ー春千夜ー
『ねぇ、2月14日はバレンタインでしょ?だからさ、当日は休み取ってさ。それで前の日はホテルでディナーしてそのまま泊まろうよ』『それいいじゃん。そン時にさ、俺たちがプレゼントしたやつ着てきてよ』『えぇ…。それよりも、まず3人一緒に休み取れるかぁ?』『前もって言っておけば大丈夫でしょ!抗争になったら仕方ないけどさ』『そうそう。ホテルも前もって予約しておこうぜ。間近になったら空いてないだろうし、バレンタインだし』『なら~、前に春が泊まりたいって言ってたホテルのスウィートにしようか』『え!マジ!?あそこのスウィート泊まれんの!?』『今ならどの日にちも空いてるから予約取れるみたい。どうする?春』『春ちゃんも休み取って泊まりたいよねぇ?』『んぐっ。…….泊まりたい…デス』『よし!決まり!!』『んじゃあ当日はデートっぽく待ち合わせしよう?』『待ち合わせ?同じフロアに住んでるのにか?』『だからだよ。たまには待ち合わせしてデートしたいの!』『俺はいいけど兄ちゃんはどこで待ち合わせしたいの?』『ホテルの近くにイルミネーションで有名な参道あったよな。バレンタインになるとバレンタイン用のイルミネーションになるみたいだからそこがいいかな』『了解。春もそれでいいか?』『分かったよ。了解』『当日、チョコ期待してるからぁ♡』『あ、それは俺も♡』『……。気が向いたらな』
そんな会話をしたのが11月頃。それからお互い忙しくて連絡さえ取れずにいたが、あの日の約束はちゃんと覚えている。俺はNo.2として毎日朝から晩まで忙しくスクラップと商談に会合。ちゃんと休める時間はたったの3時間しかなく、オフの日も呼び出されれば行かないわけにもいかずで、本当に大変だった。蘭と竜胆も忙しくしているみたいで何か一つ大きな案件を抱えていると聞いていた。2人も休みなく働いているのだろう。ボロボロになってなきゃ良いが・・・。でも今日は3人であのホテルのスウィートに泊まるのだ。お腹を満たして、性欲も満たして、身体も休息出来れば良いなと思う。それにチョコも用意した。喜んでくれるだろうか。蘭から貰った服と竜胆から貰ったコートを着て待ち合わせの場所に約束の10分前に着いた。2人の事だ。どうせ時間ギリギリか、ちょっと遅れて来るのだろう。俺はベンチに座り待つ事にした。
1時間経った。2人はまだ来ない。メッセージを送ってみたが既読にはならず、まだ仕事が終わらないか、あるいは支度中か。とりあえずもう少し待ってみようと思い、寒さから悴む手を揉みながら待ってみたが、2時間経とうが3時間経とうが2人は来なかった。何回もメッセージや電話をしたが既読も出る事もなく、いい加減寒さも限界で座っていたベンチから立ち、少し歩けば見慣れた2人がいた。やっと来たと声を掛けようとしたが、2人の隣にスタイルの良い女がそれぞれの腕に腕を絡ませ寄り添い歩いている。顔を見ればどこかで見たことがある顔だった。笑い合う3人を見て思い出した。そうだ、あの女は2人の元カノだ。俺と同様、3人で付き合ってたっけ・・・。よりを戻したんだろうか。あんな風に優しく笑う2人を俺と一緒にいる間は見たことがない。ツキンッと痛む胸を押さえながら何も出来ず3人が通り過ぎるのをただ見ているしかなく持っていたチョコの入った包装袋がぐしゃりと音を立てひしゃげた。
あぁ、そっか。あの約束は冗談だったのか。俺だけが今日の日を楽しみしていたという事か。3時間も待ったり、貰った服とコートを着たり、ほしいと言われたからって真に受けてチョコレートなど用意したり、バカみたいだ。こんな滑稽な姿、2人に見られなくて良かった。
