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Doors好きな主
42
「1回だけ、心霊スポットを探し回ったことがある」
坂本がそう口にした詳しい時期までは覚えていないが、その話は今でも鮮明に残っている。
彼はもともと、肝試しを好まない人間だ。霊感が強すぎる坂本にとって、わざわざ怪異の起こりそうな場所へ出向く行為は、私達が考える以上に危険なのだろう。
これまで心霊スポットへ足を運んだ時も、先輩に無理やり連れていかれたり、その場の空気を壊したくなくて渋々参加したりと、必ず誰かに巻き込まれていたため、そんな彼の口から「探し回った」などと聞けば驚くのも当然だった。
「お前が自分から心霊スポットを探し回るなんて、珍しいな」
「でも結局、行けなかったんだよ」
「行けなかった? 途中で怖くなったとか?」
「違う。見つからなかったんだ、その場所が」
有名な心霊スポットなら、住所や写真がネットに残っている場合も多い。
しかし、知る人ぞ知る程度の場所になると、「○○のどこか」「△△の近く」といった曖昧な噂しか残っておらず、肝心の所在地がわからないことも珍しくない。
「何ていう場所?」
「『人形の館』って呼ばれてた」
その名前には、かすかに聞き覚えがあった。
「何か聞いたことあるかも……たぶん母親からだったかな」
「さすがオカルト好きだな。俺らの世代で知ってる人、ほとんどいないぞ」
「じゃあ、かなり昔の噂なのか?」
「そうみたいだ。ネットで調べてもほとんど出てこないのに、ある世代から上の人には知ってる人がいる」
「その世代が子どもの頃に流行った、ただの作り話じゃねーの?」
「俺も最初はそう思った。でも、噂を辿っていったら、実際に行ったことがある人に会えたんだよ」
「そこまで調べたのかよ。お前、その行動力をもっと別のところに使えよ」
呆れて突っ込む私を見て、愉快そうに笑う坂本。
どのような方法でそこまで辿り着いたのかは、結局教えてくれなかった。
ただ、噂を知る人から別の人を紹介してもらい、その話をさらに辿るようにして、出所を1人ずつ追っていったらしい。
最初に得られた共通点は、「××山のどこかにある」ということだけだった。
その共通点を頼りに、坂本自身も周辺を何度も探してみたものの、それらしい建物には辿り着けなかったらしい。
噂を知る年配者達に再度尋ねても、「聞いたことはある」「行こうとしたことはあるが見つからなかった」と、誰もが似たような答えを返したという。
そんな中、ようやく「知り合いが実際に行ったらしい」と話す人物に出会い、その紹介を通じて、1人の初老の男性へ辿り着いた。
ここでは、その男性をBさんとする。
「君くらいの歳の子が、人形の館を知ってるとはなぁ」
挨拶を終えるなり、Bさんは苦笑したという。
何十年も前の噂を辿り、見ず知らずの学生が自分のところまで訪ねてきたのだから、無理もない。
「私も若い頃は好奇心が強くてね。友人達と、人形の館を探し回ったことがあるんだよ」
Bさんらは肝試し半分で××山へ通い、日を変え、場所を変えながら何度も探索したらしい。
それでも手がかりらしいものは一向に見つからず、最初こそ面白がっていた仲間も、あまりの成果のなさに1人、また1人と来なくなっていった。
最後まで残ったのは、Bさんともう1人だけだったという。
「私達2人も、もう疲れ切っていてね。次で見つからなかったら諦めようって話してたんだ」
ところが最後の探索を予定していた当日、相方から急に都合が悪くなったという連絡が入った。
日を改めることも考えたそうだが、すでに探求心は底をつきかけていたため、延期すればそのまま二度と探しに行かないだろうという気がして、Bさんは1人で××山へ向かったそうだ。
「私ももう熱が冷めてたからね。1人だし、少し探したら帰ろうと思ってたよ」
「帰ろうと思っていた、ということは?」
坂本がそう尋ねると、Bさんは「揚げ足を取られたなあ」と笑いながら言った。
「その日はね、見つかったんだよ」
雨が降っていたわけでもなければ、濃い霧に包まれていたわけでもない。
これまで何度も探したはずの場所に、その建物は何の前触れもなく存在していたという。
