「こんだけ言ったら普通の人間は少しくらい怒るか悲しむかして体のどこかが反応するんやけど、君はよっぽど隠すのが上手いのか? それとも傷つけられることに慣れすぎて気にもとまらないのか?」
「丸山社長は私が傷つくようなことはなにもおっしゃられていませんよ。すべて事実ですから」
そう言うと、丸山が不意に眉を寄せた。
「あんた不憫なやっちやなぁ。可哀想に。麗華さんは、会社は上手く育て上げたのに、子育ては大失敗やで」
同情されることもよくあることなので麗は深く頷いた。
「父がご迷惑をおかけいたしました」
頭を下げると、ため息をつかれた。
「ああ、いい、いい。儂が悪かったわ。自分の立場をちゃんと理解して、わきまえて生きてきたお嬢ちゃんに他人に反発させようと思う方が無茶やったわ」
「実はいつも父には反発しています。万年反抗期なんです」
言いながら、多分これは丸山が望んでいた返事ではないなと思った。
「それは君が従う誰かが、君の父親に反発しているからやろ? 君の意思やない」
従う誰か。勿論、姉のことである。
確かに、父に言いたいことを言えるようになったのは佐橋の家に引き取られてからだ。母と二人のころは不満はあれど、我慢していた。
しかしそれは、姉が父をボロカス言っているところを見て、我慢しなくて良いんだと気づいて姉を真似するようになったから、それだけである。
(あの人が嫌いなのはちゃんと私の意思)
「それで私を反発させてどうさせようとお考えだったのですか?」
口が達者な方ではない自覚がある麗は、話を変えることにした。
すると、一枚、見覚えのある駅ビルの資料を丸山が机に置いた。
「ここの賃貸契約、まだ更新前やけどそっちの都合で打ち切らせたかってん。きみんとこの店、採算全然とれてないのに一等地にあるから正直邪魔でなぁ。もっと集客できる店入れたいねん」
「社に持ち帰ってから検討させていただきます」
すかさず定型文を言うと、丸山は鼻で笑った。
「わかった。お嬢ちゃんにはいろいろゆうて悪かったわ。儂もな、実は妾の子や。まあ、昔の話やし、今の時代と違って金持ちにはお妾さんがいて当たり前の時代やってんけどな」
麗は口を挟まずに頷いた。
「それでもやっぱり色々言われることが多くてな。お嬢ちゃんくらいの年ごろには全てに反発して、絶対成功してやる。こいつら全員見返してやるって、思ってたわ」
「そうだったんですね」
丸山が何が言いたいのかわからない。だが、何か伝えようとしていることはわかった。
「お嬢ちゃんは儂と違って素直でいい子なんやろうなぁ。だから我慢して、我慢し続けて、我慢してることにすら気づいてない。唯々諾々と従うことが、正しいことなんやって思い込んでる。だから社長にならされて、今、儂の説教なんか聞かされてる」
「説教だなんて……。心配してくださりありがとうございます」
麗は首を横に振った。
「お嬢ちゃん、この仕事にプライドはあるんか? 君が今着いている地位に、いやそもそも君にプライドはあるか? 今回の件は社に持ち帰ってくれていい。言い過ぎた詫びに更新を打ち切ってくれる場合は、中途解約料は取らへんと約束する。だから次は仕事にプライドもってる奴を連れてきてくれ。そんでお嬢ちゃんはちゃんと自分の人生、ちょっとは自分で考えろ」
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