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それも含めて心底申し訳なく思って。
「本当、すまん。俺、柚子が――姉が風呂へ入ってからすぐ電話したんだけどな。お前、携帯の電源落としてて繋がらなかったから……」
終業時刻に合わせて、一旦会社へ出向いて羽理が出てくるのを待ち伏せするつもりだったのだと素直に告白した。
羽理は携帯の電源を切った覚えはなかったけれど、電池残量を確認したわけではない。
今日は大葉からの連絡を気にして何度も何度もスマートフォンを眺めてしまっていたから、もしかしたら充電が尽きてしまったのかも知れない。
それに、よもや電池があったとして……タイミング的に電話がかかっていた時刻はシャワー中で出られなかっただろう。
「そんなことしたらお姉さんは……」
「社で騒がれんのが嫌だったからとりあえず連れて帰っただけだ。……そこは飯でも食わせといて適当に放置で構わんだろ」
大葉にとっては、羽理の機嫌窺いの方がよっぽど大事なのだから。
そのために柚子が風呂に入ってすぐ夕飯の支度をすべくキッチンに立っていた大葉だ。
柚子は、ご飯さえ出しておけば大人しく待つタイプだと長い付き合いで知っている。
「電話繋がんねぇし、怒ってんのかな?と思って内心すげぇ焦った。けど――」
本当はすぐにでも会社へ乗り込んで「荒木さん、ちょっと」とかやりたかったぐらいだ。
だが、早退した身でノコノコ社屋へ戻って、羽理を部長室に呼び出せるほど、大葉は厚顔無恥になり切れなかったのだ。
「あの。ごめんなさい。……実は私も今日は早退してて」
多分社外で待ち伏せされていても会うことは叶わなかったはずだ。
申し訳なさそうに自分を見上げてくる羽理を見て、大葉は
「体調悪いのかっ!?」
思わずポタポタと髪の毛から水滴を滴らせたままの羽理の肩を掴んだのだけれど。
羽理の身体が冷たく冷えているのが分かって自分のバカさ加減が心底嫌になった。
「あ、あの……別にそう言うわけでは」
羽理は体調不良こそ否定したけれど、このままでは羽理に風邪をひかせてしまう。
「とりあえず着替え持ってくるから身体拭いて待ってろ。話はお前の身支度が整ってからゆっくりしよう。――な?」
***
「羽理ちゃんは?」
「いま脱衣所で身体拭いてる」
大葉が、今朝洗濯して先ほど取り込んだばかりの羽理の着替え――ルームウェア――を取りにリビングへ行くと、キッチンにいた柚子が興味津々と言った様子で身を乗り出してきた。
「何で女性ものの服があるんだろう?って思ってたら……あの子のだったかぁー」
大葉が抱えているルームウェアを見て、柚子がニマニマして。
そんな姉の足元。
柚子にもよく懐いている愛犬キュウリが、何故か大葉側に付くことなく柚子サイドから、姉と一緒にこちらをじーっと見上げてくるのが何とも居心地悪く感じられた大葉だ。
キュウリの顔を見詰め返しながら、(う、ウリちゃん! 何でそっちサイドなんでちゅか!? パパの味方して下ちゃい!)と、嘆かずにはいられない。
恐らく大葉が泊まりがけで出張に行く際など、持ち家一軒家に旦那と二人暮らしの柚子にキュウリのことをお願いしているのもあるんだろう。
実際、羽理に入れ込んでからというもの、大葉はほんのちょっとだけ最愛のキュウリを二の次にしている自覚もあった。
実は今から大葉は、そんなキュウリのことを柚子に一晩ばかり託そうとも思っていたから。
(きっとウリちゃんにはパパのしようとしてる不義理が分かってるんでちゅね?)
アイコンタクト。
キュウリに心の中で「ごめんね」と謝ると、大葉はそのことを柚子に伝えようと口を開きかけたのだけれど――。
***
「ねぇ、たいちゃん。そういえばさ、羽理ちゃん、いきなりワープしてきたみたいに感じちゃったんだけど……実際はいつどうやって来たの? お姉ちゃんがお風呂にいるのに入浴しておいで?ってたいちゃんが言ったの?」
弟に脱衣所を追い出されてからずっと、柚子は大葉が作りかけていたおかずをつまみ食いしながら考えていた。
(羽理ちゃんの登場の仕方、おかしかったよね?)
どう考えても扉を開けようとしたら向こうから開いて――。
なのに脱衣所にいたはずの彼女は、自分同様まるで風呂上がりみたいにびしょ濡れの裸だったのだ。
「……羽理ちゃん、何で脱衣所にいたのにあんなにびしょ濡れだったの? あの子、確かに小柄だけどシンクで湯浴み出来るほどちっこくないし……そもそもあんなに濡れそぼったまま脱衣所まで裸で歩いたら、床も濡れるよね?」
だが、足元の床は何事もなかったみたいにカラリと乾いていた。
柚子には解せないことだらけなのだ。
***
いつになく真剣な顔で自分を見詰めてくる姉に、大葉はどう答えたらいいのか考えあぐねて。
「ちょっ、説明長くなりそうだし、先に羽理に着替え持ってって来るわ」
裸で待っている羽理を理由に、一旦保留させてもらうことにした。
***
脱衣所で羽理に洗い立てのルームウェアを手渡しながら、「頭、ちゃんと乾かして出てこいよ?」と言ったら、何故か不安そうな瞳でこちらを見上げられた。
いつもなら「乾かしてやるよ」と羽理を甘やかすところなのに自分でやれと言ったからかも知れない。
そう気が付いた大葉だ。
ここ最近は心臓が痛いからあまり近付かないで?と言われまくってきた大葉としては、捨て猫のような表情でこちらを見詰めてくる羽理をめちゃくちゃワシャワシャしたいところだ。
だが――。
「たいちゃん、まだぁー? お姉ちゃんのこと忘れて羽理ちゃんとイチャイチャしてなーい?」
コンコン……と脱衣所の扉がノックされて、柚子からそんな声を掛けられては諦めざるを得ない。
吐息混じりに「すぐ行く」と答えて、大葉は「身支度整えたらお前もリビングな?」と羽理のタオルドライ後の湿った頭をポンポンと名残惜し気に撫でた。