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レイルから頼まれたことを完遂するため、昼食は早めに終えた僕はフローラが以前言っていた中庭へ向かった。
中庭は学園のほぼ中央にある。
数ある校舎のちょうど中心、建物のすぐそばに落ち着いた色とりどりの花壇が均等なスペースを開けいくつかある。
また、寝たら心地の良さそうな芝生。
芝生と花壇の間には石造りの道があり、芝生を囲うのは造りになっている。
その芝生の中心にかなりの広さがあり、中央には大きくそびえ立つ樹齢100年を超える大きなクスノキ。
移動中に聞いたのだが、色々とジンクスがある。
木のそばでこの場で誓いをすることで将来は結ばれるとか。
乙女ゲーム……いや、恋愛シミュレーションゲームあるあるだな。
「……どうしよう」
本当にどうするべきだろう。
僕が目的としていた人物は見てすぐにわかった。
大樹の根元で仰向けで寝ていたのだ。
聞いてわかったのだが寝息が浅い。狸寝入りをしている。
『遅いわねぇ。もう2日目なのに』
あからさますぎるでしょ。しかも目立つところで堂々と昼寝してるとか。
周囲の生徒も避けているのか、近づかないようにしている。
でも、一つ引っかかるとしたらなぜこの場にアドリアンやオーラスがいないかだけ。
攻略されているなら近くにいないとおかしいと思うのだが。
どうするべきだろう。情報が少なすぎる、下手に近づかず再度打ち合わせした方がいいかもしれない。
……深く関わるのは面倒だ、引き返そう。
そう決めた僕はフローラに関わることなく教室に戻った。
逆ハーレムを目指していることがわかっただけでもよしとしよう。戻った後、手紙でレイルにこの事を伝えたのだった。
それから午後の講義を消化し、迎えた放課後。
「さ、行こうかアレイシア」
「……はい」
ぎこちないアレイシアをエスコートし市街地へ向かう。服装はエルス学園の制服を着ている。
エルス学園は長期休暇を除き、外出は基本制服である。
要は学園生としての自覚を持てと言うことだろう。制服を着て出歩く人は少なくないため目立つことはない。
僕としても前世の高校帰りのような感覚が少し懐かしかったりする。
市街地は早朝や正午に比べて人だかりは少ない。
学園が終了した後も時刻は4時過ぎ。仕事で出歩く商人もそこそこ、買い物に出かける女性がいるくらいだろう。
活気よく鬼ごっこと思しき遊びで遊んでいる子供がいる。
そんな平和な光景に口が綻ぶも僕はアレイシアと共に目的地へ向かった。
「ここだよ」
「……」
入るとアレイシアは沈黙のまま、店内全体に視線を向ける。
点灯は少し薄暗く、静かな雰囲気がある。
部屋は20畳ほどの大きさで店内入って右にカウンター席。
左に長方形の机に四つの背もたれのある椅子。それが並列に6つ並べてある。
壁には雰囲気に合わせた絵画が飾られている。
カウンター席の壁には棚があり、そこに多種類の酒や飲み物が置かれている。
偶然にも客はいなかった。
混む時間帯のピークは19時以降から、いないのは仕方ないのか。
それに新規にオープンしたばかりでお客さんがいないのも仕方ないのか。
一応他の領地でいくつか店を出している。大体的に広めるのではなく、人伝の噂で少しずつに広げるやり方をとっている。
新規の客を増やすよりもリピートを増やすのが目的。
「随分と落ち着いたお店ですね」
『ドッ…ドッ…ドッ』
「そうだね。平民が来やすいような店のデザインになってるからね」
アレイシアの言った通り、あまり派手さはなく、地味と表現した方がいいだろう。
貴族が好むような宝石だと高級家具やアンティークを並べるよりも平民が来やすいような馴染みの店を目指す。
家具も高級ではなく、あえてなるべく安いものを揃えている。
もともと、カクテルは平民が好むような酒、平民層に向けた方が利益は出やすいんだ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたアレン様」
「急にごめんね」
「滅相もありません」
僕たちに声をかけてきたのは40代半ばのメガネをかけたスレンダーの体型の成人男性。
この人はウォーウルフ子爵家から派遣されているカクテルのノウハウを叩き込まれたベテランだ。
プレオープンしたお店で研修を経てこの店の責任者になった店主。
人件費削減で一人で店を回しているが、定員はこれから店の売り上げにより増やしていく。
やはり、人材は育てなければならないので難しい。興味を持つ人じゃなきゃやりたくないと思う人もいるし、浸透していない文化なのでやりたいと思う人もいない。
なるべく長く勤めてもらいたいのと、レシピを盗まれたくないという理由から人選は慎重にしている。
カクテルは作るのが簡単で盗まれやすいからだ。
それに向上心がある人のほうがいい。
つねに新しいカクテルバーで働く人にはレシピを考えるように伝えているし、採用されたら賞与を出すと伝えているので向上心が高い人物がいい。
「メニューはこちらになります」
「……ありがとう」
カウンター席に座るとメニューを渡される。二人で座るならカウンター席じゃない方がいいかもしれないが、アレイシアにはカクテルとは何か、というのを知ってもらいたい。
カクテルを作る姿を見てもらう、そのためにはカウンター席の方が良い。
「アレイシア、メニューはおすすめでいいかな?」
「……はい」
アレイシアについてはリサーチ済みだ。
お酒が苦手だそうだ。成人の祝いで少し飲んだのだが、ふらふらになってしまったとか。だからお酒は入れない。
好みは少し酸っぱいものが好み。
「彼女にはプッシーキャットと……僕はピーチウーロンで」
プッシーキャットの材料はオレンジジュース、パイナップルジュース、グレープフルーツジュース、グレナデンシロップ。
オレンジジュースの色合いでグラスのリムの部分に半月の形のオレンジが挟まれてある。
ピーチウーロンは桃のリキュールと烏龍茶で割ったカクテルで、甘く、さっぱりしている。
僕は少しお酒が苦手だが、スムーズに飲めるので一番好きだ。
「あの……」
「どうしたんだい?」
注文をした後だった。
アレイシアが声をかけてくる。
声はわずかに曇っている。何か心配事か?
