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1話に全部詰め込んだ結果、6000字を超えてしまいました
また、実際の年齢、職業等は変えており、死ネタに近い話となっています
そういったことが苦手な方はご遠慮ください
最後までご愛読いただけると幸いです
その日は、酷く暑かった
6月の上旬だと言うのに、昼間の気温は30℃超、夜になっても25℃、おまけに前日の雨の影響で湿度が高く、まさに熱帯夜であった
つい2日前、俺の家の冷房は突然ボンッと大きな音を立てて動かなくなってしまった
修理を依頼したが、業者が来るのは1週間後だという
案の定寝付けず、寝れるように体制を変えたりしてみるも汗が滲んでくるばかり
いよいよ寝巻きに汗が染みてきて、ベトベトと気持ち悪くなってくる
ここはもう寝るのは諦めた方がいいと判断し、一旦寝巻きを着替えるためベットから起き上がった
寝室のクローゼットを開き、部屋着のTシャツに着替え、 リビングへ向かう
洗濯機に汗の染み付いた寝巻きを放り込み、
キッチンで洗いカゴからコップをとった
ウォーターサーバーの水を入れて一気に飲み
干し、一息「ふぅ…」とつく
暑さで火照った身体に冷たい水はよく染みて、段々と頭が冴えてきた
水を飲んだはいいものの、一向に寝れる気がしない
勉強をしてみようかとも考えたが、この暑さで集中なんてできるはずもない
こういう時は体を動かして眠くなるようにするしかなく、明日は特に予定はなかったので夜散歩をしようと決めた
幸い、 少し前に引っ越したばかりなので、 行ってみたいなと思っているところは沢山あった
その中のひとつに小さな砂浜海岸があるを思い出し、スマホのマップを開いて検索をかける
見てみると歩くにはちょうどいい距離で、深夜0時という時間に外に出る背徳感やら、行ってみたい場所であることやらで心が踊った
部屋着のまま外に出かけるのは気が引けたので、1度寝室に戻り通気性の良い半袖とズボンに着替える
小さい腰掛けバッグに、スマホと家の鍵を入れて肩にかけ、もう1杯だけ水を飲み玄関へ向かった
ドアを開けると、 ムワッとした熱気が押し寄せ、まだ歩き始めてないというのに汗が滲む
ドアの鍵を閉める音がやけに響いて、次第に静寂な熱帯夜に溶けていった
アパートの階段を降りて、道に出る
スマホをバッグから取り出し、さっきマップで調べたルートを確認しながら歩き始めた
20分ほど歩くと、マップの画面の上部に水色で表示された海が見え始めた
どうやらこのまま道なりに進めば海岸に着くらしい
俺はマップを閉じて、スマホをバックの中にしまった
また少し歩いていると、 急に視界が開けた
そこはT字路になっていて、そのガードレールの先には、揺れる水面に神々しく輝く満月と星空を綺麗に反射させた海があった
思わず「綺麗…」と声を漏らす
さっきまで歩いて噴き出した汗が一気に冷める感覚を覚え、 潮風が気持ち良く感じた
砂浜へ降りるための階段を見つけ、下へ降りる
ちょうどそこは海を正面として左端だったので、反対側へ海岸線を沿ってまた歩き始めた
潮風と波の音が心地よく、つい鼻歌を奏でる
すると上から「綺麗な歌だね」と声をかけられた
嬉しさと恥ずかしさで違和感に気付かず、「あっすみません…ありがとうございます」と振り返りながら言う
しかしそこに声の主は居なかった
「え…?」
周りを見てもそれらしき人は見つからない
一瞬で全身に鳥肌が立ち、冷や汗が滲む
気のせいだということにして、その場から立ち去ろうとした時、また上から 「わ、聞こえるんだ、ふはっ、 こっちだよ」 と声が聞こえた