「どんな場所だったんですか?」
自分ではどうしても辿り着けなかった場所だけに、坂本も身を乗り出したらしい。
「2階建てで、外壁はレンガ造りだった。洋館と言えば洋館だけど、遠目には普通の家だったよ」
ただ、近づいてみれば普通ではないことがすぐにわかった。
「玄関がないんだ」
「玄関が?」
「いや、玄関だけじゃない。勝手口も何もないんだよ。家の周りを何周しても、ドアというものが1つも見つからなかった」
「塞がれてたとか、後から壁で埋められてたとかじゃなく?」
「そういう跡すらない。最初から入口なんて作られてなかったみたいに、壁がずっと続いてるんだ」
人が住むための建物であるなら、出入りする場所が必要になる。
それなのに、そこに建つ2階建ての家には、外と中を繋ぐ入口が確かに存在しなかったという。
「窓はあったんですか?」
「あったよ。2階に出窓があってね」
Bさんが見上げると、その出窓の奥には何体もの人形が並んでいたという。
外を向いて整然と置かれた人形達は、高い場所から訪問者を見下ろしているように見えたらしい。
「動いたりしたんですか?」
「いや、そういうことは何もなかった。中に人影が見えたわけでもないし、音だってしない。ただ……長くいちゃいけないっていう感じだけが、どんどん強くなってきたんだ」
何かを視たわけでも、怪しい声を聴いたわけでもない。
それでも、そこに留まり続けることを身体が拒んでいるような感覚に耐えられなくなり、気がつけばBさんは来た道を駆け戻していたという。
「転んでも、すぐに起き上がってまた走ったよ。とにかくあそこから離れたかった」
無我夢中で山道を走り抜け、ようやく大通りへ出たところで、Bさんは初めて足を止めた。
しかし、そこへ辿り着くまでの記憶は妙に曖昧で、どの道をどう走ったのか思い出そうとしても、今なお輪郭が掴めないらしい。
「まるで、建物までの道を覚えさせないみたいですね」
「私も同じことを考えたよ。散々探しても見つからなかった場所が、ある日だけ突然現れて、帰る頃には道順まで曖昧になる。出来すぎてるだろう?」
さらに奇妙なことは、大通りへ戻ったあとに起きている。
ようやく気持ちが落ち着いてきた頃、Bさんは通行人から妙に見られていることに気づいた。
山道で何度か転んだため、服でも破れているのかと思い、自分の身体へ視線を落とした瞬間、周囲の人々が何を見ているのか理解したという。
「人形を抱いてたんだよ」
Bさんはそう言って、両手でその大きさを示した。
およそ50cmほどの、古びたフランス人形のようなものを、いつの間にか胸元へしっかり抱え込んでいたらしい。
「持って出た記憶は?」
「あるわけないよ。そもそも、入口がないんだから中にすら入ってない」
人形を手に取る機会などなかったはずなのに、その腕に静かに抱かれるフランス人形。
叫び声を上げ、思わずその場に放り投げたという。
そこまで話したBさんは乾いた笑いを浮かべたものの、その手は今も小刻みに震えていたそうだ。
やがて湯呑みに口をつけ、少しだけ喉を潤してから、静かな声で坂本へ告げた。
「ボケた老人の戯言だと思って、聞き流してくれないか?」
「どうしてです?」
「たぶん、もう誰もあそこには辿り着けない。それなら噂も、このまま消えていった方がいいと思うんだよ」
Bさんは視線を畳へ落とし、しばらく言葉を選ぶように黙り込んだ。
「私以外に、あそこへ行った人間がいるのかどうかはわからない。ただ、わざわざ探すような場所じゃない。時の流れに任せて、人形の館なんて噂ごと忘れられた方がいいんだ」
これ以上は聞いても無駄だと判断した坂本は、出されていた茶を飲み干して礼を述べると、そのまま立ち上がり、和室の障子戸へ手をかけた。
「俺は信じますよ」
廊下へ出る直前、お茶を飲もうとしていたBさんに背を向けたまま坂本が言う。
「えっ?」
驚いた声が背後から返ってきても、彼は振り返らなかった。
「だって、いるんですよね? その押し入れの奥に」
そう告げて障子戸を閉め、何事もなかったように廊下を歩き始める。
その直後、背後の和室から陶器の割れる乾いた音が聞こえてきた。
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