ポケットからメモ用紙を取り出すと黙々と何か書き始めた……ええと。
【わたくしお酒は嗜みがないのですが】
筆談のことは気にしない。
あくまでアレイシアの意思の尊重が大切なわけで。
少し会話をして、アレイシアが筆談をするタイミングは自分の意思を伝える時とか、鼓動が早くなり過ぎてしまったとき、しているようだ。
とりあえず安心させようかな。
「大丈夫、ノンアルコール……頼んだのはジュースみたいなものだからお酒は入ってないよ」
アレイシアはコクッと頷いた。真顔のままで。
……この子本当に不器用すぎでしょ。
でも、話を聞く限りリタさんの前では普通に笑うんだよなぁ。
悔しいなぁ。
内心思うも、会話が途切れた後、店主兼バーテンダーさんがカクテルを作る準備が終えたところでアレイシアに見てもらうことにしよう。
カクテルを作るための技法は四つある。
簡潔に説明すると
直接グラスに作でつくるビルド。バースプーンで手早くかき混ぜて作るステア。シェイカーを振って作るシェイク。ミキサーで混ぜて作るブレンド。
ただ、この世界で再現するのは僕の知識不足のため、再現できたのはカクテルを作るのに最も使用される技法ビルドだけ。
グラスに直接氷と材料を入れ、バースプーンで混ぜて直接客に提供するもの。
バースプーンは30センチくらいの長さで片方にフォーク、片方にスプーンとなっている。
中心が竜巻みたいに捻れている。
これも前世から思い出したもの。
他の技術については研究中である。
カクテルは流れる動線のようになる。
使ったものは元の位置に。
拭きこぼれはなく、音は最小限。
本当に洗練されている。
「見事……」
「恐縮です」
思わず言葉が溢れる。相当研鑽したのだろうな。本当に素晴らしいよ。
僕も形だけは再現できているが、あくまで素人に毛が生えた程度。この店主さんは前世のバーテンダーと同じような技術を持っている。
その後、アレイシアのプッシーキャッツを作り始めた。
「本当はもっと早く連れてきたかったんだよ。でも都合上、王都に店を出すのは遅らせていたんだ」
僕は目の前のカクテルを作る光景に目線を向けるアレイシアに話しかけていた。
新しい文化を根付かせるのは結構大変だ。人は新しい事については苦手意識が持ちやすい。そのためゆっくりとカクテルを広げるためにレイルたちの領地で店を出してゆっくりと広めた。
もっと早く連れていきたかったが、できなかったのは僕もアレイシアもほとんど王都で過ごしていたから。
成人してなかったこともあり、案内するのは先延ばしにしていた。
【今日はこのような素晴らしい場所に連れてきてくださりありがとうございます。アレン様と来ることができて嬉しいです】
「それはよかった」
アレイシアの筆談で伝えられ、今日は来て良かったと思った。
満足そうにしているのもだし。
ただ、一つ心残りだあるとすれば、筆談ではなく、アレイシアと話したかったと思った。
僕は視線を落とす。
アレイシアは次の文を綴り始めた。
そんな姿を見て、ふと思ったことがあった。
【愛している】て初めて伝えられた事。
……今度は直接聞きたいなと。
薄暗い誰もいないシンとした空間、店主がカクテルを作る、かき混ぜるごく僅かな音のみ空間に響く。
その静かな音がBGMのように感じ、ムードを引き出す。
これが「良い雰囲気」というのだろうな。
僕はアレイシアに耳打ちする。
「いつか愛しているを直接聞かせてね」
「……」
『ドッ…ドッ…ドッ』
僕は雰囲気に流されてしまう。
アレイシアに一言、この言葉を直接聞きたいと思ったのは本当のことだ。
少し悪い事をしたかな。緊張させてしまったな。
でも、筆談あれば大丈夫だろう。
その安心感からか、僕は気の緩んでしまった。
「お待たせいたしました」
僕が言葉を発した後、店主はゆっくりと二つのグラスを前に出す。
アレイシアは細い逆三角柱のようなグラスを。
僕のものは円柱の形のグラス。
「さ、乾杯をしよーー」
グラスを持ちながらそう切り出そうとした瞬間だった。
僕が持とうとしたグラスが目の前から他の手に掻っ攫うように消える。
その手はアレイシアのものだったのだ。
「待ってそれは!」
ーーゴクリ
気がついたら時には時すでに遅し。
アレイシアが勢いよく一口でそれを飲んでしまう。
薄暗いせいで表情はよくわからないが、耳が真っ赤に染まっている。
ゴトっとグラスをテーブルに置いたアレイシアだったが、少し様子がおかしかった。
「あ、……アレイシア……?!」
「……アレン様ごめんね。……ヒック……わたくしはいつもあなたに迷惑かけて」
思わず言葉が詰まる。
心配で声をかけた後、しばらく様子を窺うと夕暮れのように顔が真っ赤なアレイシアは涙目で僕を見つめていた。