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逃げられたって、自由だって……まさか。
「離婚、したんですか?」
恐る恐る聞くと藤原雪斗はあっさり頷いた。
「何で……」
思いもしなかった事実に混乱してしまう。
だって、どうして藤原雪斗みたいな完璧な男が……女性関係の乱れが原因?
「いろいろ有ったんだよ。とにかく突然振られてショックなお前の気持ちは多少は分かるから」
「……」
「ここは会社からも近いし今日はもう休め」
労りの籠もった言葉。湊よりずっと私の事を思いやってくれている……そう感じる優しい声だった。
「ここは終電逃した時に使うホテルなんだ」
藤原雪斗はそう言いながら受付のカウンターに向かう。
「だから手際が良かったんですか」
「そう。慣れてるからな、結構落ち着く部屋だし、オススメ」
「オススメって……」
私を元気付けようとしてくれてるのか、藤原雪斗の口調はいつもよりずっと軽い。
「じゃあ俺は帰るから」
チェックインを済ますと、藤原雪斗はそう言った。
「……帰っちゃうんですか?」
つい口からそんな言葉が出てしまった。
「……一人になりたいんだろ?」
そうだったけど。
でも今はもう少し藤原雪斗と話したい気持ちになっていた。
「話が有るって言ってましたけど」
信じられないことに、私、藤原雪斗を引き止めている。
「ああ、さっきの水原って女に関してでちょっとな……でもやっぱ秋野が落ち着いてからにする」
湊の彼女について?
「い、今聞かせて下さい!」
感傷的な気落ちとは別に、藤原雪斗と今すぐ話したくなった。
ホテルの高層階のラウンジ。
煌びやかな夜景が広がる窓際の席に、藤原雪斗と向き合った。
お酒なんて気分じゃ無かったけど、一応注文をしてか藤原雪斗に身を乗り出すようにして尋ねる。
「彼女の事、何か知ってるんですか?」
藤原雪斗と彼女は知り合いだった。
どういう関係か気になるし、私に話したい事ってのも気になる。
藤原雪斗は少し目を細めて私を見つめた。
「あの水原奈緒って女は、保険の外交員だ」
「……湊も保険会社勤務なんです。高友生命……彼女は同僚なのかもしれない」
「ああ、そうかもな。彼女は高友生命って言ってたからな」
「藤原さんは彼女の薦める保険に入ったんですか?」
「いや入ってない。けど何度か勧誘された」
「そうなんですか……」
藤原雪斗はとにかく目立つから、保険に入らなかったけど、印象に残ったのかもしれない。
そんなことを考えていると、藤原雪斗は眉をひそめながら言った。
「彼女はうちの会社に出入りしてる」
「……え?」
「秋野は気付いて無かったみたいだけど、週に何回か来て営業してるよ」
「嘘……」
彼女がうちの会社に出入りしてるなんて。
それじゃあ、これからも顔を合わす機会が有るって事?
「お前、昼は外食だろ? だから知らなかったかもしれないけど、彼女よく昼休みに社食に顔出してんだよ」
「……そうなんですか」
もう絶対に社食には行けないと思った。
湊を奪われ、あんな所を見られて……顔を合わせて普通でいられる自信が無い。
湊は彼女が私の会社に出入りしていること知ってたのかな?
知っていたとしたら何を考えていたんだろう。
それ以前に湊にとって私の存在って何なのだろう。
他に好きな人が居るのに、どうして一緒に暮らせていたんだろう。
湊の気持ちが分からない。
「担当を変えて貰う様に言うか?」
「えっ?」
顔を上げると、藤原雪斗の真剣な目と視線が重なった。
「うちの会社は別の担当者にして貰うように、適当な理由を付けて言うか?」
出来れば彼女に会いたくないから、そうして貰えれば助かる。
でも……湊が知ったらどう思うんだろう。
嫉妬に狂って彼女を追い出したと思うんじゃないかな?
私……こんな時まで湊からの評価を気にしてる。
馬鹿みたいだ。あんなに酷く切り捨てられたのに。
目の奥が痛くなる。胸も痛くて苦しい。
もう何度もこんな痛みを感じているのに、少しも慣れない。
「……今日一人で考えて明日ちゃんと話せよ」
「……」
ちゃんと話すなんて、出来るのかな?
湊の本当の気持ちが知りたい。
でも怖い。
別れの瞬間を迎えるのが、怖くて仕方なかった。
浅い眠りを繰り返して朝を迎えた。
熱いシャワーを浴びても鏡に映る顔は酷くて、溜め息が漏れた。
服も昨日のままだし……浮上出来ないまま、それでも会社に向かう。
営業部のオフィスに向かう途中、真壁さんに会った。
「おはようございます」
「秋野さん」
挨拶をしてすぐに通り過ぎようとしたのに、珍しく呼び止められた。
「はい」
立ち止まった私を真壁さんはじっと見つめてくる。
……何? 不審に思っていると真壁さんがすっと目を細める。
「昨日は直帰だったけど、藤原君と一緒だったのよね?」
「……はい」
「そう……」
真壁さんは冷たい目をして頷くと、それ以上は何も言わずに自分の席に戻って行った。
少し遅れて私も自分の席に着く。
同時に視線を感じて顔を上げると藤原雪斗と目が合った。
昨夜の感謝の気持ちを込めて軽く頭を下げる。
藤原雪斗は何か言いたそうにしながらも、私に近寄って来たり、何か言うことは無かった。
集中しきれない状態だったけど、何とか一日の仕事が終わった。
定時で早々に帰り支度をしてオフィスを出る。
これから湊と話し合いだと思うと緊張で苦しくなった。
昨夜帰らなかった事、湊はどう思ってるんだろう。
一件も着信は無かったけど、私が居ないことには気付いたはずだから。
マンションに帰り鍵を開け部屋に入る。
いつもなら直ぐに夕飯の支度だけど、今日はそんな気になれない。
何もする気になれずに湊の帰りを待つ。
長い時間が経ち、疲れ果てた頃湊は帰って来た。
「美月」
心臓がうるさいくらいドキドキと脈を刻む。
湊の言葉を息も出来ない想いで待つ。
「……昨日は帰れなくてごめん」
それが湊がはじめに口にした言葉だった。