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誰よりも憧れたあの人

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誰よりも憧れたあの人

1 - 誰よりも憧れたあの人

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2025年09月29日

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誰よりも憧れたあの人




わたしが「あの人」と出会ったのは、高校の図書室だった。埃っぽい匂いがする、少しひんやりとした静かな空間。そこでわたしは、いつも本の背表紙を眺めていた。文字の世界に逃げ込むことで、現実の息苦しさから解放されたかったのかもしれない。

そんなある日、書架の向こう側で一冊の本を探している人がいた。夕焼けが差し込む窓を背にしていたため、その人の輪郭は逆光でぼやけていたけれど、わたしはその立ち姿に目を奪われた。長い手足、しなやかな指先。その指が、ある一冊の本に触れたとき、わたしは思わず息をのんだ。それは、わたしがずっと探していた、絶版になった古い詩集だった。

「…それ、探してたんですか?」

自分でも驚くほど、声が震えていた。振り返ったその人は、優しい、それでいてどこか遠い目をして、微笑んだ。

「うん。でも、まさかまだ残っているとはね」

その声も、どこか懐かしい響きを持っていた。それが、わたしが「あの人」――先輩、桜井春馬(さくらい はるま)と出会った瞬間だった。

春馬先輩は、わたしの憧れのすべてだった。物静かで、いつも本を読んでいたけれど、時折見せる笑顔はまるで春の陽だまりのように温かかった。彼はわたしの知らない言葉をたくさん知っていて、世界にはまだ見ぬ美しいものや、深い感情があることを教えてくれた。彼の言葉一つひとつが、わたしという狭い世界を広げてくれた。

それからわたしは、図書室に通うようになった。先輩が座る席の、少し離れた場所に座り、こっそりと彼を盗み見る。彼が読んでいる本、時折ノートに書きつけている文字、窓の外をぼんやりと見つめる横顔。そのすべてが、わたしにとっては宝石のようにきらめいていた。

夏休みが終わり、文化祭の準備が始まった頃、先輩が美術室で絵を描いていることを知った。美術室に忍び込み、先輩が描いた作品を見たとき、わたしの心は震えた。それは、図書室の窓から見える夕焼けを描いたものだった。茜色に染まった空に、一本の道が続いている。わたしが何度も見てきた景色だった。

「…先輩、これ…」

偶然美術室に入ってきた先輩は、少し驚いた顔をした後、恥ずかしそうに微笑んだ。

「ああ、これはね…君が見てた夕焼けだよ」

その言葉に、わたしの心臓は大きく跳ねた。わたしは、先輩の視界の中にいた。それだけでもう、世界のすべてを手に入れたような気がした。

わたしにとって、春馬先輩はいつまでも手の届かない、輝く星のような存在だった。彼に近づきたいけれど、このままでいたい。憧れ続けることで、自分の中の美しい感情を守りたかった。

しかし、卒業式の日、その距離は一気に縮まることになる。卒業証書を受け取った先輩は、わたしの前で立ち止まり、一冊の本を差し出した。それは、初めて出会ったときに彼が読んでいた詩集だった。

「これを、君に」

先輩は、もう遠い目ではなく、真っ直ぐにわたしを見つめていた。

「君がこの本を好きだって、知ってたから」

その言葉に、わたしは何も言えなかった。ただ、本を受け取るわたしの指先が、震えていることだけが分かった。それが、わたしと春馬先輩の、最後の会話だった。

その後、先輩は遠い街の大学に進学した。わたしは、先輩がいなくなった図書室で、彼にもらった詩集を何度も読み返した。そこには、先輩の言葉や、わたしの知らない世界のきらめきが詰まっていた。わたしは、この詩集を心の道しるべに、文学の道を志すことを決めた。

月日は流れ、わたしは作家になった。初めて書いた小説は、高校時代の図書室を舞台にした、淡い恋の物語だった。あの日の夕焼け、先輩の横顔、そして、あの詩集。すべてを物語に込めた。

そして、二十年後。わたしはサイン会で一人の男性に出会う。彼は、わたしの本を手に、静かに微笑んでいた。

「…もしかして、春馬先輩?」

懐かしい声が、震えながらわたしの口からこぼれた。彼は何も言わず、ただ優しく頷いた。その目元には、あの日の面影があった。そして、彼の差し出した手には、わたしが初めて書いた小説があった。

「君の小説を読んで、会いに来たんだ」

二十年の月日を超えて、わたしと「あの人」の物語が、再び動き出した。

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