姿が見えなくなるまで動けなかった身体を何とか叱咤し、近くのゴミ箱へチョコを捨てると流れくる涙を拭いその場を離れた。帰る道中で九井に電話し仕事を回せと言えば出張しかないと言われ二つ返事で俺が行くと伝えれると、部屋に戻り、着替えやらをバッグに詰め、部屋を飛び出すように出張へ向かった。
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ー蘭ー
疲れた。ボスから厄介な案件を押し付けれ、竜胆と2人で色々と裏を取っていたら忘れていた名前が浮かび上がってきた。そいつは俺と竜胆の元カノで3人で以前付き合っていた。ま、付き合っていたと言ってもヤり目的が9割、見た目が良かったから付き合っていたくらいで気持ちなどその辺にいたセフレと変わらない。何せ今付き合っている恋人の方が顔も身体も極上だし、相性もバッチリなのだ。竜胆と3人で付き合っているが今までした事がなかった嫉妬というものを初めて知ったのは春千夜と付き合ってから。弟の竜胆相手にしてしまうくらいには好きだし、愛してる。それは竜胆も同じな様で俺が春千夜と2人でランチなど行きようものならズルいズルいと恋人の春千夜にギュウギュウ抱きつき頭を撫でてもらっている。あいつは竜胆には甘いから。てか俺も頭撫でられたい・・・。大事な弟とは言えやっぱり嫉妬はしてしまう。ま、兄だから。竜胆のようにギュウギュウに抱きついて”俺は嫉妬してる!ズルいズルい!”と素直に表現こそはしないが、春千夜には何だかお見通しの様で『蘭もおいで』と言われると胸がきゅーんってなる。今までこんな感情した事なかったのに・・・。春千夜といると色んな初めてがあるから本当にびっくりだし、毎日が楽しい。そんな愛しの恋人とは互いに忙しくてしばらく会えていない。今日も今日とてその元カノ(みたいな)から情報を引き出すためにめんどくせぇ我が儘をひきつる笑顔で聞き入れショッピングに散々付き合わされ荷物を持たされた・・・。クソみたいな最悪な1日を終え、チラリと竜胆を見れば顔に春千夜不足とデカデカ書いてある。その気持ちめっちゃ分かる。あの折れそうなほど細い腰やふんわり甘い匂いを堪能してギュウって抱きしめたい。抱きしめて癒されたい!!ホント何であんな女のご機嫌取りながらショッピングなんざ行かなきゃいけねぇんだよ・・・。ぜってぇ厄日だ。
いつもより疲労が溜まり、春千夜不足も比例して溜まりに溜まった状態でアジトに帰れば九井が目に隈を携えてパソコンに話し掛けている。大丈夫か、コイツ。今日聞き出せた情報を伝え、近くのソファーに座りタバコに火をつければ、鶴蝶も仕事が終わったのか眉間にシワを寄せながら中に入ってきた。
「おう!お疲れ~鶴蝶」「あぁ。2人もお疲れ。報告か?」「そうそう。もうホント無理ぃ。蘭ちゃん死んじゃう」「右に同じく。つーか、そろそろアイツ殺しちゃいそうだわ。すげぇムカつくし」「分かる~ぅ。アイツ昔から性格悪いって知ってたけど久々に会ったら一段と悪くなっててホント何で俺らアイツと付き合ってたんかな」「え、ノリでしょ?兄ちゃんが顔と身体は良いからムシ避けに使えるって言って付き合ったんじゃん」「そーだっけ?どーでも良すぎて覚えてねぇわ」
何て竜胆と話していたら鶴蝶が時計を見ながら話しかけてきた。
「それよりもお前らここでのんびりしてて大丈夫か?」「「ん?」」「いや、今日だろ?どっかのホテルに泊まるとか言ってなかったか?」「え…」
ホテル・・・?あれ、何か忘れてねぇか?