ようやく上からという違和感に気づき、首が折れそうな勢いで上を向くと、そこには空中であぐらをかいてこちらを楽しそうに見る男がいた
あまりに衝撃な出来事を目の当たりにし、驚きの声が喉を通らなかった
目の前の情報を処理しきれず目を見開いて口をパクパクさせている俺を見て、男は腹を抱えるほど笑っている
やがて落ち着きを取り戻したその男はゆっくりと砂浜に降り立った
「こんばんはお兄さん、…今夜は月が綺麗だ
ね?、…………… おーい、大丈夫ー?…ふはっ固まってる」
その男はこの状況が楽しくて仕方ないようでずっとニコニコしている
やっとの事で状況を飲み込み、「あ…えっと、….こ、こんばんは?」と返す
「あーと、えっと、ん?、いや、まず、な、なんで浮いてるんですか…?」
「?、そりゃ死んで幽霊になったからだよ」
「……なんで俺と喋れてるんですか…?」
「え〜?なんでだろう、わかんない」
「わかんないって…」
「そんなことよりお兄さん、俺、蓮。お兄さんは?」
「…………..阿部..ですけど…」
「なが。じゃあ阿部ちゃんだ、よろしくね阿部ちゃん」
「いやいや、何がよろしくね、ですか。というかなんですかその阿部ちゃんって」
「えぇ〜?阿部ちゃん可愛いから仲良くしたくて…だめ?」
「うっ..だめ…じゃない..です..けど」
暗がりで良く見えていなかった顔が月明かりに照らされて、はっきりと見える
その男..蓮の顔は、とても端正な顔つきをしていた
しゃがんで上目遣いでこちら見ている顔は仔犬のようで、断れなかった
「ふは可愛いっ、阿部ちゃんはなんでここに来たの?」
「えっと、暑くて、寝れなくて、体動かしたら寝れるかなって思って、散歩しに…」
「そっか、暑いのか。..大変だね」
「あ、いや…なんか..ごめんなさい」
そうか。彼は幽霊だから暑さや寒さなんて感じられないのだ
無神経なことを言ってしまい、申し訳なさが募る
「いやいや、全然。俺が見えて話せる人初めてだから、阿部ちゃんに会えて、すごく嬉しい。」
「ときたま誰かがここに来て、話しかけてみても誰も反応しなかった。ずっと1人ぼっちで寂しかった。…でも阿部ちゃんが来てくれたおかげで久しぶりに喋れた。ありがとう 」
「いえいえ..そんな……俺で良ければ、もっとお喋りしませんか?」
蓮は本当に寂しかったんだろう
悲しそうに話す彼の顔を見て、 何か喜ぶことをしてあげたくなった
「え!?いいの!!?」
それを聞いた蓮は驚きつつも、とても嬉しそうにその場に浮いて、ぐるぐると回っていた
それから3ヶ月が経った
あの日から、できるだけ蓮に会いにあの海へ足を運ぶようになった
蓮は夜にしか姿を現せないそうで、日中は意識だけがあの砂浜を漂っているという
何回も会ううちに、砕けた口調になっていき、 名前で彼を呼べるほど仲が深まっていた
この日も蓮と会うために、深夜0時頃に家を出た
もうマップを見なくても海岸に行けるようになった
海岸に着くと、いつも蓮くんは砂浜の端にある大きなテトラポットの上にふよふよと浮いて俺を待っていてくれた
「お待たせ蓮くん。今日は曇っちゃって空が見えないね」
「そうだね、ここで見る夜空は綺麗だから、残念。」
彼は毎回俺を来たのを見ると太陽のような笑顔で俺を迎え入れてくれる
しかし、今日はどうしても彼に聞きたいことがあり、少し真剣な顔で問う
「..ねぇ蓮くん。こういうの聞かない方がいいと思うんだけど、…蓮くんはなんで死んじゃった、の…?」
俺と話している時はとても楽しそうに嬉しそうに話す彼が何故亡くなってしまったのか
聞かない方がいいのは重々承知していたがどうしても、どうしても気になってしまった
「…それは..ね。すごく重くて不快になる話だけど…聞く? 」
少しの沈黙が流れる
