いがちにこちらの顔色を窺(うかが)った。
その胸中で何を思うのか、ともかくそんな目で見られる筋合いはない。
不審に思っていると、先方の口からどうやらそれらしい回答があった。
「今年の大会には、“御遣”の者が出場するようで」
これを受け、葛葉 並びに虎石の表情が俄かに凍りついた。