「あ”あ”あ”ぁぁぁぁ!!!!春!!!」
今までに見た事がない竜胆の焦る顔と雄叫びに数ヶ月ほど前の会話を思い出した。そして俺も今までに見た事がない青ざめた顔をしているのに違いない。
「に、兄ちゃん。今日だった。約束…今日…俺…あぁどうしよう…」
ケータイを見れば春からメッセージと着信、そして予約していたホテルからの着信もあった。あの女を相手している間、部下からの連絡が来たらウザいと思いサイレントにしていたから気が付かなかった。最後に連絡が来ていたのは2時間前だ。確か待ち合わせ場所は・・・。そうだ。俺たちは今日、約束していた待ち合わせ場所の近くを通っている。しかもあの女も一緒に。見られていたとしたら・・・。最っ悪だ。事情を知らない春千夜からすればこれはれっきとした浮気だと思われたに違いない。
春千夜・・・。
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ー竜胆ー
血のハロウィンで見かけた春千夜は黒いマスクをしていて顔の小ささから見えてる部分は目だけだった。東卍は女も入隊しているんだなと武藤の斜め後ろに立ち伍番隊副隊長であり特務隊という腕章をつけている事から自分の今の立ち位置に誇りをもっているんだろうなとその時は何気に思い、すぐさま抗争に目を向けたから興味などあまりなかった。けど、少しして天竺に春千夜が来たのは驚いた。あの時に感じたの武藤への忠誠よりも東卍に誇りの様なものが感じ取られていたからだ。相変わらず黒いマスクをつけていて赤い天竺の特攻服を身に付けている姿は案外似合っていた。ジッと見ていると視線に気づいたのかこちらを見つめる目は長い睫毛に縁取られた吸い込まれそうなほどのピーコックグリーン。太陽の下ではそれがキラキラとしていて素直にキレイだと思った。何も言わずしばらく見つめ合えば春千夜は小さく舌打ちをし視線を元に戻し武藤に何やら話し掛け始めた。今までのにこりと笑うイイコちゃんは演技だったのだろう。聞こえていないと思っているのか、バッチリこちらは聞こえた舌打ちに少しだけ俺だけが知る本性の一部みたいで嬉しくなったの良い思い出だ。それから何があったのか、天竺の時とは180度近く変わった春千夜に唖然とし、若干引いたは引いたのだが、話してみたらサバサバしている割には仲間に対しては情が厚かったり褒めると顔を紅くして照れるし、照れ隠しで罵声を放ったり、夜に空を見上げる顔が少し寂しそうだったりと知らない一面を垣間見る度に好きが倍増していくのを自分でも自覚していった。見た目の美しさは口元の傷など気にならないほどだし、見た目に反して性格の悪さも口の悪さもいつの間にか可愛いとさえ思えてくる始末。兄も春千夜の事をいつの間にか気に入ったらしく、2人で話し合い、春千夜を堕とそうと手を組んだ。そしてやっと付き合えたのが1年前。それなのに俺たちは今日何してた?大切で大事な恋人に俺らは何した?ホテルに誘ったのは俺たちだし、休みを取らせたのも俺たち。もちろん待ち合わせも場所も俺たちが決めた。なのに俺たちは・・・。兄ちゃんと俺で交互に電話とメッセージを送るが出る事も既読にもならない。
「春千夜…」
兄ちゃんと2人で春千夜の部屋に行き、ドアと叩くが反応がない。だから合鍵を使って中に入れば脱ぎ散らかされている俺のあげたコートと兄ちゃんがあげた上下の服。それに合わせたのであろうバッグやベルトも床に乱雑に置かれていていた。部屋の主は居らず、遠出する時にいつも使うスーツケースが失くなっている事に気付き、誰か知らないか聞けば九井から出張に行ったと聞かされた。場所を聞けばそれほど遠くない。俺と兄ちゃんはウンと頷き、車を走らせた。場所は分かる。梵天が贔屓しているホテルに泊まっているはずだからと、早く速くと思いながら加速させた。
コメント
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神作品過ぎて目から大洪水がッッッッ💥💥
最高でしたありがとうございますm(*_ _)m