「栗野《くりの》さんは……どうしてこんなに私に優しくしてくださるんですか?」
くりくりの二重まぶたのなか。ちょっぴり色素の薄い琥珀色の瞳がゆらゆらと自分を見上げてきて、実篤は思わず目の前の小柄な女の子を抱きしめたい衝動に駆られた。
(いや、マジ可愛すぎるじゃろ!)
知り合って間もないかなり年下の女の子だ。
いきなり抱き締めたりしたら、確実に怖がらせてしまう。
そもそもそんなことをしたら、さっきの不届な輩と同列になってしまうではないか。
そう思って、何とかその衝動を抑え込んだ実篤だったけれど。
この、ちっこくて子リスみたいな可愛い女の子を無条件に守ってやりたいと思ったのには、きっと彼女に一目惚れしてしまったから、以外に理由なんてない――。
***
グゥー。
重低音で鳴り響いたその音に、そう言えば忙しさにかまけて昼食を食べ損ねていたことをふと思い出した実篤だ。
時刻は14時を過ぎたところ。
(何もこのタイミングで鳴らんでも良かろ……)
などと後悔したところでもう遅い。
盛大に存在を主張した、実篤の腹の虫の悲痛な叫びは、彼のすぐ前。涙目で呆然と立ち尽くしていた、エプロンに三角巾姿の可愛らしい女の子の耳にもしっかり届いてしまったらしい。
三角巾の中に収めるためか、おでこを出すように整えられた髪質は、猫毛でふわふわ。
少しウェーブが掛かったオリーブグレージュのそれは、肩にはかからない程度のゆるふわボブ。
甘い綿菓子を彷彿とさせる、怯えた女の子の前で鳴らすには、余りにも不躾な音だと実篤は年甲斐もなくも照れる。何ともバツが悪いではないか。
ここは「大丈夫じゃった?」とか「もう心配いらんよ?」とか言って彼女の緊張を解く方が先なはずだったのに、これ。
(あー、マジで凄く恥ずかしいんじゃけど!)
実篤より20センチ以上背の低い彼女は、気まずそうに視線を逸らせた実篤の様子に気付いたと同時、スッと目に生気が戻ってきた。
そうしてすぐ眼前の実篤を見上げると、弾かれたように自分のそばにあった白い軽バンに向き直る。
大きくリアハッチが開かれたままの車に作り付けられた木製の棚から、寂しげにポツンと取り残されていたチョココロネを迷わず手にして実篤の目の前に戻って来てから、
「助けてくださって有難うございました! えっと……それで……もしよろしければっ」
チョココロネを持つ手が実篤の方へ突き出される。
「――き、きっとお忙しくされちょっちゃったんですよね?」
この辺の言葉で「お忙しくなさっていらしたんですよね?」という意味の敬語で言いながら、まだ涙の乾き切らないウルリと潤んだ瞳で実篤を見つめてくる。
「お腹、空いちょってなら是非」
今日は商工会主催の『岩国祭』の実行委員側として参加していた実篤は、分かりやすく商工会のロゴ入りの法被を羽織っていた。
ついでに言えば、先程騒動を収めるためにこの場に分け入った時にも「運営側の者だ」と告げて人混みをかき分けた。
彼女はそれら諸々を鑑みて、実篤に気を遣ってくれたらしい。
「の、残りもので申し訳ないんですけど。良かったら……えっと……食べられてんないですか?」
どうぞ、と再度前へと差し出された透明なビニールの中には、細長い巻き貝みたいなツヤツヤ小麦色のパン。その真ん中には、通常より暗めな色合いのチョコクリームがギッシリ詰まって見えた。
「――あ、じゃけどっ」
「もちろんお礼ですけぇお代は要りませんよ?」
そう小首を傾げられて、実篤は「どうしたものか」と弱ってしまう。
実篤、実は甘いものが余り得意ではない。
惣菜パンならまだしも、チョココロネと言えば甘い甘い菓子パンのレギュラー陣のような存在に思えた。
差し出されたパンを受け取るべきか否か寸の間躊躇して、中途半端に手を上げたまま挙動不審に彷徨わせた実篤の瞳が、眼前の女の子の視線とかち合った。
色素の薄い長いまつ毛が、先刻の涙でまだほんのちょっと濡れているように見える。
そのまつ毛に縁取られた大きなくりくりの目が嵌まるのは、クッキリと綺麗な二重まぶたの中。
赤みを帯びたオレンジにも感じられる、茶色い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えて、実篤は急いでチョココロネを受け取った。
「――?」
と、包みをもらい受けたにも関わらず、やけに大きな目でじっと見つめられ続けて、実篤は柄にもなくドギマギしてしまう。
(えっと……何なん、これ。どうすればええん?)
手の中のチョココロネと彼女を見比べたら、初めて小さく微笑まれて、実篤は彼女の意図をやっと理解した。
きっと彼女は感想を欲しがっている――。
「――い、いただきます」
言って、もらったばかりのチョココロネを袋から取り出して一思いに大きくガブリと齧り取ったら、目の前の彼女が期待に満ちた目で実篤を見つめてきて。
(ちょっ、マジでそんなに見られちょったら味、分からんのんじゃけど)
とか思った矢先、口の中に広がったほろ苦いチョコの風味に「ん?」と思う。
あれ? これ――。
「もしかしてビターチョコ?」
思わずつぶやいたら「へへっ。気付かれましたか? 大人のお味を目指した菓子パンシリーズですっ!」と胸を張られて。
ついでのように「運営さんは頭から派なんですね」と微笑まれた。
「頭から……え?」
自分が齧ったチョココロネを見下ろして疑問符満載の顔をした実篤に、「太い側を頭と仮定したら、の話なんですけど」と照れ臭そうに言われて、「実は私も頭から派なんですっ!」と親近感たっぷりの視線を注がれた。