「…聞かせてほしい。蓮くんのこと、知りたい 」
誰かに、それも男の幽霊に、こんな気持ちが湧き上がったのは初めてだった
彼の喜ぶことをしてあげたいと思う気持ちに何か別の、特別な感情が入ってきていた
自分の知らない間に、幽霊に、恋に落ちていた
「…いいよ。じゃあまず俺のことから話すね」
蓮はごく一般的な家庭に生まれた
彼の両親も宝物のように大切に蓮を育てていた
しかし、それは長く続かなかった
蓮が成長するにつれ、両親が小さなことで喧嘩をするようになってしまった
それが両親の仲にどんどん亀裂を入れていった
やがて喧嘩のストレスに耐えられなくなった蓮の母親がストレスのはけ口として蓮に暴力を振るうようになった
最初はいつかまた両親が仲良くなるだろうと信じて耐えていた蓮も、数日前に出て行った父親がもう帰って来ないのを悟り、母親の理不尽な暴力をただ受け続ける人形のようになった
しかしこの時は蓮は人間であり、いつまでも殴られていればガタがくる
耐えられなくなった蓮は残った生命力を絞り出し、 行く宛てもないまま家を飛び出した
出る寸前、母親が金切り声で叫んでいたが、もう蓮の耳には届いていなかった
殴られて痛む傷もお構いなしに月に照らされた道を走り続け、やがて小さな海岸にたどり着いた
無数の星々をそのまま反射させた綺麗な景色に思わず吐息が漏れる
砂浜に降りて海岸線に向かう
真近で見る海は上で見た海とは違い、全てを飲み込んでしまいそうな深く暗い海だった
しかし、蓮にはその海が自分を呼んでいると感じた
何故だかは分からない
もう楽になりたいと思っていたのかもしれない
とにかく、自分を呼んでいる存在に近づきたかった
恐れや痛いという感覚はとうに薄れてしまった
夏場でも突き刺すように冷たい海に躊躇なく入っていく
殴られてできた傷に海水が染みたが、それ以上にこの冷たさが心地よく感じた
顎下に海水がつき、 最後の息を吸って海に潜った
もう水面に上がらないように深く、深く潜った
やがて自分の口から出た気泡が上に向かって、それを目で追うと月の光が水面下にいる俺を照らしてくれていた
それが妙に心地よくて、暖かく、 俺は意識を海に溶かしていった
次に目が覚めたのは、その海岸の砂浜の上 だった
死んだと、死ねた思っていたのに再び目が覚めてしまったことに絶望するが、視線を落とすと手が少し透けていて、自分が幽霊になっていることに気づいた
しかもよく見てみると体が中に浮いている
少し驚いたが、やっと自由になれたと感じた
嬉しさで砂浜の上を飛び回り、そのまま街の方へ行こうとするがなにか見えない壁があるかのようにその砂浜以外には行けなかった
だが、もう辛い思いをしなくていい、自由になれた蓮にとってはさほど気にすることではなかった
しかし、何故自分が幽霊になったのかはわからず月日が流れた
「….っぐす…そうだったんだね…辛かったね…」
「阿部ちゃん…、でも、今は辛くない。死んだことにも後悔してない。だから、大丈夫 」
「…っぐす、よかった」
「あとね、なんで俺が幽霊になったのか、最近わかってきた気がするんだ」
「..そうなの?」
「うん、俺はきっと愛が欲しかったんだと思う。」
「愛?」
「そう、愛。阿部ちゃんが来てくれる度に心の辺りがぽわぽわして暖かくなる。それがすごく気持ちよくて、でもそれと同時に自分が薄くなってるみたいな感覚があるの 」
「…え?なんで…?」
雲が晴れて細い月が顔を出す
確かに、よく見てみると最初に会った時より、蓮の体が透けて見えた
「でもその感覚は怖くなくて、成仏?みたいな感じなんだと思う。だから、誰かの愛が欲しくて、足りなくて、その気持ちがまだ俺にあったから幽霊になったんだ」
