テラーノベル
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「まぁ残念だったけど、花火は来年も再来年もずーっとあるじゃん。
今年はまぁ、あいつに澪のとなりを譲ってやるよ。
あいつ、次の花火は見れないんだし」
明るく言われ、麦茶のグラスを持つ手がこわばった。
(……ほんとだ)
言われて初めて、私の中で「レイがいなくなる」ということが現実味を帯びた。
なんで忘れていたんだろう。
レイは旅行者で、来年の花火どころか秋にはいない。
そんなこと、初めからわかっていたのに。
「……澪? どうかした?」
汗のかいたグラスから、私の膝に水滴がひとつ落ちた。
「あ、いや……。なんでもないよ」
私は長いこと麦茶を見つめていたらしい。
慌てて笑顔を作り、残った麦茶を飲み干す。
そんな私を、拓海くんはしばらくの間じっと見ていた。
「……なぁ澪。ずっと気になってたんだけど……。
前に言ってた、映画を一緒に観に行った相手って……あいつ?」
「えっ?」
驚いて拓海くんを見れば、彼の表情からいつのまにか笑みが消えていた。
「え……違うよ、違う!」
「本当に?」
「本当だよ!」
すぐに否定したのに、拓海くんは真偽を確かめるような目を向けたままだ。
どうしてそう思ったのかわからないけど、映画に出かけたのは佐藤くんとで、レイじゃない。
「……やっぱそうだよな」
かなり時間を置いて、拓海くんは自嘲気味に呟いた。
ほっとしたと同時に、なぜか拓海くんが遠い人のように感じてしまう。
「……もう、そんなこと聞く拓海くんのほうはどうなの?
大阪で好きな人か、彼女とかいたりする?」
場の空気を変えたくて、わざとふざけたように言った。
月の明るい空を仰いでいた拓海くんは、驚いたように私を見る。
「あ……いや……!
拓海くんとそういった話ってしたことなかったから、どうなのかなと思っただけだよ!」
なんともいえない表情をされ、私は慌てて言った。
「……そういった話をしなかったのは、澪は恋愛に興味ないと思ってたからだよ」
「そ、そうだったんだ」
良哉くんと拓海くんと遊んでばかりいたからか、確かに佐藤くんを好きになるまで男の子にあまり興味がなかった。
「なぁ澪。
澪は俺に彼女ができてもいいの?」
「え?」
「俺がだれかと付き合っても、なんとも思わねぇ?」
「そ、そりゃ寂しいよ。けど……」
聞いておいてなんだけど、拓海くんに彼女ができたらなんて考えたことがなかったから、それ以上は言葉に詰まる。
「俺は澪が振られたって聞いて、かなりショックだったよ。
好きなやつがいたことも、そいつに好きって言ったこともショックだった。
だけど……俺は澪に彼氏ができるほうが嫌だし、考えただけでムカつく」
「え……」
返事を求められたわけじゃないけど、どう返事していいかわからない。
その時、真上でがらっと窓があく音がした。
『ミオ、タクミ。
ふたりとも、声が大きいよ。
さっきから丸聞こえなんだけど』
降ってきたレイの声に、私と拓海くんは反射的に顔をあげた。
同時にすぐ真上が彼の部屋だったことに気付く。
『……んだよ。
黙って聞き流せよ、あんた日本語わかんないだろ』
『そのつもりだったんだけど、アミドから話し声が入ってくるから、気になって』
レイの声は近いから、網戸をあけて顔を出しているのかもしれない。
『あぁ、そうかよ。そりゃ悪かったな』
苛立ったように言い、拓海くんは立ち上がった。
短い息をつき、どうしていいかわからず座ったままの私を見下ろす。
「……澪。さっき言ったこと、マジだから。
ずっと前から、澪のことが好きなんだよ」
それだけ言い残し、拓海くんは六畳間を横切った。
(え……)
目を開いた私は、数秒固まる。
そのあと勢いよく振り返れば、拓海くんの姿はもうなかった。
私は宙を見つめたまま動けない。
(え……今、なんて……)
……好き?
拓海くんが私のことを、ずっと前から?
言われた言葉がぐるぐる頭をまわり、考えることを止めてしまう。
放心したまま視線を前に戻せば、庭先のツユクサが風に揺れた。
それから少しして、頭上で網戸がしまる音がした。
(今の……聞かれたのかな)
ぼやけた頭でそんなことを思うけれど、たとえ聞かれたとしても、レイに意味はわからない。
揺れるツユクサを見つめていた私は、やがてサンダルをはいて庭に降りた。
頭の中になにも浮かばない。
だけど、こうして2階を見上げてしまうのはなぜだろう。
網戸越しに見えるのは、小さな豆電球の明かり。
私はぼやけたオレンジ色を見つめたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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