「..それは、いいことなの?成仏ってこの世からいなくなっちゃうってことでしょ?」
「..うん。次の満月の日が最後かな。阿部ちゃんと会えなくなるのはすごく嫌だけど、阿部ちゃんがくれた愛を無駄にしたくないんだ 」
「そんな..、俺も嫌だよ、せっかく出会えたのに、….好きになっちゃったのに」
「阿部ちゃん..」
「っ、ごめんね、みっともないね 」
「そんなことない、綺麗」
阿部の目から零れる雫を拭おうと手を伸ばす
しかしその手が阿部に触れることはなかった
「..阿部ちゃん、俺も阿部ちゃんが好き。俺に、愛をくれて、ありがとう 」
涙が出ない代わりに心の辺りが酷く締め付けられる
それほどまでにお互いを好きになってしまった
こうなっては別れが 辛すぎると分かっていても、想いを伝えることを止められなかった
「..決めた。俺、今日から毎日ここに来る。蓮くんが寂しくないように…次の満月の日まで」
「..阿部ちゃん…うんっ、待ってる」
次の日から阿部は本当に毎日あの砂浜へ行った
翌日が早くても行くことを厭わなかった
砂浜に行く度にどんどん薄くなる蓮の体を見て、また涙が出そうになるが何とかこらえて、蓮に辛い顔を見せないようにした
そして、満月の日
初めて会った日と同じように、神々しく光る満月が海にそのまま映って、息を飲むほど美しかった
阿部は今すぐにでも泣いてしまいそうになるが、蓮を笑顔で見送りたくて必死に堪える
蓮の体はもう足先と手足は殆ど見えなくなっていた
「蓮くん、お待たせ」
「阿部ちゃん」
「蓮くん、今日は月が綺麗だね」
「ふはっ、そうだね..」
二人の間に沈黙が流れる
きっとこれ以上話したら泣いてまうのが分かっているのだろう
今思えば、不思議な出会いだった
幽霊に出会って、好きになった
傍から見たら可笑しく見えるだろう
俺自身、幽霊なんて非科学的なものは信じていなかった
しかし、実際自分の目で見た幽霊は触れることは叶わないけれ ど、確かにここに在った
そして、段々と彼の存在に惹かれていった
いや、惹かれるしかなかった
幽霊か人間か、男か女かなんて関係ない
好きだと気づいた瞬間から、もう後には戻れないのだから
彼を愛した
これは紛れもない真実で、でも彼が消えてしまうのも事実で
別れを惜しむ感情が頭の中に溢れて、静かに頬を濡らした
泣かないと決めていたのに、溢れ出たものを止めることは出来なかった
「阿部ちゃん….っ、..俺は、消えないよ」
「..っえ?」
「阿部ちゃんの心の中で生き続けるから、…どうか、俺のことは忘れないで」
「っうん、忘れない。絶対に忘れない。ずっと、愛してる..」
「..ありがとう..」
「..阿部ちゃん、愛してる。本当にありがとう。…っばい、ばい」
そう言った瞬間、さぁっと溶けていくかのように彼は消えていった
「蓮っ、れんっ、うぅっ、ひくっ」
もう返事は来ない
ただ、海に飲み込まれていくだけ
それでも彼の名前を叫び続けた
自分の心に彼がいるのを確かめるように
数日後の早朝、阿部はあの海に来ていた
海は驚くほど凪いでいて、暖かい潮風が頬を撫でた
手には、赤い彼岸花
「蓮くん、愛してる」
そう言うと、胸の当たりが暖かくなった
しっかりと心の中に彼がいることを実感する
もう会うことはないけれど、これからは俺の1番近くにいてくれるだろう
彼がいつもいた、大きなテトラポットの下に彼岸花をそっと置いた
階段を上って、 上から海を見下ろすと、朝日を満遍なく反射させた綺麗な海があった
思わず「綺麗…」と声を漏らす
あの時、初めて見た夜の海も綺麗だったけど、朝の海はどこか暖かくて、心を晴れやかにしてくれた
踵を返し、家への道を進む
海岸から遠ざかる俺の背中を朝日がそっと照らしていた